「今日は何してるの?」
後ろから聞こえた透き通った声に、私はあからさますぎる程肩を跳ねさせてしまった。
その様が面白かったのか、続いて控えめな笑い声が聞こえてくる。
羞恥に耐えながら覚悟を決めて振り返れば、そこにいたのは予想通りの人物だった。
「沖田さん…」
「ごめんね。そんなに驚いた?」
「普通驚きますよ」
いや、辻にあの沖田総司がいるなんて、ここに煌がいないことが不思議なぐらいだと思うんだけど。
そんな私の思いを見透かしているのかいないのか、沖田さんは、ふふ、と可愛らしく笑っていた。
最高愛獲の名を欲しいままにする白に身を包んだ彼は、その端正な顔立ちも相俟って、どこか儚さと憂いを感じさせる。
そして、その薄い唇から零れる甘く爽やかな言葉と歌に夢中にならない人はいない……はずだ。
多分。
生憎、何故か記憶を失って気が付いたらこの街にいた私には、そこはかとない色気を感じさせる悔しいぐらいのただのイケメンでしかないのだけれど。
龍馬さん繋がりで話す機会があった本人にそれを言ったら、それはもう驚かれて貶された後に持ち上げられて、今では何故か定期的に世間話をするまでに関係は進展していたのだった。
「それで、名前ちゃんは何してるの?」
一頻り笑った彼から再度疑問が飛んでくる。
「特に何も。今日はバイト休みなんで、ぶらぶらしてただけです」
「ふーん。じゃあちょうどいいし、ちょっと僕に付き合ってよ」
「えっ、ちょっ…沖田さん!」
返事を聞く前に、ご機嫌らしい沖田さんは私の手を引いて歩き出し、裏辻をぐんぐん進んでいった。
新選組の沖田総司に連れられてるなんて、私完全に犯罪者だし煌に殺されるし!
「いいじゃん別に。暇なんでしょ?」
「暇って言うか…」
「往生際が悪いよ。ほら、ご飯連れていってあげるから」
「そう言う問題じゃ…」
ごちゃごちゃ抵抗する私に痺れを切らしたのか、沖田さんはちらりと不機嫌そうな視線を寄越してみせた。
纏う空気がみるみるうちに鋭利になっていく。
「ねぇ、名前ちゃん」
「………はい」
うわ、怖い。
「そんなに僕のこと───キライ?」
「は?いえ、キライじゃないです」
「じゃあ、スキ?」
スッと細められた双眸が私を雁字搦めに縛っていく。
竦む足を無理矢理動かせば、ものの数歩で行き止まり、後ろは家屋、前は沖田さんという本当の意味で行き止まりになってしまった。
「スキ、ですよ?」
「本当に?」
段々と近付いてくる真っ直ぐなその瞳を見ていられなくて、私は俯き加減のままこくこくと頷く。
でもそれを許さないように、白い手が私の顎にかかった。
「嬉しいなぁ。僕も名前ちゃんのこと、だぁいすき、だよ」
ちゅ、という音と共に柔らかい感触が額に落ちてくる。
優しく押し付けられたのが、いつも本音を悟らせない彼の唇かと思うと、途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「もう、からかうのはやめてくださいよ」
「からかう?ヒドいなぁ。僕はいつも本気なんだけど」
するりと頬を撫でられると、何とも言えない感覚が背筋を這い上がっていく。
あぁ、もう泣きたい。
「裏辻とは言え長居してられないから、行くよ」
「えっ」
その言葉と共にあっさり横抱きにされた私は、彼の横顔を間近にしながら目を白黒させるしかなかった。
「僕、焦れったいの苦手なんだ。だから手っ取り早く、名前ちゃんを攫っちゃおうと思って」
言ってることは物凄くおかしいのに、綺麗な愛獲らしい笑顔が眩しくて溜め息しか出ない。
「これじゃあ本当に人攫いじゃないですか…」
「うん。僕が満足するまで帰さないからね」
「え?」
「何?大人しくしないと斬っちゃうよ」
言葉は物騒だけど、そう言った沖田さんの笑みは今まで見たことないぐらい無邪気で、胸の奥があったかくなるような笑みだった。
お登勢さんごめんなさい、明日のバイト遅刻するかもしれません。
心の中で謝罪しながら素直に頷いた私は彼に身を委ね、それは大人しく攫われたのだった。
───それから暫くして、龍馬さん達が街中駆け回った末に迎えに来てくれて、熱い戦い?が始まったのは言うまでもない。
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