クーラーの効いた広々とした室内は木目調のアンティークで統一されていて、何処かほっとするような温かさも感じさせる。
お値段もそこまで高くないし、マスターの愛想も二重丸だ。
こんな通りから外れた個人経営の喫茶店が行き着けとか、一体貴方何歳だよとツッコみそうになって思いとどまったのは、今から1時間程前の話だろうか。
勿論、思いとどまった理由は、彼が見た目より遥かに年上だと知っているからである。

ひょんなことからただの同級生だった彼と距離が近付き、ひょんなことから彼の正体を知り、ひょんなことから彼らと関わらざるを得なくなって、正直成績面でハラハラすることは多くなったけど、毎日を楽しんでいるのもまた事実。
そう、例えこうやって喫茶店で夏休みの宿題に追われることになっても、私はそれは充実した人生を送っていると思えるのだ。


「ここからオレ達が休んだ範囲になるけど、大丈夫そう?」
「りっちゃんのノートもあるし、教科書見て分かるような単純なやつなら大丈夫だと思う」


向かいの席から親切丁寧に面倒を見てくれている南野くんは、私のテキストを覗き込みながら、じゃあ大丈夫かな、なんて言っている。
私はけして成績が悪い方ではない。
だからと言って彼程いいわけでもないけれど、物分かりは悪い方ではないはずだ。
私の分も真面目に授業を受けてくれた友人の有り難いノートのコピーもあるし、テストはともかく、宿題程度ならどうにかなるだろう。


「南野くんは余裕そうだよね」
「そうでもないよ。今日は得意な数学だからそう見えるかもしれないけど」


フッと微笑んでみせた彼からは余裕しか感じられない。
男性に使う言葉ではないかもしれないが、彼は本当に綺麗なのだ。
頭の頂から爪の先まで整った容貌なだけでなく、隅から隅まで冷静沈着で頭の回転が早く、気遣いも紳士的。
学園きっての秀才で容姿端麗で落ち着いた雰囲気の優しい男性という、非の打ち所がない彼は、当然ながら男女問わず学年問わず、何なら学校問わず地域問わず注目と羨望の的だった。
そんな彼と2人きりで夏休みの宿題をしているなんて───この光景を誰かに見られたら死ねると思う。


「そう言えば、幽助と和真くんも大丈夫なのかな、宿題」
「大丈夫とは言えないでしょうね、おそらく」
「ですよねー…人の心配してる場合じゃないけど、本当にヤバそうなら先輩面して手伝ってあげるかな」


やんちゃな後輩達は、どう考えても真面目に学業に励むようには思えない。
私が南野くんに宿題を見てもらっても返すことは出来ないし、代わりに彼らの宿題を見るのはアリかも。
それぐらいしか役に立てないしね。


「良ければ、オレのも見てもらえると助かります」
「…いや、学園一の秀才が何の冗談?」
「冗談じゃありません。オレだって苦手科目はありますし」


文系は得意ではないんです、なんて言ってるけど、私が文系科目で彼より勝ることはないと思う。
理系科目は言わずもがなだ。


「幽助達より仲が良いつもりだったんですが…」
「いやいや、私と南野くんが仲良いとか悪いとかの話じゃないし」
「じゃあ、名前で呼んでもいいですか?」
「は?名前?いいけど……あ、ごめん。やっぱやめた方がいいや」


途端、南野くんは傷付いたように切なげに目を伏せた。
その姿も綺麗で、本当に神様は不公平だと思う一方で、何で私が悪いみたいになっているのかが理解出来ない。
本人は気にしないのかもしれないけど、名前呼びされているところを知り合いに聞かれたら、控えめに言って私の命はないのだ。


「ダメ、ですか」
「私死にたくないの」
「オレが名前を呼べば死ぬ…?」
「ええ、貴方のファンに聞かれたりなんかしたらね」
「それなら、聞かれなければいいんですよね?」
「はい?」
「オレのファンとやらに聞かれなければ、別に名前と呼んでも構わない、と」
「そうだけど、今ホントさらっと呼んだね」


慌てて辺りを見回すが、私達が来店したときから、この喫茶店には私達以外の客はいない。
それはそれでどうなのとも思うけど、居心地の良さは抜群だし、こうやって騒いでも怒られることがないのは有り難いことだ。
しいて言うなら、マスターがすっごい笑顔でコッチ見て、とにかくずーっとニコニコしているのがいろんな意味で辛いというぐらいである。


「では名前呼びは2人のときだけ、と約束します」
「………分かった」
「オレのことも、2人のときは蔵馬で構いません」
「う、うん…」
「交渉成立ですね」


こう嬉しそうに言われると、イケメンの力も相俟って敗北を認めざるを得ない。
彼と距離を縮める度に不安と恐怖が増すのに、だからって自ら離れる気もさらさらないんだから、私もズルい奴だよね。


「あまり遅くなるとご家族も心配するでしょうし、さっさと終わらせてしまいましょうか、名前」
「南野くんと宿題してたって言ったら、心配どころか喜ぶと思うけどね」


このときの私は、かなり現実離れしてはいるものの、イケメンと仲良く楽しい日々を送れているとしか思っていなかった。
しかし忘れるなかれ、彼は想像を超える経歴を持つ、それは頭のいい狐なのだ。
まさかこんな些細なところから周りを固めていただなんて───愚かな私がその布石に気付いたのは、既に隅々まで食い尽くされた後だった。


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