△▽上下線 臨時ダイヤ



なまえさん、ウキウキの金曜日なんだろうな。
稼ぎ頭のテスラ・リンドクルツは、斜向かいのなまえの可愛らしい表情を盗み見て、誰にも気付かれないくらいの微笑を浮かべた。
彼女の夢見る瞳を囲む睫毛は濡れたようにツヤツヤ。目元に散らされたラメは、輝く星から借りたみたい。
ふわりと髪を揺らして立ち上がったなまえは、軽い足取りで机から机。資料を配って歩くなまえのにこやかな表情とは正反対に、絶望したような表情でノイトラ支社長は「ゲェッ!」と声を上げた。
ノイトラは最大限に口角をズリ下げて、丁度近くに居たなまえの顔を見た。

「なァ、俺マジで忘れてたんだけど」
「えっ」

今は月の真ん中くらい。
毎月この時期は経営陣に提出する資料があるのだけれど、それを作り忘れていたらしい。
テスラは「またか」と思いながら取引先へメールを返した。ノイトラは呪詛のようにブチブチと文句を垂れている。

「終わった」
「…頑張ってください」
「ヤベェ」
「あらら」
「やっちまったンだけど」

放心して、パソコンの前で項垂れるノイトラ支社長。この光景、先月も見かけた気がする。
そおっと支社長のデスクを離れようとしたなまえだけれど、「待てコラァ!」と後ろから呼びつけられてしまった。可哀想に。テスラはそっと2人から視線を外して、再びパソコンと向き合った。

「資料作るの手伝ってくんね?」
「…ごめんなさい!」
「ふざけんなよ、マジでェ!」

これ、パワハラとかに該当しないだろうか。
意外にもそれに臆する事無く、なまえは「今日は、ちょっと。すみません」と頬を赤らめた。
あっ、男だ。男性との予定が入っている顔だ。
テスラは、はにかんだなまえと目が合ってしまった。
まずい。嫌な予感がする。

「あれっ、テスラさん!もしかして余裕ありそうですか?」
「あっ、しまった。お得意様から電話が…」
「あ?電話鳴ってねェだろ。テスラ、今日付き合え」
「はい…」

ガバッと顔を上げたノイトラは、恐ろしいまでの鋭い眼光でテスラを睨み付ける。これを断れる人は、中々居ない。
テスラはスーパー営業マン。嫌そうな声を出しながらも、心の中ではほくそ笑んでいた。
ノイトラは今月も、提出を忘れるんじゃあないか踏んでいた。だからこんな時の為に、隙間時間で勝手に資料を作っていたのだ!
そう、これがリスクマネジメント。

「支社長、良かったですね」

なまえはニコッと微笑むと、小動物が逃げるような、そそくさとした小走りでデスクに戻った。
テスラは作っておいた資料を印刷して、角を揃えてクリップで留めた。

「なまえ、男釣って小賢しい技覚えやがって…。テスラ、来い」
「仰せのままに」
「なんか執事みてえな返事だな」
「恐縮です。あと、こちら勝手ながら作成した資料になります」
「は?」

間も無く定時を迎えるオフィスには、ノイトラの「良くやったァ!」という咆哮が轟いた。
テスラは胸を張って、まんざらでもなく、綺麗な顔をくしゃりと歪めた。
定時まで、残り5分。なまえの夢見る瞳はノイトラとテスラから外され、手元の書類と時計に交互に注がれた。





ハイヒールは、踊るようなステップで駅の階段を駆け上った。魔法が解ける前に、早く早く。
魔女みたいな美貌を持つ、彼女のお店に駆け込まなければ!

カウンターに立つのは、美の化身。カリスマエステティシャン、シャルロッテ様である。
彼女は見覚えのあるなまえを見付けて「あら」と声を漏らした。久し振りに見掛けてビックリした。
なんだか、可愛くなっているじゃないの。
遠くから手を振るなまえの顔が、キラキラと輝いて見える。普段はしょぼくれていたり、控えめに口角をモニョモニョ上げるだけの顔だったのに。
もしかして。
なまえは飼い主の元に駆け寄るワンちゃんのように、小走りにやって来てハァハァと息を切らした。

