「グリムジョー、外野な」
「全員ブチのめしてやるか」

今日の体育の授業は男女混合ドッヂボール。
ノイトラもグリムジョーも、体育は基本ダルいけど、こういうのは少し燃える。とにかく男子にキツめに当てるのが大好き。女子には、まあ手加減してやる。

ノイトラとしては、男女平等にブチ当ててやりたいのが本音だったけれど。
この間、ゲーセンでグリムジョーがクラスの女子にサービスをしてから、ノイトラくんもグリムジョーくんも良い人説が流行した。
そこからクラスとの馴染みも良くなってしまい、男子も女子も話せるヤツがぼちぼち増えた。だから余計に男子には当てやすいし、女子には当てにくい訳だ。

「なまえ、頑張って逃げろよォ」
「ノイトラくん、当てないでね…」
「分かってるっての」
「私、ほんとにこういうの出来なくて…あと、あのね…髪の毛…ぐちゃぐちゃになっちゃう…」

残念ながらチームが分かれてしまったなまえとノイトラ。境界線上でノイトラはなまえを低い位置にある頭をグリグリ撫で回して可愛がる。なまえは頭をグラグラさせながら可愛らしい声で「髪の毛…」と繰り返した。

「なまえ、そろそろ始まるみたい!」
「うん!ノイトラくん、またね」
「おー」

体育の時だけポニーテールにするなまえ、たまらん。ノイトラはあの可愛い子に絶対ボールは当てるまい…と心に固く誓った。
外野のグリムジョーも狙うのは男子ばかり。女子は女子同士で潰し合ってくれやと言わんばかりである。
ノイトラの居るチームは、やはり強かった。たまたま女子も運動神経の良い子が集まっていた。
対してなまえのチームは早々に男子の大半が抜けてしまった。ノイトラとグリムジョーのせいである。残るは3人。どれも女子ばかり。
ノイトラは嫌な予感がした。

1人抜け、2人抜け…。

最後、なまえだけが残ってしまった!
泣きそうな顔をしている、可愛らしいなまえが、たった1人で内野に残っているではないか!
ノイトラは手にしたボールを投げなければいけない。しかし、そんな事出来ない。
かと言って、他のやつにボールも渡したくない。それがなまえに当たって、痛かったらどう責任取るってんだ!

「俺……」

なまえはどうしよう、と眉尻を下げて右往左往している。
ノイトラくん、助けて!と言っているのが聞こえてくる気がした。(本当に気のせいである)
ノイトラだって鬼じゃない。

「俺……、俺……!無理ッ」

ついノイトラはボールを抱え込んでじゃがんでしまった。
クソッ!こんな女々しい事を俺は…。

「いや、もうノイトラチームの勝ちでしょ」
「なまえちゃん、優しく当ててもらって終わりにしよ!」

女子からの助け船が出された。
ノイトラはじゃあ、みんなの意見の通りに…という顔をしてなまえを境界線の近くまで呼んだ。

「…なまえ、もっと近く来い」
「うん…」

不安そうに見上げられると、弱い。
手を伸ばして、なまえの前髪を少しかき分ける。そこにボールをそっと押し当てた。
そんな甘酸っぱい流れを見ていたグリムジョーが一言。

「…頭だから結局それセーフだろ」
「うるせーッ」

ノイトラチームの勝ちが確定してゲームは終わった。
ノイトラが珍しくボールを片付けると、小さくて可愛い子が隣にやってきた。

「ノイトラくん、さっきはありがとね」
「…次は容赦しねーぞ」

汗をかいて上気した彼女を見ると、ノイトラはちょっと冷静では居られなかった。
いつもの無垢に近い可愛らしさに、なんというか色気みたいなものが混じって、男の目には毒だった。

「なんで!?」
「すんげえの当ててやる」
「やだあ」
「覚悟しろよォ」

でも、ノイトラくん凄いね。運動神経も良いんだ、なんて彼女に微笑まれてしまうと調子が崩れる。
意地悪したって、こうしてニコニコされるとこちらの毒気も抜かれてしまって、参っちまうんだな。
いや、それでもコイツをいじり倒したい欲望は消えないけれど。むしろなまえがいじらしくて、無垢であればある程、ノイトラの悪い欲望は心の内でムクムクと膨れ上がる。

