糖度100%ラバー | ナノ

「いらっしゃいませー」

PM7:38
今日は来るかな、
そわそわしてしまう。

あ、来た。

白髪のきれいな男の人。
週に3日くらいの頻度でうちのコンビニにいつも同じカフェオレを買いにくる。
だいたいいつもこれくらいの時間に。

「158円になります。」
「あ、はい。」

大学生かな?
何歳なんだろう?
外国人?それともハーフなのかな?
甘いカフェオレが好きなのかな?
他に好きな飲み物は?食べ物は?
このへんに住んでるのかな?

名前、知りたいなぁ。

コンビニから去っていくあの人の背中を見つめると沸き上がるのはあの人をもっと知りたいという思いばかりで、
残念ながら名前も知らないその人がわたしは気になってしかたがない。

「あのー…」
「あ、はい!すみません!」

レジに並ぶお客さんを忘れてしまうくらい。


PM10:05
やっと終わった…
コンビニ店員って案外ハード。
袋詰めで腕疲れたし。

「お先失礼しまーす」
「ああ、お疲れ。」

遠慮気味にあいさつをしてコンビニを出ると、まだ冬の匂いをまとった風がわたしの横を通り過ぎる。

「さむ、」

早く帰って録画したドラマを見よう。
たしか今日最終回のはず。
そう思って歩みを進めた

が、

しばらく歩いていると、背後に感じる違和感。

な、んか…つけられてる……?

そう思ったと同時に全身に寒気がした。

わ、やだ。怖い怖い怖い。
なに?だれ?なんで?

すぐにでも逃げ出したいのに、体が硬くなってうまく走りだせない。
それに、もし走って逃げたとしても追いかけてきたら?
それこそ恐ろしくてたまらない。
できる限りの早歩きでなんとかアパートに着いて、早々に部屋に入った。

まだ心臓がどくどくする、
怖い、
そうだ、リナリーに電話っ…

〈もしもし名前?どうしたの?〉
〈リナリー…〉

優しいリナリーの声に安心して涙が出そうになる。

〈何かあったの?〉

わたしの様子がおかしいことに気付いたのか、様子を伺うように訪ねてきたリナリー。

〈実は………〉



〈今は大丈夫なの?家の前にいたりしない?〉

すべてをリナリーに話すと、リナリーはすごく心配している様子で聞いてきた。

〈うん…多分いないと思う。〉
〈ごめんなさい名前。私、何も力になってあげれなくて…。〉
〈ううん。大丈夫だよ。リナリーと話したから落ち着いた。まだストーカーって決まったわけじゃないし…。リナリーのほうこそ、実家に帰ってるときに電話なんかしちゃってごめんね?〉
〈そんなこと気にしないで。いつでも電話していいからね?〉
〈その割には騒がしい声が聞こえてくるけど…。〉

リナリーの電話からはリナリーのお兄さんらしき人の"リナリー、誰と話をしているんだい?""男か?男なのか?リナリィィイィイ!!"といった声が聞こえてくる。
たしかリナリーのお兄さんって、リナリーのこと大好きなんだっけ…
リナリーの"兄さん、うるさい!"って声が聞こえて、つい笑ってしまった。

〈ごめんね、名前。兄さんが…〉
〈いいよ。いいお兄さんだね。〉
〈過保護すぎるのよ。〉

リナリーのちょっと呆れた声。
さらに笑ってしまった。

〈じゃ、また連絡するね。〉
〈うん。気を付けてね、名前。〉

明日もバイト、か………
憂鬱だけど、いきなりシフト変えるわけにもいかない。
行かなきゃ…
落ち込む気持ちを振り払うようにふとんに潜り込んだ。





PM10:08
バイトが終わり、いつものようにあいさつをして帰る。
けど、気持ちは一向に晴れない。
いれるもんなら朝になるまでここにいたい気分だ。
けど、そんなわけにもいかず、わたしはコンビニを出た。

