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「………………」


視界に入るのは真っ白な天井。

鼻を突くのは消毒液の臭いだろうか───名前はゆっくり上半身を起こした。

頭と同じくベッドが軋み、糊のきいたシーツが擦れて滑っていく。


「…水戸部先輩」


次に視界に入ったのは見知った先輩の姿だった。

先程まで体育館で汗を流していたはずの彼は、声なき声で名前の安否を心配しているようだ。


「あの、私は大丈夫なんで…」


優しげに微笑んだ水戸部は、首を縦に振るとベッドから離れていった。

この場が保健室だと気付くのに時間はかからなかったが、何故自分が此処にいるのか───色とりどりのクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされた画用紙の如く、思い出すことが出来ない。

順を追って1つずつ、ゆっくり思い出していけばいいと自分に言い聞かせ、名前は深呼吸を繰り返す。

妙な鼓動を刻む心臓のせいか、呼気が熱い。


「…………そうだ」


とあることが原因で、今日は至極調子が悪かった。

ミスを重ねた結果気分転換に体育館を出て、そして───


「伊月先輩が来て…」

「倒れたんだよ」


名前の肩が大袈裟なまでに跳ねる。

カーテンの向こう側から返ってきたのは、今まさに名前を出したばかりの人物の声だったのだ。


「目の前で倒れたから、保健室に運んだ。熱高かったみたいだし、調子悪かったのそのせいだろ」


名前はベッドに突っ伏して脱力した。

廊下で彼に声をかけられて振り返ってからの記憶が、すっぽり抜け落ちてしまっている。

最後に見たのはぐるぐる渦を巻くように回転する景色と、慌てて駆け寄ってくる先輩───伊月の姿だった。

しかも彼曰く、その原因は風邪による高熱。


「…穴があったら入りたい…」


つまり、ミスも動悸も体の火照りも、まさかの風邪のせいというオチだったのだ。

大きく高鳴る鼓動に合わせ、こめかみが脈打つ。


「歩けるなら帰ろうか」

「…え、あ、はいっ」


まだ少し視界はグラつくが、名前は急いでベッドから下りて仕切られたカーテンの先へと踏み出した。

壁に凭れ掛かり、携帯を操作している伊月は既に制服姿だ。

足元には彼の物だけでなく、名前の鞄もある。

それらを易々と拾い上げると、伊月はさも当たり前のように片手を差し出した。


「ほら」

「…?」

「キツいんだろ?」


縋ってもいいのだろうか。

ただのマネージャーの分際で、後輩だからといって、この手を取っていいのだろうか。

熱に浮かされた頭がそれらの結論を弾き出す前に、伊月の手が名前の手を絡め取った。


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