2.フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン


「で、何の用だ」
「ま、報告だな」

ノイトラはグリムジョーにテキーラを飲ませながら、夜景を見下ろすバーで、ニンマリと笑っている。

「大方の予想は付いてるが、一応聞いてやる」
「グリムジョー様は、お心が広くて助かるなァ。なまえと付き合う事になった」
「脅したの間違いだろ」
「なんか…その、悪ぃな。あんな良い女奪っちまって」
「言っとくが、お前が5番目の男の可能性もデカいぞ」
「あ?ンな訳………え、マジ?」
「なまえが、お前如きを本命にすると思ってんのかよ」
「……俺、それでも、ちょっと許せちまうんだけど…」
「冗談に決まってんだろ、バァカ!」

こんなに浮かれているノイトラを見るのは久し振りだと、グリムジョーは思った。
いつも唇をひん曲げていたというのに。浮気すら許すとか、聞いた事がない。
これは本気でなまえに惚れ抜いたなと、グリムジョーは確信した。

「つーか、どっか連れてったのか?なまえのこと」
「そらァな。まずは…っと、」

ノイトラはスマホを開いて、1枚の写真を見せた。青い空と、透き通るような海がどこまでも広がっている。

「石垣島」
「いきなりか?」

怪訝な顔をしたグリムジョーに向かって、ノイトラは「あ、コレお揃いのサングラスな。付き合って1ヶ月記念で買った」とツーショットの写真を見せてニタニタと笑っている。
そうじゃなくて。
グリムジョーが「だから、」と質問を切り出すタイミングで、ノイトラはスマホをポケットにしまった。

「や、付き合う前はちゃんとカフェとか、なんか服屋とか、ドライブとか行ったけどよ」
「まずそっからだろうが」
「話すと長くなるけど…終電までクソ時間あっから、平気だな。まずはなァ」
「クソが。3分以内で話せ」
「しゃアねぇな…」

夢見るような瞳で、ノイトラは2人の馴れ初めを語った。その語り口は、あまりにもふわふわしていたので、読者諸君には以下のダイジェストをお読み頂く事とする。



ノイトラは、あの日の帰り道に早速なまえにメッセージを送った。なまえのオススメのカフェに行こうぜという、当たり障りないものだ。絵文字だって使わない。それがノイトラの流儀。
翌日、なまえから「カフェ、いきましょう!」というメッセージが来たので、ノイトラは久し振りにガッツポーズをした。このポーズ、学生時代以来かもしれない。
ウキウキしながらクローゼットを漁って、早速お洋服の選定を始めた。まだ、朝の9時前のことだった。


その週の土曜日。
女の子ウケしそうなシンプルな服で、ノイトラは待ち合わせ場所に向かった。気合が入っているので、待ち合わせよりも30分前に着いた。
ノイトラだって、やれば出来る男なのだ!(普段は遅刻常習犯だけれど…。)

暫くすると、遠くから女の子がやってきた。待ち侘びたなまえである。

可愛い。可愛すぎる!彼女は素敵なワンピースに、華奢なヒール、キラキラ輝くアクセサリーを纏っている。これだけでもう、ノイトラはイチコロだった。
もし、彼女がやって来て早々に「ごめんね、やっぱり今日ナシで!」と言われたとて「可愛い姿を一目見れただけで、得したぜ」と言って、男らしくクールに帰る事も出来そうだった。

当然、そんな事が起こるはずもなく、なまえはノイトラを見付けると小走りでやってきてくれた。可愛い小型犬みたい。何回言っても足りないくらい可愛い。

「ノイトラさん早い!」
「楽しみで眠れなかったからよォ、始発でココ来て待ってた」
「また嘘ついてる」
「バレたか…」

なまえが楽しそうにクスクス笑っている。ノイトラはそれだけで嬉しかった。ふわふわした気持ちになって、つい彼女の手を握ってしまった。

「じゃ行くか。なまえのオススメのカフェってやつ」
「うん!」

手を握るのは早過ぎたかとハラハラするノイトラとは裏腹に、なまえは嬉しそう手を握り返してくれた。良かった!
本当なら、このまま抱き締めて好きだ!と言いたいところだが、まだ我慢。昼間だし。初デートだし。
喜びと一緒に唇を噛み締めるノイトラに、なまえは少し控えめに話しかけた。

「あの、そのカフェって少し待つかもしれないんですけど…大丈夫ですか?」
「おお、何時間でも待つぜ。俺、待つのクソ得意」

ノイトラはまた一つ嘘をついた。好きな子の前では完璧なオトコでありたいらしい。ホントは待ち時間なんて、納税と同じくらい嫌いだった。
とは言っても、女の子って鋭い。なまえは疑う瞳でノイトラを見上げた。