…やっぱり………
つけられてる…………
、どうしよう。

そうだ、リナリーにでん、


ガシッ


背後から腕を掴まれた。

背筋が凍る。

叫びたいのに、逃げたいのに、
全身が固まったように動かない。

もう、だめだ

そう思ったときだった。

「えっと、あの、大丈夫ですか?」
「、へ」

聞き覚えのある声。
ありがとうございます、とかはい、とか少ししか聞いたことがないけどきっとあの人の声。
恐る恐る振り返ると、

「こんばんは、」
「こ、んばんは…」

コンビニにカフェオレを買いに来る白髪の男の人。
完全に混乱する頭。
なんで?この人がストーカー?いや、そんなまさか。じゃあ、なんで今この人が、

「詳しいことは後で話します。つけていたのは僕じゃありません。後ろに不審な男がいるので、恐らくそいつでしょう。なんとかしたいんですが、今僕を信じてくれませんか?」
「え、あ…はい…」

淡々と話しだす白髪の男の人。
本当は疑わなきゃいけないんだろうけど、なんだか不思議と信用できちゃって、頭が混乱してるせいかな。

「ありがとうございます。」

彼はにっこり笑ってそう言うと、突然指を絡めて手をつなぎ、わたしを引き寄せて歩きだした。

「え、はっ?」
「しっ、恋人っぽくしててください。家、どこですか?」
「は、はい。えと、そこ曲がってまっすぐ行ったとこにある公園の後ろです。」
「わかりました。」

そう言うと、ずんずん歩いていく白髪の男の人。
ちょ、待って!と、言うこともできず、あっというまにアパートに着いた。
そのまま鍵を開けて部屋に入る。
もちろん白髪の男の人も一緒に。

「「………」」

しばらくの沈黙の後、ぱっと手を離される。

「えっと、あのいきなりすいませんでした。」
「いや、」
「僕、アレン・ウォーカーって言います。」
「はぁ、」

まだ展開について行けないけど、このアレンさんていう人に助けられたのは事実だし、詳しい話も聞きたかったからとりあえず部屋の中に入れた。
あ、ちょうど昨日掃除したんだった、よかった。

「カフェオレ、でいいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます。」

カフェオレが入ったティーカップをアレンさんの前にコトリと置く。
ちなみにわたしもカフェオレ。
アレンさんはいただきます、と言って一口飲むと、ひとつ息をつき話しだした。

「さっき、僕のこと信じてくれてありがとうございました。」
「、こちらこそありがとうございました、助けていただいて。」
「でも、よく考えたら僕こそ不審者ですよね。」

あはは、と苦笑いするアレンさん。

「けど、アレンさん、よくうちのコンビニにいらっしゃるので」
「え!覚えててくれたんですか?僕のこと」
「え、はい、まぁ…」
「そっか…なんかそれ、けっこう嬉しいかも、」

口元に手をあてて、少し恥ずかしそうにうつむくアレンさん。

「…あの、アレンさん?」
「あ、すいません。話逸れちゃって」

ぱっと顔を上げてそう言ってからアレンさんは真剣な面持ちになると、今さっきのことを話しだした。

「…僕、ちょうどコンビニに行くところだったんです。そしたら、コンビニの中の様子を外からチラチラ伺ってる怪しい男がいて、最初は気にさずコンビニに入ろうとしたんですけど、あなたがコンビニから出てきたとたんソワソワしだしたんです。」

、知らなかった…
そんなコンビニの外から見られてたなんて。
そこでその様子を想像すると、心臓がまたぞくり、とした。
アレンさんは話を続ける。

「それからその男はあなたのあとを追い掛けていって、なんだか危ないかんじがしたので僕も追い掛けたんです。そしたら案の定、その男はストーカーで、まぁその後は…」

そこでアレンさんがわたしの腕を掴んだところになるのだろう。
アレンさんは話を止めた。

「そう、なんですか……」
「すいません、恐がらせるつもりじゃなかったんですけど、ちゃんと全部話したほうがいいと思って。」
「いや、大丈夫です。」

言葉とは裏腹に視線は泳いで、心臓は乱れたリズムを刻む。
もしアレンさんが助けてくれなかったら、と思うと体が小刻みに震えた。

「本当に大丈夫ですか?」
「…、、」
「明日もバイト、あるんですか?」
「は、い。今日と同じ時間に、」
「…彼氏とかいます?仲のいい男友達とか、」
「彼氏はいないです。友達はいる、けど…」