「ま、男ならあれくらい出来てトーゼンだろ」
「そうかな?…ていうか、あの、髪の毛…」
「どーせこの後解くだろ?」
「そうだけど…」

ノイトラは彼女の柔らかい髪の毛を弄っていた。ポニーテールの髪を一束とったり、横側の髪の毛を無駄に引き出して遊んでいる。
ノイトラくん、くすぐったいと上目遣いに見つめられると、胸のあたりがギュンとした。苦しい。お前、それは反則だろと言いたいのに、胸が苦しくて言葉に詰まる。

昼休みを告げる鐘が、遠くで鳴っている。




ノイトラはのんびり着替えて、のーんびり購買部へ向かった。今日は買い弁の日だったのを忘れていた。既に人集りの出来ている購買部に、見慣れた可愛らしい後ろ姿を発見した。
人混みを掻き分けられず、1番後ろでウロウロするだけのなまえ。あんなんじゃいつまで経っても買えるわけがない。

「よぉ。取れるか?」
「えへ…」

なまえはバツの悪そうな顔をして、パンに辿り着かないよ…伏し目がちに笑った。
ではノイトラのお兄さんが取ってやろうじゃあないか。

「わりいな。通るぜ」

と、ノイトラが列の隙間に入ると、みんな面白いくらいにアッサリ避けてくれる。こういう時、デカい体は便利だぜ。

「オイなまえ、何が良い?」
「メロンパンとー…しょっぱいの!」
「おお」

ノイトラは適当にしょっぱいのを見繕って、メロンパンを掻っ攫って、自分のやつと一緒に会計をした。
ノイトラはパンを彼女に渡しながら廊下を歩く。

「感謝しやがれ」
「ノイトラくん、本当にありがとう!
それでね、あの…実はお金、大きいのしかなくて」
「それで?」
「お釣りを頂きたく…」

なまえは千円札を差し出してきた。ノイトラは財布を開いて、小銭を数える。しかし。

「…釣りは無え!貰ったァ!」
「えっ!?」

ノイトラは千円札を奪い取り、一瞬にして財布に仕舞い込んだ。
高校生にとっての千円は大きい。なまえはノイトラの腕を揺さぶる。

「あのっ、お釣り、お釣りください!」
「やなこった、俺に頼んだのが運の尽だぜ。釣り銭は全部手数料だ!」
「そんなあ!」

すれ違う生徒がチラチラとこちらを見ている。どうだ、見たか。コイツは俺と仲が良いんだぜと、言わずして周囲に分からせる優越感。
とはいえ、意地悪しすぎると嫌われちまうからな。この辺で揶揄うのをやめる事にした。
ノイトラは教室に戻る途中の階段を登る途中で、ピタリと足を止めた。なまえもつられて足を止める。

「まあ嘘だ。いらねえよ。返す」

ノイトラはアッサリと千円札を返した。なまえは恭しく受け取る。

「…今度、絶対お金返すね」
「別にいらねえから」
「でも…」

ノイトラは周りに人が居ないのを良い事に、なまえに詰め寄った。彼女を壁際に追い詰めて、逃げられないよう、顔の横に手をついた。

「俺が女から金取る野郎だと思ってんのか?あ?」
「ノイトラくん、こわいっ」
「なーにが怖いだ!そこまで思ってねえだろうが」
「うう、ひどい…今度ちゃんと返すもん…」

なまえは恐怖半分、しかしどこか満更でもない表情を浮かべている。
ノイトラはそれを見て満足した。意地悪されても、心のどこかで喜んでんだ。相性抜群じゃねえかよ、と。

「じゃあお前がそこまでってんなら、体で返して貰おうか。ご奉仕だ、ご奉仕!」
「ご奉仕って…」

なにするの。
なまえはその言葉の響きに、流石に不安そうな顔をしていたけれど、それは杞憂に終わった。



ノイトラは教室に顔を出して、いつもなまえとお昼を食べているあの子たちに「なまえ借りるわ」と言い、グリムジョーにも「今日ザエルと飯食えよ」と声をかけていた。グリムジョーは「あれと飯食ったら不味くなる」と一蹴していた。かわりにウルキオラくんという人の所に行くらしい。

