【お願い!俺と契約してプリキュアになってくれると嬉しいんだけど】

アスキン・ナックルヴァールは草臥れたOLを道端で捕まえて、巧みな話術で夜中の公園に引き摺り込み、必死の勧誘を行っていた。何の勧誘かと言えば、「ちょっと世界を救ってほしいんだよね」という重い相談であった。彼女は「変な人に絡まれたな」と思って、無視してすぐに帰ろうとした。
だが、イケメンに必死に縋られると、段々情が湧いてくる。
頼む、頼むよと言われるうちに、公園に入ってしまい、ついうっかりペンキのハゲたベンチに腰掛けてしまったのだ。

鬼のような残業の後に、イケメンに話しかけられて、残念ながら判断力が鈍ってしまったらしい。
時計を見ると、もう10時近くになっていた。

「…あの、そろそろ帰って良いですか?粗方の話も聞きましたし」
「待って待って!帰り送ってくからさ、もォ少し俺の話聞いてくんねェかな…」
「見ず知らずの人に家まで送ってもらうって、逆に危ないと思うんですけど」

彼女がそう言うと、アスキンは膝を打って「その通りだなァ!」と言った。ある程度は常識人らしい。

「じゃあ…アレだ、タクシー代出すから!経費で落ちるし」
「あの、疑うようで悪いんですけど、世界を救うとか…経費とか…何の会社ですか?」
「俺、実は星十字騎士団っていう組織の幹部なんだけどね」
「はい?」

公園に灯る街灯が、アスキンの引き攣った口角を白々しく照らした。先程から、デカい蛾が頭上をバタバタと飛び回っている。
星十字騎士団?セーラームーンの敵に居そうな名前だとぼんやり思った。

「頼むよ!俺の組織のピンチなんだってば!」
「いや知らないですよ…。こちらも円安とか増税でキツくて…むしろ助けて欲しいんですけど…」
「ユーハバッハっていうおじいちゃんのピンチなんだよ!」
「知りませんって…」
「頼む!この通りだから!」

アスキンは立ち上がり、腰を90度に曲げて深いお辞儀をした。お願いします!と必死に叫ぶ声すら艶っぽいので、OLのお姉さんはちょっと心が揺らいだ。
彼女は、アスキンに奢ってもらった缶のカフェオレをちびりと飲んで、後もう少しだけ話を聞くことにした。

「じゃあ、あと5分だけ…」

アスキン・ナックルヴァールは、ニヤリと笑い、懐からピンク色のピカピカした物を取り出して見せた。





「…で。このコンパクトを使って、私がプリキュアに変身して、世の中の悪を退治する。そうすると、あなたが住んでる世界のバランスが元に戻るんですか?」
「飲み込みが早くて助かるぜ。その通りだ。ちなみにそれ作ったのはグレミィって男の子なンだけどな」
「ひとつだけ良いですか?」
「ああ、幾らでも」

彼女はキラキラ光るコンパクトを開け閉めしながら、浮腫んでしまった足をブラブラさせて、アスキンを横目で見詰めた。

「この歳でプリキュアって、無理でしょ」

彼女、社歴は長めである。決して短くはない。
残業するにだって、名指しで残ってもらえる?と言われる地位まで辿り着いている。
所謂プリキュアをやる女の子、みたいな年齢とは少し離れているのではあるまいか。

「危険な仕事を子供に任せる方がさ、俺としては無理なんだよね」
「あー…それは、はい…」
「なあ、頼むよ。プリキュアになってくれよ」

アスキンの食い下がり様は、まるでお小遣いをせがむヒモ男にも見えた。

「貴方はなれないんですか?プリキュアに」
「俺、男の子だぜ?仮面ライダーにはなれるかもしれねェけど」
「でもお兄さん弱そうですもんね…」
「ウン…。あ、いや、そんなこたァ無いと思うけど…」

夜空には星がぽつぽつと輝いている。今にも消えてしまいそうな、儚い光だった。
彼女は、世の中の悪と聞いて、ふと思い付いた。

「世の中の悪って、増税とか、パワハラ上司とか、ブラック企業も含まれます?」
「…多分」

お姉さんは片眉を吊り上げて聞き直した。

「多分?」
「…その、確実に」

アスキンは畏まってこう答えた。
多分、当てはまる筈だ。全部、まあまあ悪いと思う。多分。

「じゃあ…やってみようかな」
「おっ!ありがてェ話だ。じゃあ、まずこの契約書に署名と印鑑と、あと身分証明書のコピーに、身上報告書と…」
「は?」
「あと、念の為なんだけどさ、健康診断書のコピー貰えるゥ?」
「…」

お姉さんは「そこまで、やってられるか!」と言って、飲み終えた空き缶をゴミ箱に向かってぶん投げた。ナイスシュート!中に入っていた空き缶が、汚い花火の如く周りにバラバラと散らばった。

「プリキュアに書類って要らないですよね!?」
「俺もそう思うぜェ!でも、上のお偉いさん方がさッ」
「知るか!」

深夜11時近く。蛾の飛び回る公園。散らばった空き缶。くたびれたOLの怒号。
ここに、夢も希望もないプリキュアが爆誕しようとしていた。

(おわり)


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