予鈴が鳴った。
グリムジョーは空っぽの鞄を漁りながら、隣の席のノイトラに次の授業を聞いた。

「次、誰だ?」
「ヨネちゃん」

間髪を入れずに英語教師の名前を言い捨てるノイトラ。彼の鞄もグリムジョーと同じく、空っぽであった。強いて言えば、スマホと財布とお菓子しか入っていない。それから、朝買った週刊誌がおざなりに投げ込まれているだけ。
グリムジョーは嫌そうに眉根を寄せてから、ノイトラに低く耳打ちした。

「英語か。ダリィな」
「お前、全部そうだろうがよ」
「つか教科書無え。忘れた」
「…仕方ねえな」

ノイトラは教科書を適当に詰め込んだだけのロッカーをゴソゴソやって、どうにか英語の教科書を取り出してきた。まだ新学期が始まって1ヶ月しか経たないというのに、既に教科書の表紙が大きく折れている。

「ホラ、俺の見せてやっから感謝しろよ」
「…いや、これ落書きしか見えねえんだけど」

1年生の教室の、1番後ろ。
窓際の隅っこにノイトラとグリムジョーは座らされていた。
この2人は飛び抜けて背が高いので、授業中、他の生徒の邪魔になるだろうということで、入学式の後のオリエンテーションからこの席が定位置だ。
彼らは背が高いだけではなく、雰囲気も怖い感じだった。まさにヤンキー。むしろ半グレ。
この学校では珍しい雰囲気の男の子なので、クラスのみんなからは敬遠されていた。

当然、学校の中でも有名人だった。「あの目立つ2人ね」の一言で話が通じてしまうほど。
どうしたって2人は目を引くし、背も高い。顔だってカッコいい。ちょっと怖い雰囲気だって、お年頃の女の子には良いスパイスだった。
いっそファンクラブも結成できそうなくらい、この2人に恋する女の子が学年中に散らばっていた。

ノイトラに恋する女の子は、当然このクラスにも居たのである。
特に目立つのは、やはりあの子。

「みてみて、これ可愛くない?」
「かわいー!いいなあ」
「これ、駅に似てるのあったかもしれない!」
「帰り、駅行きたいなあ」

なんか小さくて可愛い4人組。
みんな同じくらい小さくて、それでいて粒揃いに可愛らしい女の子達である。
スマホを囲んできゃあきゃあ笑う姿なんて、あんまりにも微笑ましくて、ずっと見ていたい気分になる。
その中でも特に可愛らしいのが、なまえだった。
あのノイトラに恋する、可愛らしい女の子である。
にこっと笑うと小動物みたい。大人しいけれど、話してみると人懐こくて。
こんなに見た目も中身も可愛い子、嫌いになれる訳ない!と誰もが口を揃えて言うのだ。

「…あ」
「もしかしてこっち見てる?」
「私たち、うるさかったかな」
「やっちゃった?」

彼女たちは、教室の後ろの方から飛ばされる鋭い視線に気付き、声をひそめた。ひそひそ話す姿すら可愛らしい。
ノイトラとグリムジョーは黙ってこの4人組を見ていた。
側から見れば、怖い男の子が可愛い女の子を睨んでいるように見える。でも、本当のところは違う。ノイトラもグリムジョーもかわゆい女の子を熱心に見つめていただけ。
胸の内は、のほほんとしている。
そんなことはつゆ知らず、あの2人って怖いけどカッコいいよねと、今度は噂話が始まる。

「なまえさあ、前にノイトラくんカッコいいって言ってたよね」
「あー…、えと、それ…内緒が良いなあ…なんて」

なまえはちらりとノイトラを見て、手元に視線を落とした。ノイトラの名前が出てくるだけでちょっと照れてしまう。既に頬と耳が赤く染まりかけている。
カッコよくて、近寄り難くて、大人っぽいクラスメイト。
それって、憧れない理由が見つからない訳で。

「わかってるって!」
「ねえ、ほかに気になる人とか居ないの?」

女の子は恋の噂が大好き。
興奮した声を抑えて、ヒソヒソ。あの子とあの子がね…なんて話が始まれば、顔を見合わせて「えーっ」と頬に手を当てて驚く。
動作が、表情が、一々可愛らしい。