ノイトラは夢主を連れて、階段を上へ上へと登ってゆく。そして辿り着いたのは屋上。

「おし、食うぞ」
「いただきまーす」

2人きりのランチタイムになってしまった。
なんか、これって付き合ってるみたい…となまえは思ったけれど、何故か言い出せなかった。

「つかパン2個で足りんの?昼飯」
「足りるよ。ノイトラくんは…けっこう食べるよね」

ノイトラはパンを5個くらい買って、更にコンビニのおにぎりも2つ手に持っていた。

「腹減って仕方ねえんだよ」
「その割に細いよね」
「これで背ェ低かったらマジでヤバかったぜ」
「背が低いノイトラくん、想像できない」
「想像すんなよ」
「んー…」
「すんなって」
「今より…少し話しやすそうかも…」
「悪口だろ、それ」

なまえは珍しく、バレた?とイタズラっぽく笑った。
あのさあ、男ってそういうのに弱いんだよな。コイツ、ちゃんと分かってんのか?

「ったく、一丁前に悪口言いやがって。ご奉仕の精神はどうしたよ」
「え、今ご奉仕の時間だったの?」
「そうに決まってンだろ」
「…じゃあ、おにぎりの包み、剥がす?」
「おお、そーしろ」
「待ってね」

なまえは小さい手でビニールの包みを剥がしてゆく。俺の為だけに。
ノイトラの征服欲に似た気持ちがグングン満たされてゆく。

「はい、出来たよ」
「そのまま持ってろよ」

ノイトラはなまえの手の中にあるおにぎりに齧り付いた。

「わ、なんか…なんか…」
「なんだよ」
「餌付けしてる気持ちになる…」
「クソ失礼じゃねえか」
「ごめん…」
「謝りながら笑うな」

なまえは楽しくなってきたのか、次のおにぎりも勝手にビニールから出しては「ほら、ご飯だよ」と笑っている。

「ご奉仕の精神はどォしたよ」
「してるもん」
「してねえよ」
「じゃあ、ノイトラくん、あーん」

語尾にハートでもつきそうな甘い声を出されると…。
ノイトラは、彼女の可愛らしさにキレそうになった。テメェどんだけ可愛けりゃあ気がすむんだコラ!見た目も良けりゃあ、行動まで可愛いとは、俺も舐められたモンだぜ!と、何故か怒りが暴走した。
しかし流石にこんなことは言えないので。もし言ってしまったら、意地悪とかそういう域を超えて、何らかのハラスメントに該当しそうだったからだ。
ノイトラは、甘い声出されたって、別に何とも思わねえから。そんな顔をして、黙って食うしか出来なかった。


「おいしかった?」
「まあな」
「はー、このまんまお昼寝したいね」
「あー…アリだなそれ」
「アリだよね。ダメだけど」

なまえは教室に戻ろっかと立ち上がった。
ノイトラは本当はこのまま授業をサボっても良いくらいだけど、なまえがそう言うならと立ち上がる。

「そういえばノイトラくん、部活とかやらないの?」
「やるように見えるか?」
「…見えないかも」
「だろ。お前は?」
「ノイトラくんと一緒。入りたいの無いんだよね」

つまり、放課後はコイツと遊び放題って事か?
ノイトラは急に上機嫌になった。

「おし、俺達は今日から帰宅部だ。抜けるんじゃねえぞ」
「そう言われると…」
「そう言われるとじゃねえよ」

ちょっとずつ口答えが増えてきやがった。俺に慣れてきた証拠だが、最初の頃の照れっぷりが少し懐かしい。

「なー、やっぱ午後サボろうぜ。そうだ、プリ?撮るか?」
「だめー」

駄々をこねるノイトラは彼女に引っ張られて教室に戻った。
どうにか席に座らされたノイトラは仕方なく次の授業の教科書を取り出した。
グリムジョーは、昼休みギリギリまで女と遊んでいた友人をチラリと横目で見た。

「遅かったな」
「お楽しみだったからよ」
「だろうな。お前からなまえの匂いがする」
「マジ?最高じゃねえか」

ノイトラは自分の制服の袖口の匂いを嗅いだ。バカみてえだな、と口にするのはやめておいた。

前の方の席で友達に揶揄われているなまえを見て、グリムジョーのお兄さんは、また心に固く誓った。
なまえが本当に嫌そうな顔をし始めたら、鉄パイプでもバールでも何でも持ち出して、この馬鹿を止めてやろうと。
それまでは目を瞑っていてやろうと。
そう誓ったのであった。


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