「シャルロッテさあん!あの、欲しい美容液があるのですが!」
「アラ美人さん、いらっしゃあい!でもダメよ。売ってあげない」

シャルロッテは、レジ横に置いてあった今イチオシの美容液をサッと隠した。

「そんな、売ってください!」
「ダメよ。これ、ブサイクちゃんにしか売らないの」
「じゃあ、私、今日、何を塗れば…!?」

今日、素敵なディナーの予定なのだ。大好きな彼と。
しかも、なんと!正式にお付き合いしてから、初めてのお泊まりの予定まで入っている。場所は当然。彼の広い広いお家。気合は充分。下着だって、本気のヤツだった。
今からでも間に合うのなら、あの日オススメされた美容液を素肌に塗り込みたいのだ。お高い美容液から、勇気も貰える気がする。

しかし、こんな可愛い乙女心は鼻で笑って一蹴されてしまった。

「じゃ、ごま油でも塗ると良いわよ。美味しそうなオンナって思って貰えるから」
「もお!」
「残念でした。来月、また来なさい」
「はぁい。…ん?」
「なあに?」
「あの、わたし、さっき褒められました?」

今頃気付いたのか、このニブチン!
わざとらしく受付のパソコンを覗き込み、シャルロッテは意地悪にプイッと横を向いた。

「いっけなあ〜い!もうご予約の客様が来ちゃうわぁ!なまえ、またね!」
「うう、また、また来ますから!」

シャルロッテは優雅に手を振って、シンデレラを見送る。

あの子、何かを勝ち取ったわね。顔つきが全然違うもの。
だからこそ、あの美容液は絶対に売ってあげない。だって値段ばっかりであんまり効かないんだもの。
代わりに売りたいのは、来月から発売のオイル。これはシャルロッテも既に試供品を使って、即リピート決定した優れもの。髪にも肌にも使えるし、とびきり香りが良いのだ。
このオイルの封を開けただけで、きっと欲しくなる。あの子にぴったりな華やかな香りを思い浮かべてから、販売利益を計算して、シャルロッテはとびきり悪い笑顔を浮かべた。





シンデレラは駆ける。
こんな時に限って、電車を乗り間違えた。しかも同じ路線の反対方向、特急快速。待ち合わせ時間なんて、大幅にオーバーしてしまう。
急いで彼にメッセージを送ると「車掌に頼み込めば、窓から降ろして貰える」と、滅茶苦茶なアドバイス。
もう!なんて思ったけれど。
いや、悪いのは私だった。申し訳ない。

急いで引き返して電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、辿り着いた待ち合わせの駅。先陣を切るようにホームに降り立ったけれど、人混みに呑み込まれたなまえは、あっという間に最後尾。

前と変わらない、冴えない自分だなと思った。いつだって、あっと思った時には、最後尾に置いてきぼりにされてしまうのだ。情けない。
それでも、なまえの瞳は前を向き、ずうっと先を睨んだ。今までなら、俯いてしょぼくれて爪先を見詰めるしか出来なかったけれど。トホホと泣いてる暇なんて無いのだ。
早く会いたいと、その気持ちだけがなまえの細い足を動かした。
遥か彼方。前を見据えて、人の波を縫って少しずつ改札へと近付く。

少し、後もう少し。
ゴールテープでも切るかのような気持ちで、なまえは改札を通り抜けた。

「ごめっ、ゲホ、…遅れっ、て、」
「いや、大丈夫かよ」
「だ、…っ、じょぶ、す」
「ジョブス?」
「ちが、ごめ…んね」
「別に。謝罪会見、終わったかよ」

謝罪会見。
あの時も、彼の優しさに救われたんだった。

「いま、終わった」
「長かったな。飽きちまったぜ」
「次からショートバージョンにします」
「あ、ソレ思ったンだけどよ」
「なあに?」

グリムジョーはなまえの手を取って歩き出す。そしてチラリとなまえの胸元を見てから、ひとつ咳払いをした。

「…やっぱ何でも無え」
「え、何?気になる」
「忘れろ」
「今更、無理だよ」

なまえは知らない。男の脳内って、実は下ネタまみれだって事に。
まさか、謝罪の代わりに胸を触らせてくれたら何でも許すって言いかけたのだ。カッコいいグリムジョーだって、結局は男の子。煩悩の犬である。

悶々とするグリムジョーにも気付かず、なまえは「あっ」と言って小さな段差に躓いた。

「うわ、大丈夫かよ」
「平気。ビックリした」
「仕方ねえなァ」

危なっかしいなまえの腕を掴んで、グリムジョーはギュッと抱き寄せた。ぴったりくっ付いて歩くなんて、恋人の特権って感じ。
嬉しくなって、なまえはデレデレと笑って、更にぴったりとグリムジョーにくっ付いた。