「ほんとですか?嘘っぽいなあ…」
「………」
「バレてますよ」
「いや、なまえとだったら待ち時間5時間も平気だから、俺、マジで」
「そうですか。じゃあ待ってる間、ノイトラさんの顔ずーっと見てますから。平気かどうか」

その言葉を聞いて、ノイトラはフンと鼻を鳴らして笑った。

「良いぜ。惚れるなよ」
「うわあ、自信満々!」

さて、ノイトラは待ち時間を攻略出来るのだろうか。






「並ぶ価値あったな」
「でしょ?」

そのステキなカフェでは、お店に入るまで30分くらい待った。それからオーダーして、ケーキやらが出てくるまでが20分くらい。
トータル約1時間くらい、ノイトラは楽しく、ご機嫌に過ごせた。これも全て、なまえのおかげである。(残念ながら、ここは月島さんのお陰ではない)
可愛くて、話していて楽しい女の子って、最高!
なまえがオーダーしたチーズケーキを真似して頼んだノイトラ。あまり期待せずに口にしてみると、あり得ないくらい美味しかった。一緒に頼んだコーヒーだって、女子向けのお店だからと馬鹿にできないくらい美味しい。
対面に座っていたなまえもカワイイ。出てきた甘いモノも予想以上にウマイ。
ノイトラ、大満足であった。

「また行きてえ」
「でしょ?でもね、他にもおすすめのお店があるんですよ」
「マジ?俺カフェ系男子になっちまうんだけど…」
「似合わない言葉だなぁ…」
「ひっでェ、俺真剣なのに」
「笑ってくるせに」

なまえの小さな手がノイトラの二の腕を優しく叩いた。

こんな感じで、デートは楽しく進んだ。
それから駅ビルでなまえが欲しいと言った化粧品を買ってあげたり、少し移動して浅草のあたりまでやってきた。
2人でデカいお寺を見て、線香の煙を浴びて、ノイトラは観音さまに向かって「マジでこの子と付き合いてえ!頼む!頼みます!」と祈った。
結構、真剣に。
チラリと横目でなまえを見ると、瞳を閉じて、静かに手を合わせていた。
彼女は、どんなお祈りをしていたのだろうか。ノイトラと同じだと良いのだけれど。

2人はお寺を出て、暫くは参道に連なるお店を冷やかした。昔ながらのお土産がたんまり置いてあるお店をチョイス。中には剣にドラゴンが巻き付いているキーホルダーが置いてあったり、お湯を入れると色が変わる、絶妙にダサいデザインの湯呑みなんかが置いてある。
壁に吊るされたご当地靴下を見ていると、何故か奈良の大仏のソックスがぶら下がっていた。
つい首を傾げてしまう。
ここ、何処だっけ。奈良?浅草?
ノイトラがあまりにもそれを見詰めるものだから、なまえも真似してそれを見て、違和感に首を傾げた。

「…おかしいよな?」
「おかしいですね」

顔を見合わせると、どうしようもなく笑いが込み上げてしまった。2人して似たような顔になって、唇を結んでいる。しかし、ここで笑うわけにはいかない。
早足でお店を出ると、2人はやっと声を出して笑った。

「なんか、ツボっちゃいましたね」
「アレ、気付いたらもう我慢できねえよな」
「無理です、あは、…ダメだ、気付かなきゃ良かった…」
「何なんだろうなァ…クク、」

しょーもない事の方が、笑える日もある。
空が藍色に染まる頃、2人は素敵なすき焼きのお店を見つけた。
入り口横のスペースには白い玉砂利が敷かれて、細い笹が静かに揺れていた。黒い外装に、柔らかい色合いの照明。そこに浮かび上がる暖簾の白が目を引く。
雰囲気、良し!
ノイトラは迷う事なくなまえに「少し早いけど、飯食わねえ?」と囁いた。
当然なまえも、迷う事なく頷いた。お店の暖簾をくぐると、素敵に着物を着こなした女将が、2人を奥の個室へと通した。

「奥の席、座れよ」
「いいの?ありがとう」

上座になまえを座らせたノイトラ。普段なら、俺こそ上座に座るべきだろと思うのだが、今回は違った。
なまえの向かいの席に座れるんなら、何処でも良かった。むしろ、対面で座らせてくれてありがとうと素直に言えそうだった。
地震の前触れかと思うほど、ノイトラの心は手のひらを返すよう、簡単に翻った。
なまえと向かい合えるなら、コンクリートの上でも、アスファルトの上にだって、喜んで座りたいくらいだった。

