昨日から降り始めた雨は、日が変わった今日も勢い衰えぬまま地を叩き続けていた。
自室の前の縁側でその暗い空を眺めながら、名前はそっと溜め息を吐き出す。
「………」
朝一番、燭台切は畑が気になるからと小狐丸を伴って出て行き、それを見ていた天下三名槍達が馬番を買って出た。
出陣は長谷部に任せてあるが、彼は主君である名前が常々刀剣男士達の身を案じていることをよくよく理解しているから、けして無茶な行動には出ないだろうし、遠征の隊長である一期一振もそれはよく出来た刀剣男士のため、言わずもがな。
庭で遊べないと拗ねていた短刀達は、安定と加州をはじめとする新選組達が部屋へ連れて行ったし、その後ろから足音を忍ばせた鶴丸と更にその後ろから至極面倒臭そうな山姥切がついていったので、恐らく退屈はしないだろう。
非常によく出来た仲間達のお陰で一見何の問題もないように思えるが、何処か憂いを帯びた名前の双眸は真っ直ぐ地に落ちる雫を映し続けていた。
「どうした、主。悩み事か?」
「宗近…」
ゆったりと湯呑み片手に現れた男は、名前の傍らに立つと同じように雨が降りしきる庭先を眺める。
そして湯呑みの茶を啜ると「ほう…」と呟いた。
見目も所作も美しいこの男は、たったこれだけでも人を引きつける何かを発しているようである。
「これは当分止みそうにないな…主は雨は嫌いか?」
「ううん、嫌いじゃないよ」
毎日毎日雨では何となく気が滅入るかもしれないが、たまに降る雨は草花を潤してくれるし、趣もあって美しいというのが名前の意見だ。
ただ今日は、何故か感傷的になっているだけで。
「そうか。では構わんだろう」
「え…!?」
強い力で腕を引かれたかと思った瞬間、冷たく重い雫が頭の先から爪先まで襲いかかる。
いつの間にか連れ出された庭先で驚きに目を瞬かせた名前の腰には、三日月の片腕がしっかりと回され、そして頬には逃げることを許さぬようもう片手が触れていた。
目の前にある彼の髪や頬を伝う雫が、青い衣に次々と吸い込まれていく。
しかしそんなことを気にした様子を全く見せない美しい男は、その両の瞳に名の通り三日月を浮かべ名前を見下ろした。
「宗近、何を…このままじゃ風邪を引くわ」
「そうだな。それまでには温かい湯に浸からんと」
「そんな呑気な…」
「まぁ待て。今ならどうなっても分からん…ほれ、近う寄れ」
雨をたっぷり吸った肩口に顔を押し付けられた名前は、押し返そうと突き出しかけた手を引っ込める。
冷たくも温かいその温もりが、じわじわと名前に染み渡り、そして無意識の内に高く築き上げていた氷を溶かしていった。
心が追いつかないまま両の瞳から溢れ出す雫が、雨に混じって吸い取られていく。
それを知ってか知らずか、三日月は名前のすっかり濡れそぼった頭をあやすように何度も撫で続けた。
何が起きてもすぐ反応出来るよう、麗しくも逞しい片腕は腰に回したままで。
「…さて、そろそろ限界か」
「宗近…っ!」
名前の涙に落ち着きが見え始めた頃、濡れ鼠となった彼女は急な浮遊感に声を荒げた。
三日月が何の前触れもなく、軽々と横抱きにしてみせたからである。
相変わらずのマイペースさで楽しげに笑ってみせた彼は、気にせずに湯殿へと歩き始めた。
「よきかな、よきかな」
「よきかなじゃなくて…」
「なに、ただ湯に浸かりに行くだけだ。俺に任せていればいい」
廊下が雨と泥で酷いことになっているだろうが、何も言い返せなくなった名前は大人しく三日月に身を任せる。
その後、ちゃっかりさも当たり前のように2人で湯に浸かろうとする三日月のせいで、困り果てた名前の悲鳴が本丸に響きわたり、廊下の汚しっぷりや三日月のマイペースっぷりに皆からのツッコミが大音量で飛び交うこととなったのだが、主である名前は元凶にも関わらず、とても楽しそうに、そして温かな笑みを零したのだった。
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