ピクリと片眉を動かしたグリムジョー。腕に感じる、なまえの柔らかいおっぱいで煩悩が刺激されてしまった。
ヤバい。ヤバすぎる。

「…俺、手加減してやれねェからな」
「何のはなし?」
「帰ったら教えてやる」
「?はあい」

なまえ、騙されてはいけない!
これからディナーを終えたら、なまえはグリムジョーの家に行き、早速暗い寝室に連れ込まれてしまうのだ。男は全員狼。あっ、この人は豹の王様だった。何にせよ、獣の類である。
きっと、シャワーを浴びる時間も与えられることは無いだろう。
そして、ベッドは軋む。もの凄い音を立てて、ギシギシと軋むだろう。時折水音も交えて、軋みまくるのだ!
シンデレラの、運命や如何に!



雑踏に紛れてしまった2人の影は、もう見えない。
それでも。街の中の喧騒で、流星みたいにチカチカ輝く瞳があったとしたなら。きっと、それが目印。
街の灯りに紛れることのない瞬きは、月よりも太陽よりも眩しい。青みがかった閃光は、夜となく、昼となく輝いた。

(おわり!)




〜細かすぎて伝わらない設定&あとがき〜

ロイくん 
グラフィックデザイナー。オーディオオタク。有線のイヤホンを9本持っている。曲によってイヤホン変えてる。多分家に良いコンポもあると思う。
手先が器用で、フィギュアも作れる。ガンプラ大得意。でも一作渾身の何かを作ったらそれで終わり。すぐ飽きる天才タイプ。器用貧乏そう。
多趣味ゆえに、貯金できないタイプ。
ワンピースを追い掛け続けている。(お父さんはこち亀全巻集めてた)
中学の終わり頃、ニコ動ボカロの作曲にハマる。高校で少し絵の勉強をする。服が大好き。古着にハマる。海外のバンドにハマる。ピアスたくさん開けた。こんな感じで色々詳しい。
専門に入ってカメラに目覚める。スタイリッシュなオタク友達の布教でフィギュア制作をやる。かなり上手いけど、ひとつ作品作ったら満足してやめた。

シャウロンさん
税理士。すごいの。紅茶がすき。丸の内勤務っぽいイメージ。昔ながらの喫茶店でアップルパイ食べるのが楽しみ。バニラアイスが乗っかってるやつ。
料理出来るし、お金の管理も上手。仕事もできるし友達も居る。運動不足解消の為に皇居周りをランニングしている。ジムに通ってたこともあるけど、ストイック過ぎて筋肉パツパツになって「なんか違うな」と思って辞めた。
最近温泉に行きたいお年頃。

エドラド
飲食系管理職(マネージャー。いわゆる部長クラス?)として入った あらゆる店舗に入って動向を見たりマーケティング戦略に貢献したり でも普通にエドニキ仕事できるから現場に回して!て言われてる。ダメなの。管理職なので。
よくお客さんに「あれ?店長さん変わった?」て言われてる。
ジントニックってヤツが好きそうだけど、多分飲み会の間はずーーーっとビール飲んでると思う。

ナキーム
食品の卸関係。会社のエースクラスの営業さん。あらゆる仕入れ先の良いところを網羅して、あらゆるお店にプッシュ。たまに農家さんの手伝いまでやって田舎に泊まり込むこともしばしば。配送に行くとモテ過ぎて帰ってこれない。食っていけとか、食べてってとか言われる。デカい会社の偉い人(エドラドのとこ)にも実直さが気に入られて大変。モテ過ぎ警報発令中。
お好み焼きとか、たこ焼きが好き。セスターズが集まると、いつも全員のボケを回収して回ってる。お疲れ様です!