ラビが一応いるけど、ラビもバイトが入ってるし何より家がだいぶ離れてる。
いざというときに役に立たないなあいつ。

「そうですか、」
「どうしよう…」
「僕でよかったら」
「へ?」
「僕でよかったら、バイトのある日、送りましょうか?」
「えっ!いや、そんないいですよ!」
「だって頼れる男の人いないんでしょう?」
「そ、うだけど……」

わたしの心臓の問題が!
毎日こんなかんじじゃ心臓いつか壊れる!!
それに、アレンさんこそわたしなんかに時間使っていいのかな…
いろいろな心配を含んだ目でアレンさんを見上げると、アレンさんらにっこり笑った。

「僕のことは気にしないでください。」

でも、と言い掛けたわたしの言葉はアレンさんの僕こそ役得なんで、という言葉とやけに艶めいた笑顔で見事に引っ込んでしまった。
そんなの反則だ、
わたしは馬鹿だから、非常事態にも関わらず期待してしまう。





ちょっと変わった日々が始まった。

バイトが終わる5分前になると、アレンさんにメールを送る。(ちなみに連絡先はこの前教えてもらった)
そしたらちょうどわたしの帰り支度が終わったころにアレンさんはコンビニの前で待っているのでアパートまで送ってもらう。

「ごめんなさい、終わった後にオーナーに雑用頼まれちゃって。待ちました?」
「いえ、大丈夫ですよ。じゃ、行きましょうか。」

そういうと、当たり前のように指を絡めるアレンさん。
わたしはもう何回か送ってもらってるのに未だこの仕草に慣れない。
心臓がやたらうるさくなる。

"僕こそ役得なんで、"

アレンさんの前に言った言葉が頭の中で再生されて、ぼふっと頭の中が爆発した。

「うぁーっ!」
「何騒いでるんですか。」
「いえ、ナンデモナイデス。」

アレン・ウォーカーさん。
このへんで一番頭のいい大学に通う大学2年生。
イギリス出身で日本には中学生の頃にやってきたらしい。
好きな飲み物はカフェオレ。
食べ物は全般好きだけど、好物はみたらし団子。
どうやらコンビニの近くのマンションに住んでいるらしい。
ちなみに現在彼女なし。

これが送ってもらっているうちに得たアレンさんの情報。
知りたかったこと以上のことを聞けたのに、もっと知りたいと思ってしまうのは人間の本能的なものだと思う。

最近はアパートに着くのが淋しくなってきた。
だってもっと一緒にいたい、
アパートに帰るまでの時間じゃ足りなくなってきてしまった。
ついこの前までは名前も知らなかったという状態だったのに、つくづく人間とは欲張りな生物だ。

「それじゃ、」
「あ、えと、アレンさん!」
「なんですか?」
「…あ、がっていきませんか…?」

すっごい恥ずかしい思いをして言ったのに、雰囲気をぶち壊すようにアレンさんはわたしの頬をつまんで引っ張った。

「いひゃい!」
「君は馬鹿ですか。」
「なんで!」
「確かに昨日からストーカー男はつけてこなくなりましたけど、今はどちらかというと僕のほうが危険ですよ。」
「へ?」
「名前は僕の気持ち分かった上でそんなこと言ってるんですよね?そんなのどんな男だって期待しちゃいますよ、天然もたいがいにしてください。」
「…きたいしていいよ?」
「は?」
「だからきたいしていいよ!」
「………あーもう、」

困ったように顔を歪ませて、けど嬉しいような恥ずかしいような表情のアレンさんは、わたしの頬を解放してぎゅっと抱き締めてきた。

「あれんさ、」
「知らないですよ。僕は忠告しましたからね。」
「ふふ、」
「何わらってんですか、」
「幸せ」
「…………ばかじゃないですか」


(アレンさん、顔赤い。)
(うるさいうるさいうるさい)


赤い頬の理由は聞かないで






20110326



[prev|next]
- ナノ -