08(2/2)
倉庫内の一角を陣取り、もやもやを抱えながらも必死に業務に励んでいると、いつの間にかいい時間になっていたようだ。
段々館内が騒がしくなってくる。
「おはようございます、名字さん」
「あ、黒子君!おはよー」
用具倉庫の入口から中を覗き込んでいたのは、誠凛期待の6人目・黒子テツヤである。
名前は備品をごちゃごちゃ詰め込んだカゴを抱えて立ち上がった。
「何か手伝いましょうか?」
「ううん、大丈───あ、やっぱウソ。これ持っていってくれると助かります」
テニス用や野球用、はたまた幼い子が使うような柔らかいゴム製のものなど、大きさ素材が様々なボールが詰まっているカゴを示せば、黒子は二つ返事でそれを持つ。
2人が揃って体育館へ戻ると、まだ時間には少し余裕があったが、もうかなりの数の部員が自主練に励んでいるところだった。
「もう皆揃ってるし…今日もやる気満々だね」
「はい。ボクも頑張ります」
そう言った黒子の表情はいつもと変わらなかったが、その奥に熱い思いを抱いているのは名前も十分理解しているつもりだ。
「黒子」
ふと遠くから声がかかる。
聞き間違えるはずもない声につられてそちらに顔を向ければ、自主練中の伊月が真っ直ぐこちらを見ていた。
ただ彼の視界にいるだけだというのに、全てを見透かされていそうで、とにかく居たたまれなくなる。
「伊月先輩呼んでるみたいだし、私行くね」
それだけ言うと、名前は胸の痛みに耐えながらそそくさとその場を後にした。
まだ仕事が残っているのは事実。
しかしそれ以上に行わなければいけないのは、彼への気持ちの整理である。
マネージャー業にも影響が出るのなら、最悪退部も考えなければいけない。
けして邪な思いではないが、割り切ることが出来なければどっちにしろアウトだ。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか到着したカントクの一言により部活は始まり、そして───
「今日の練習はここまで!この後もう少し体育館使ってもいいけど、片付けと施錠は絶対すること!」
「よし。以上、解散!!」
「「っした!!」」
───何事もないまま、静かに部活は終わった。
伊月とは、会話がないどころかアイコンタクトすらなかった。
理由としては、タイミングが悪かったのが半分、故意が半分。
今日1日手の平を返したかの如くまともにコミュニケーションを取っていないわけだが、だからと言って名前の調子が悪かったというわけではなかった。
勿論調子が良かったわけでもないのだが、彼がずっと視界に入り続けていたわりに終始落ち着いていられたのである。
「…よし」
ミスなくしっかりとやるべきことを終えた名前は、手早く身支度を整えると帰路へつこうと足を踏み出した。
まだ館内は騒がしいが、正直マネージャーの仕事は皆無。
それより、ぼろが出ないうちに早く家に帰ってしまいたかったのだ。
「……!」
しかし体育館を出てすぐ、名前は足を止めることとなった。
一番会いたくて一番会いたくなかった人物が、壁に背を預け携帯を弄っている。
それを制服のポケットへ仕舞うと、いつもはコート内を的確に捉えている双眸が名前を映した。
「名字、ちょっと来て」
「伊月先輩…!?」
伊月は名前の腕を引くと、日が落ちて薄暗い中をどんどん歩いていく。
掴んだ腕を振り払うことなど、名前に出来るはずもなかった。
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