06(1/2)
それから数十分、伊月は黙々と練習に打ち込んだ。
自ら切り込むためのドリブル練習にシュート練習。
相手がいることを想定しての切り返しや、鷲の目の活用などをただ1人真剣に行い続けた。
そしてその姿を目に焼き付けるように、名前はただ見守り続けた。
少し重心が揺らいだせいで一瞬もたついた、この状況であの位置に黒子がいればパスは通る。
例えコートにいなくとも、元選手である名前の目はその練習の先を捉えていた。
「……まだまだだな」
一息いれると同時に伊月から零れ落ちたのは、彼が真剣だからこその厳しい意見だ。
流れる汗を袖口で拭うその横顔は、端正な顔立ちも相俟って神秘的な程に鋭利だった。
「今のは十分速攻で使えると思います」
そう言いながらタオルとドリンクを差し出した名前を見て、伊月の表情が僅かに優しく色を変える。
短く礼を言ってそれらを受け取ると、彼はまず喉を潤した。
「だといいけど」
溜め息混じりのどこか弱気な伊月の様子に、名前の心中にも霧がかかる。
冷静に試合を引っ張っているPGに何かあったのだろうか。
───脳裏に浮かぶのは、2人で居残る前のあのシーン。
どことなく厳かで研ぎ澄まされた空気の中心にいた彼らは、只ならぬ雰囲気の中向き合っていた。
少しでもズレれば着火してしまうような危うさを孕んでいたようにも思える。
突如高鳴りだした鼓動に、名前は慌てて胸元に手を当てた。
いくら喧しく喚き立てたって、どうにもならない。
「撃ってみる?」
暫しの休憩で息を整え、落ち着いたらしい伊月がボールを放ると名前は反射的に両手を伸ばした。
「久しぶりだろ?」
学校に来るのも部活に来るのも久しぶり。
当然ボールに触るのも久しぶりだ。
しかも今日は、雑用はほとんど黒子が肩代わりしてくれていたのだ。
「じゃあ、ちょっと…失礼します」
手に馴染む僅かな凹凸を愛おしげに撫で、真っ直ぐバスケットを見やる。
いつも通り俯瞰図をイメージして距離を掴もうとすると、そこには優しく見守る伊月の姿があった。
視界にいるのだから仕方ないのかもしれないが、どうしても意識がそちらに向いてしまう。
しかし変に緊張しているにも関わらず、いつも通りでないのは脈打つ鼓動だけで、体は至極リラックスしていた。
この状態で外すなど有り得ない。
名前の手を離れたボールは、それは美しい弧を描くとネットに触れることなく輪を潜っていった。
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