ノイトラもグリムジョーもチラチラとその様子を見ては、小声で「レベル高え」「逆にあれは連絡先聞けねえよ」「ああ、逆にな」と囁き合っていた。

ノイトラがじーっと彼女たちを見つめると、なまえと目が合った。
そうそう、この子が1番可愛いと思うんだよな。ノイトラは彼女に向かって小さく笑いかけ、手を振った。
可愛い子ってのは、ついつい揶揄いたくなるのが男の性である。
なまえは少し驚いてから、小さく手を振り、はにかんで笑い返した。

それがあんまりにも可愛らしくて、ノイトラの心臓は一瞬にして射抜かれてしまった。
可愛い。
可愛すぎるにも程があるってモンだぜ。

「今の、見たか?」
「お前ズリィな」

ノイトラはグリムジョーの肩をバシバシ叩いた。その手を振り払ってグリムジョーは舌打ちをする。
グリムジョーもこういう可愛さには弱い。胸の奥がギュンとする。キュンではなく、ギュンとするのだ。
恋愛感情と呼べるほどではないけれど、あいつら無駄に可愛いな、とは思う。

「なァんかやる気出てきたぜ」

ノイトラは久し振りに真面目にノートとペンを取り出した。もうゴールデンウィーク明けなのに、開いたノートは眩しいくらいに真っ白。
それをチラリと横目で見たグリムジョーは、フンと鼻で笑う。

「どーせ5分で終わるだろ、そのやる気」
「まあな」

タイミング良く本鈴が鳴ると、「ハイ、席について下さいね」と英語教師のヨネちゃんが入ってきた。ベージュのスーツが似合うオールドミス。
ノイトラは起立の号令に合わせてお辞儀するなまえの後ろ姿を見ていた。
艶々の髪の毛がすとんと肩に落ちている。いつかアレ触りてーやと思った。




次の日の事であった。

「いや、早弁しすぎだろ」
「早弁じゃねえ。遅い朝飯」

ノイトラは1限目は寝て過ごそうと思っていた。
しかし、伏せかけた瞳の隙間から見えたのは、隣で早弁をかますグリムジョー。朝一番から必死に弁当を貪る姿はが面白過ぎた。
お陰でノイトラは、1時間丸々笑いを堪えるハメになってしまった。
隣の席の男が、朝イチで早弁というだけで笑えるのに、大真面な顔で食べるから余計に面白い。しかも弁当を食べ終わると、パンの袋をゴソゴソと取り出したのだ。どうするのかと見ていれば、頬が膨れるほど一気にパンを口に詰め込んでゆく。授業が終わる頃には、空っぽの弁当箱と、すっかり中身を失ったビニール袋が残っていた。

「はー、腹筋割れそうだぜ」

ノイトラはまだ込み上げてくる笑いと格闘している。グリムジョーは見せ付けるよう、また1つパンを食べようとしているし。それを見ると、今度はギャハハと大きい笑い声が漏れてしまう。グリムジョー自身だって、ノイトラにつられて半分笑っている。

今度は、そんな様子を小さくて可愛いのがじーっと眺めていた。

「なんか、楽しそうだよね」
「グリムジョーくん、普通にご飯食べるよね」
「それ、授業中?」
「そうだよ」
「先生にバレてないのが凄いよね」
「慣れてるんだよ、きっと」

一通り笑い終えたノイトラは、可愛らしい女の子からの視線に気付き、一つ声をかける事にした。
可愛い女の子に声をかけなきゃ、逆に失礼に当たるしなァと思ったので。

「なんだ、お前らも飯食うか?オイ、グリムジョーそれ分けてやれよ」
「はァ?…ったく、良いぜ。来いよ。一口ずつだぜ?」

可愛らしい4人はきゃーっと、これまた可愛らしい声をあげて笑い合った。
俄に教室がざわついた。話してみたいけど、話しかけにくいグループ同士が仲良くしようとしているではないか!
クラスの全員が、羨望と嫉妬と含んだ視線を彼らに注いでいる。

