4.5(1/1)
「あれ、どしたの伊月。すげー早いじゃん」
「なんだコガか」
不意にかかった声に、体育館の片隅で1人黙々と練習していた伊月は、シュートモーションに入っていた手を下ろし振り返った。
その視線の先、体育館の入口付近では練習着に着替えた小金井が、猫のように愉快そうに微笑んでいる。
「あ、もしかして名字ちゃんだと思った?」
「ああ、うん。いつも大体一番だし」
「すんなり認めちゃうのね」
ガクッとわざとらしく肩を落としてみせながら歩を進める小金井だったが、結果としては彼の予想通りの回答だった。
どうも最近、伊月があからさまにマネージャーである後輩の世話を焼いているようなのだ。
元々面倒見がいいタイプだと思ってはいたが、それにしても少々引っ掛かる。
「昨日調子悪かったみたいだから、今日は休みかもな」
「ああ、それ水戸部も言ってた。熱高かったから今日も辛いと思うって。伊月仲良いみたいだし、メールでも送っといたら?」
「いや俺より黒子の方が仲良いだろ。それに用もないのにメールするのもな」
「用はあるじゃん。まぁ、まだ休むって決まったわけじゃないけど」
表情を変えることなく、伊月は再度バスケットへ向き直ると、持ちっぱなしだったボールを放り投げた。
努力の賜であろう綺麗な放物線を描いたそれはリングに弾かれたものの、ぐるぐると数度円を描いてからネットを潜り落ちていく。
「………………コガ」
「ん?」
「ちょっと相手してほしい」
「1対1?よし、来い!」
真剣な眼差しの両者が向かい合い、合図無きまま試合は始まった。
その後HRを終えた仲間たちが次第に集まり、1対1が2対2へ、2対2が3対3へ。
最終的にカントクと主将が到着する頃には5対5───ゲームと化していたが、ただ1人マネージャーである名字名前だけは最後の最後まで現れることはなかった。
「そうそう、今日名前ちゃん休みだから。もちろん私もマネージャー兼務するけど、みんなもそのつもりでお願いね」
高確率で体育館一番乗りの少女がいない。
いつも視界のどこかにいる少女がいない。
部員たちと楽しげに話しながらも、意見はきっちり言う少女がいない。
体調不良の中、ぎこちない笑顔で感謝と別れの挨拶を告げてくれた少女がいない。
「…………」
マネージャーと言えど、少女は立派な仲間であると同時にただの人間だ。
体調を崩すことだってあるだろうし、言うならばたったそれだけのことである。
───なのに。
それから3日間、名前が体育館へ姿を現すことはなかった。
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