メニュー表を開いて、ノイトラはなまえの方に寄せた。こんな事だって、今までやったことがない。ずっと待ちの体制で、気怠く壁に凭れていたというのに。

「おし、何にする?」
「えっとね、んー…と、」
「俺ァ、…」
「なに?」

俺ァ、お前にするぜと言いかけて、ノイトラは黙った。ダメだ。今、そんな事を言ったらマズイ。
今日1日の楽しかったデートが、ガラガラと音を立てて崩れる予感がする。ノイトラさんって、オジサンみたいだねと思われてしまう。そんなのはイヤだ。
ノイトラは苦し紛れに、ひとつのメニューを指差した。

「…コレだな」
「1番高いコースですか…」
「お前もコレな」
「えっ、良いの?」

ノイトラはニヤリと笑ってメニュー表を閉じた。もうこの先は余計な事は言うまいと決めたものの、なまえが「おいしい!」と微笑むたび、「お前も美味そうだな」と言いたくて仕方なかった。悪い舌先をぎっちり噛んで制するので精一杯。
とにかく無難に「うまいよなァ」とだけお返事をして、この日は笑顔で解散した。

下手なことを言わずに済んで、よかった。
これもきっと、仏の導きではないかとノイトラは思ったのだ。
観音さまに、ハイパーセンキュー。



ここからは急ぎ足だ。以下、簡単に2人のデート歴を簡単に述べさせて頂く。

ノイトラ、仕事帰りのなまえを誘って行きつけのバーに入った。金曜日の夜はパヤパヤしている。お酒を飲んで頬の赤いなまえの頬にキスしたい気持ちを我慢した。偉いぞ!
紳士のノイトラは、手を繋ぐだけに留めて、彼女を家まで送った。
しかし。自宅に帰ってから、2発くらい抜いた。

今度は昼間のデート。湘南の海沿いをドライブだ。デッカいノイトラの黒い車は、キラキラ光る海の光を反射させて矢の如くグングン走る。
江ノ島で降りると、2人で長い長い階段を登って、猫をナンパした。超、楽しい。ノイトラは久し振りにデートらしいデートをしてウキウキした。心が5歳くらい若返った心地がした。
そして何より、ジーンズを履いたなまえの尻がたまらなかった。
家に帰ってから、1発抜いた。濃いやつが出た。

それから、仕事帰りのなまえを誘ってステキな晩御飯を食べに行ったり。

デートやら食事を重ねて、ついに箱根の方へと足を伸ばした2人であった。
その日の帰り道、ノイトラはなまえを家に送る途中、どうしても彼女の自宅の方面へとハンドルを切れなくなった。
なまえを家に帰したくなかったのだ。まだ、一緒に居たい。

「…あのさァ」
「なあに?」

この切り出し方、童貞くせえなとノイトラは思った。だが引き返せない。
青信号をグングン駆け抜けながら、ノイトラは高鳴る胸を落ち着かせるよう、深呼吸しながら言葉を続けた。

「今日、家に帰したくねえんだけど。なまえのこと」
「…」

ふと沈黙が流れた。
横目で見ると、なまえのキラキラした指先がモジモジと動いている。闇に浮かぶそれは、星屑のように瞬いては消える。
ああ、ネイルってキラキラして可愛いモンだなと初めて思った。

「…ノイトラさん」
「何だ」
「私、自惚れて良いの?」

真剣な声だった。赤信号に捕まり、ノイトラは静かにブレーキを踏み込む。
そうして、いつになく真剣ななまえの顔を見てこう言ったのだ。

「マジで好き。付き合って欲しい」

ホントは、もっとステキなレストランとかで言うつもりだった。夜景でも見ながら愛を伝えたかった。
言い訳は全部飲み込んで、ノイトラは甘い熱に身を任せてなまえに唇を落とした。
答えなんか聞いてやらない。ノイトラは、欲しい女の子を絶対手に入れたいのだ。

後ろから鳴らされたクラクションの音を聞いて、ノイトラはやっとなまえから唇を離した。




夢見心地な瞳を伏せて、ノイトラはウイスキーをちびりと飲んだ。

「…まあ、こんな感じだな」
「ご苦労なこった」
「羨ましいだろ、なァ」
「…うるせえな」

そりゃあ誰が聞いたって羨ましいだろう、この話。
グリムジョーはしかし、あの可愛いなまえがしっかりと愛されているようで、ひどく安心した。グリムジョーにとってなまえは、妹みたいな存在なもので。
彼女が幸せそうだと、お兄ちゃんは嬉しいんだな。

俺の彼女、最強すぎる…と酒を煽るノイトラを横目で見ながら、グリムジョーはこっそりとシャウロンからのメッセージを返した。
どうやらなまえとシャウロンが偶然会ったらしい。あの2人はグリムジョーを介した飲み仲間であり、会社の関係者同士だ。
せっかく会ったワケだし、ついでにグリムジョーとノイトラの居るバーに合流するとかなんとか。