「大丈夫、大丈夫だから!」
「ねえそれ何パン?」

可愛らしい女の子たちは高い声でお返事する。なまえは、気になるノイトラから話しかけられてドギマギしながら、やり取りを聞いている。
グリムジョーは「ハムのやつ」と律儀に答えている。ノイトラが席を立って可愛い4人組のところに向かうと、グリムジョーもハムのやつをモサモサ食べながら後を追いかけた。

そうそう、こういうかわい子ちゃんと話したかったんだよな。学校ってそういう場所だろうが。ノイトラはお目当てのなまえの隣に立ち、ニイッと笑った。
なまえは顔を赤くして固まっている。ビビってんだろうなぁ。そんな反応すら可愛らしい。まあ、コイツなら何したって可愛いモンだ。
ノイトラがなまえに夢中になっていると、グループの子達が気さくに話しかけてくる。

「ノイトラくんおっきいねー」
「まァな」
「なまえ、ノイトラくんの半分くらいしかないじゃん!」
「マジ?ちいせえな、なまえ。オメェらもだけどな」
「ねえ、ちょっとほんと凄くない?」

なまえとノイトラを残して、友達3人は少し離れたところに立った。そして「身長差すごい」「漫画みたい」「良いコンビだね」ときゃあきゃあ笑っている。そこにグリムジョーも混ざって「いや、誘拐犯と被害者だろ」とヤジを飛ばした。

「どうする?俺、誘拐犯だとよ」

ノイトラはなまえの肩に腕を回して笑った。
その瞬間、教室に居る全員が小さく息を呑んだ。

なまえは顔を真っ赤にして「ど、どうしよ…」と言ってから、誤魔化すように笑った。眉尻を下げながらも、口元には嬉しさが隠せていなくて、それでいて少し恥じらうような表情は悶絶モノだ。
しかもノイトラを見上げながら話すのが、どうにもいじらしくて、可愛らしくて、このまま抱き締めたくなる。
可愛すぎる…。良いモン見せて貰ったぜ…。
ノイトラはなまえの頬を大きい手でむに、と挟んだ。

「!え、あのっ、…ノイトラくん…」
「顔もちっせーな。こんなんグリムジョーの半分以下だろ」
「オイ犯罪者、そろそろなまえ離してやれよ。かわいそーだろ」
「…」

ノイトラは不本意ながらもなまえから手を離した。確かに、ファーストコンタクトでコレはやり過ぎたと思ってる。
ふと周りを見渡せば、教室中の視線の殆どがこちらを向いている。それが、どれもこれも間抜けヅラばかりなので、笑えてしまった。
まあ、これでなまえを狙おうとするアホな男はこのクラスからは出てこないだろう。

なまえを解放して、他のお友達3人のところに届けてやる。ついでにグリムジョーを回収してまた教室の隅に戻る。
気付けば、グリムジョーはパンを食べ切っていた。

「なあグリムジョー」
「あんだよ」
「俺ァ決めたぜ。なまえ可愛いよな」
「…マジでやめてやれよ」
「ハァ?なんでだよ」

グリムジョーはため息をついた。

「差がありすぎだろうが。色々と」
「…んな事ねェよ」

そんなん知らねえよ。
可愛いメスが居たら、どこまでも追いかけてやりてぇのが男だろうが。差なんてあっても燃えるだけだ。
ノイトラはそう思って、手のひらに残る、彼女の頬の柔らかい感覚を思い返した。可愛かった上に柔らかかったなあ。しかもなーんか良い匂いすんだよな。
ほんっとたまんねー…。

「ヤベー…」
「おいトイレとかで絶対抜くなよ」
「しねえよ…。いや、分かんねえ…」

分かんねえ、俺ァ分からねえ…と繰り返すノイトラは机に突っ伏した。しばらくすると、寝息が聞こえてくる。とうとう寝ちまったか、と思うと今度は数学の授業が始まる。担任のてっちゃんの時間だ。

「起立」

日直の号令にかろうじて反応したノイトラは気怠く起き上がって、礼をして、座りながら眠りについた。
グリムジョーは前の方の席に座るなまえを見て、こんなゲス野郎に目を付けられて可哀想な奴だと思った。

最悪の場合だが。
可愛い女の子にたかる悪い虫は、俺がしっかり駆除してやっからな…と、グリムジョーのお兄さんは心に誓ったのであった。


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