イールフォルト
マネキンみたいな店員さん。なんかオシャレな紳士服とか売ってるお店のカリスマ店員さん。男にも女にもモテる。毎月の売上額がすごい。ホストじゃないんだから…て言われる。高い靴をたくさん売り捌くのが得意。センス良いし、お客さんとの距離の詰めかたも上手。お客さんに「似合うじゃないか」て微笑むだけですごい金額の靴をポンと買って貰える。多分銀座とかの路面店のドアマン付きのすんごい高級ショップで働いてると思う。知らんけど。
今回はポンコツな面を強く出しましたが、本来はペルシャ猫みたいに気高い男なんだと思います。多分。男たちが集まると、急激におバカさんになるだけだと思う。多分。

グリムジョーさま
ジムに通ってる。筋肉は友達。雑誌はBRUTUSをよく読む。『100年先も使える〇〇』みたいな特集大好き。
爬虫類専門ペットショップやってるけど、ネットショップ(baseとかかな?)も経営してる。オシャレなインポート服を売ってる。自分が着たい服のサイズとかデザインが海外のものしか無くて困ってた。じゃあ自分で仕入れよう!ついでに店も開そうじゃね?て事でオンラインショップ始めました。
このショップの服の撮影は、ディ・ロイに頼んでる。(ロイくんは自宅に撮影ブースを持っている設定です)
その分の撮影料も毎回手渡しで支払う。確定申告の時にはシャウロンさんにお任せ。「ディ・ロイに手当出したけどよ、賄賂税かかんのか?」「そんな税金聞いたことないぞ」とか言ってる。かわいいね。
アルバイトを2人雇ってる。グリムジョーが休みあい日とか、用事でお店しばらく空けちゃう時に店頭に立ってもらってる。
本当は爬虫類専門ショップを経営するノイトラ、良いな!と思ったんですけど、あの男は生き物のお世話しなさそうだなと。でもグリムジョーならテキパキやるし、生き物好きそうだなと考えを翻しました。このお店、行ってみたいですね。
なお爬虫類のお世話とか、生き餌育ててる〜というあたりは、原案よるさんに色々教えて頂きました。本当にありがとうございます。

ノイトラ
支社長。フラフラしてたのを親族のコネで入社。意外と出来る人材だったので若くして支社長に大抜擢。東京支社なのは、会社の本社が名古屋にあるからです。見張のいない俺の城って感じでサイコー。側近みたいな部下もいるし。
万年クールビズ。ネクタイをしている時なんて、見たことがない。

テスラくん
稼ぎ頭。何でも出来る。新卒でノイトラの下に配属されて、カッコいい!て惚れ込んで付き纏ってたら懐に入れて貰えた。嬉しいね。

なまえちゃん
ディ・ロイとは中学の時の塾友だち。進路こそ別だけど、ずっと「それモテないよ?」「お前それは無いわ」て気安い仲。
とりあえずOLで、爪が綺麗、なんならネイルが好きというザックリ設定です。



ここからは、あとがきになります。

フォロワーのよるさんのお誕生日祝いとしての捧げ夢です。勝手ながらリクエストを聞き出して、書かせて頂きました。今回の話の原案はよるさんです。現パロ設定書きもよるさんと話してた内容を多く含みます。借り物のネタばかりです。
リクエスト頂いたお題の通り書けてると良いな〜!
丁寧に書こう!と意気込んだらまあまあ長くなってしまいました。でもその間、夢中で書けたのでホント楽しかったです。
本当はたくさん思い入れがあって、このシーンは特に頑張った!とか書こうと思ったのですが、小説を書き切ったら、全部全力で書いたシーンです!!!としか拙作を紹介できず…。
でも裏夢は初めて人様に見せる用として書いたので、神経使いました。

なので、各場面ごとに、各自脳内で流して頂きたい曲を書き出します。
テーマソングなので、歌詞の内容と本編の内容は一致しておりません。。。ごめんね。。。

のぼり線各駅停車
グリムジョーの派手な女遊びの話を吹き込まれているシーン→星屑スキャットの「マグネット・ジョーに気をつけろ」

なまえがネイルと時計を交互に見てウキウキしているシーン(ノイトラ支社長に怒られる直前まで)→手嶌葵の「cabaret」

のぼり線特急快速
グリムジョーとワンナイトしてから、なまえが重い足取りで外に出たシーン→椎名林檎「罪と罰」

くだり線 鈍行
ラストのシーン。読み終わったタイミングで、エレカシの「ネヴァーエンディングストーリー」

上下線 臨時ダイヤ
ラスト。読み終わったタイミングで、大塚愛の「黒毛和牛上塩タン焼680円」を聞いてください。歌詞、めちゃくちゃ、良いです!

ここまで読んでくださってありがとうございます!
そして受け取って下さったよるさんにも、改めまして、特大感謝を捧げます。
ほんと、いつも、ありがとうございます!!!
また何か書きます。よろしくお願いします。


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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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