スペシャルゲストの登場まで、あと5分くらい。

グリムジョーは敢えてノイトラにこの事は知らせず、ひたすらノロケにウンウン相槌を打った。
サプライズした方がお酒が美味しくなりそうな夜だもの、仕方あるまい。

「…でよォ、俺さァ、また車買い替えっかなと思って」
「また黒いデカい奴だろ」
「や、今度は白いデカいの。可愛い女の子乗せててもヘーキそうなやつ」
「どれ」
「これ」

グリムジョーがノイトラの見せたスマホの画面に釘付けになっていると、ふと聞き慣れた可愛い声と、渋いカッコいい声がした。

「ノイトラさん、お待たせ!グリムジョーくんも!」
「待たせたな、グリムジョー。と、ノイトラ」
「おお、遅えじゃねえか。シャウロンになまえ。座れよ」
「………ア?」

和気藹々とする3人と、取り残された1人。ノイトラはポカンとして可愛いなまえを見つめた。それから、隣に立つ紳士シャウロンさんを交互に見て、「は?」と声を上げた。

「あれっ、もしかしてノイトラさんには私が来るの、内緒だった?」
「おお。なまえはスペシャルゲストだからな」
「私もスペシャルゲストだな。ノイトラ、酒癖が悪いのは治ったのか?」

シャウロンはステキなスーツを着こなして、不敵な笑みを浮かべてノイトラを見下ろす。更に、隣には会社帰りのような格好のなまえ。
2人の間には親密そうな空気も流れているではないか!ノイトラは瞬間湯沸かし器の如く、怒りに駆られた。

「聞いてねえぞ!つか、え、何、シャウロンお前、なまえの何だよ、オイ!」
「私はなまえの会社の顧問弁護士だ。まあ…その前にグリムジョーとの飲み会で知り合っている」
「………あ、へェー…そォ…」

ノイトラはイライラした。大好きな彼女が、いけすかねえインテリ男に連れられてバーにやってきたのだ。シャウロン、ケツバットしてやりたい。
しかし可愛い彼女が居る手前、ノイトラは眉間をピクピクさせるだけに留めた。
シャウロンはその様子を見て、フンと鼻で笑った。
そして、あろうことかなまえの肩を気安く叩いて、こう宣ったのだ。

「なまえ。この男にDVでもされたら、私がお前を弁護して、慰謝料を巻き上げてあげよう」
「やめろ!しねえから!」

ノイトラの風体からすると、リアリティのある提案だった。しかしなまえは当然冗談だと分かりきっているので、クスクス笑っている。

「なまえ、コイツ信用ならねーからな。手ェ上げられたら俺に電話寄越せ。浮気なんかしたら、処刑してやっからよ」
「うるせェ!しねェから!」

グリムジョーもそれに乗っかった。シャウロンは顔を背けて笑っている。必死なノイトラの形相が面白いらしい。
2人とも、悪いお友達である。

「ふふ、みんな優しー」

なまえだけが朗らかに笑って、ノイトラの隣に腰掛けた。甘い良い匂いがする。
ノイトラはなんだか不安になって、強引になまえを抱き寄せて「一杯だけ飲んだら撤退だ」と囁いた。なまえは嬉しそうに微笑んで、ノイトラの服をきゅっと握った。

「見せ付けてくれるじゃねェか」
「アツすぎるな…。グリムジョー、ピッチャーで氷水を頼んでも良いか?」
「シャウロン、それ俺の分も貰え」
「それ、テメェらに被せてやるよ、バーカ!」

ビルの真ん中より、ちょっと下くらい。楽しげに笑う4人の顔がネオンに照らされている。街行く誰もが、頭上の彼らに気付かぬまま街の喧騒に流されてゆく。

なまえはぼんやりと雑踏を見下ろしながら、カクテルを飲み干した。ふと視線を上げると、ビル群の隙間から大きな月が顔を覗かせている。
このまま窓をすり抜けて、ビルのてっぺんをぴょんぴょんと飛んだら、夜空をひとっ飛びして、あの月まで遊びに行けそうだと思った。
大好きな彼氏の隣に座る女の子がロマンチックになるのも、無理はない話であった。

なまえがぼんやり見惚れる先を覗き込み、ノイトラはあっと声を上げた。

「月、デッケェな」
「!ね、すごいよね」
「ありゃキンタマの片割れだな」
「…さいてい……」

ロマンス、返してくれないか。
なまえはノイトラの二の腕を強かに打った。

(つづく)


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