※ フォロワー、しりまるさんの「エス・ノトはモンエナ好きそう(飲んでそう)」という呟きから着想を得て書きました。




「アはっ、アはっ……眠レナい…」
「モ●エナ飲み過ぎだろ、バカ!」

バズビーは、泣きながら笑っているエス・ノトの細い腕を引き、無理矢理ベッドに寝かせた。ぼすんと音を立てて、エス・ノトはシーツに沈む。
寒過ぎる部屋に空調を入れようと、バズビーが壁に向かってのっしのっし歩くと、足に何かが当たった。おやっと思って足を避けると、また別なモノが足に当たる。カラン、カラン、と音を立てて、それらは転がってゆく。
嫌な予感がして足元に視線を落とすと、かの有名なエナジードリンクの空き缶が、床に大量に転がってるのが目に入った。
バズビーはうんざりしながら、大きい溜息を漏らした。つい、舌打ちだって出てしまう。

布団に寝かせられながらも、エス・ノトは充血した目を見開いて、泣いているような、笑っているような恐ろしい声を出し続けている。
不気味な事、この上ない。

「………アはっ、…ァ、ハはっ…」
「お前、しばらくコレ飲むなよ」

黒字に緑の文字がプリントが施された缶を持ち上げ、バズビーは見せ付けるようにして、グシャリと音を立ててそれを握り潰した。
そもそも、エス・ノトが一日中これを飲んでいるのがいけないのだ。美味しいだとか、身体が欲しているとかナントカ言っては一日中これを飲む。飲む。飲む。飲みまくる。朝、昼、晩お構い無しに飲みまくった。その結果がコレだ。
今、こうして眠れないのも当たり前の話だ。
細い声で、エス・ノトはバズビーの呼び掛けに答えた。

「……其レ、モウ随分断ッテる」
「どのくらいだよ」
「30分」
「バッッッカお前…飲み終わったばっかじゃねえか!」
「アはっ…アはっ…3日クラヰ、眠ッテナい…」
「だろうな!バカ!」

エス・ノトの細い顎が隠れるまでふんわりとした毛布をかけてあげて、目隠しするよう、ホットアイマスクを即座に被せる。それから、手や腕の眠れるツボをグリグリと押し潰して、バズビーは薄暗い部屋を後にした。数分前から、寝息のような呼吸音が聞こえ始めていたからだ。任務完了である。

バズビーは、そっと振り返って、長い廊下の向こうにある、禍々しい風体の扉を見遣った。魔物の寝ぐらに見えないだろうか。じいっと見ていると、背筋がゾォッとしないでは居られなかった。
ああ、何だか嫌な予感がしないだろうか。

バズビーが足早にその場を立ち去ってから、数分後の事であった。
魔物の手が扉を開く、嫌ァな金属音が響いた。





「ウワァア!」

団員の悲鳴が轟いた。
長い廊下沿いに、その悲鳴は次々と発せられては、ビターンと人が壁に叩きつけられるような音もする。

アスキン・ナックルヴァールはその異変にいち早く気付き、自室を抜け出して廊下へと向かった。
曲がり角で息を潜めて様子を窺う。悲鳴も、肉が叩き付けられる音も暫くは鳴りを潜めている。むしろ、水を打ったような、不気味な静寂が広がっているように感じた。
アスキン込み上げる恐怖心を堪え、今が機会だろうと、意を決して曲がり角から顔を出した。

すると、アスキンの目の前に、何かが立っていた。
消毒液の匂いが漂うような、白く、細長い影だ。

「ウワッ…、ウワッ…」
「アはっ………」

エス・ノト。その人であった。
バズビーの寝かし付けが失敗していたらしい。あの後、ムクリと起き上がったエス・ノトはモ●エナを探して、ゾンビの如く徘徊していたようだ。
歩くたびにガクガク揺れる首に、不気味に靡く黒い髪。黒目がちな瞳の両端は充血して真っ赤に染まっている。
アスキンと目が合うと、闇を映したような双眸はニューっと細められ、不吉な三日月の如く弧を描いた。

「ッ、ウワァアア!!!」

我慢ならなかった。
アスキンは誰よりも大きい声で叫んで、その場から逃げ出した。エス・ノトは壊れた人形のような動きでそれを追う。更にそれを見かけた団員たちがブラクラでも踏んだような悲鳴を上げる。ある者はその場に倒れ、ある者は恐怖から逃げ惑った。
悲劇は、更なる悲劇を呼び、いつしかこの騒動は、事件と呼べる規模の被害者を叩き出した。

見えざる帝国は、今、恐怖と混乱に陥っていた!





──暫くして。
無事、アスキンとバズビーの手によって保護(身柄拘束)されたエス・ノト。椅子に括り付けられているけれど、譫言のように「モ●エナ…」と鳴いている。バズビーはそれに向かって「うるせェ」と肘で小突く。そうすると暫くは黙っていてくれる。
このエス・ノト、もはや滅却師ではなく、ある種の妖怪にも見えるではないか。
アスキン・ナックルヴァールは緊急召喚されたバンビーズ(と、バンビーズの末っ子みたいななまえちゃん)に向かって、一つお願いをした。

「コイツのせいで怖くてその辺歩けねェ訳なんだけどさァ」
「じゃあ全員引きこもってれば?ハイ、解決!」
「そうはいかねェと思うんだよね」
「…つまり、何?」

バンビーズの瞳は冷ややかだ。何をお願いされても聞いてくれるような女のコ達じゃあない。そんな事くらい知っているアスキンだけれど…たった1人、良心とも呼べる女のコがいるじゃあないか。
なまえである。
アスキンはこの子がエス・ノトのお世話をしてくれたら嬉しいなと思っている。世話焼きのバズビーも同感であった。

「悪いけど、エス・ノトの寝かし付け…お願いして良い?」
「は?無理!」

キャンディスが即座に断った。他の4人もウンウン頷いている。唯一、なまえだけが不安げにアスキンを見つめていた。

「…あんましこーいう事言えねェけどさ、寝かしつけは女の子の仕事じゃね?頼むよ」

オネガイ!と頭を下げたアスキンに、リルトットは容赦なく答える。

「あ?今の性差別だろ。殺すぞ」
「…そういった意図は、」

少し言葉を返せば、バンビーズの猛攻撃がアスキンを襲う。

「…それ、記者会見モノだと思うの」
「サイッテー」
「アンタ人権意識とかあるワケ?」
「家事を女の子に任せる男、ダッサァーい!」

女の子って、集まるとメチャクチャ強い。この勢いって、多分、ユーハバッハだってタジタジになるくらいスゴい。アスキンは罵声を浴びながらも、唯一の良心であるなまえにそれとなく訴えかけた。

「男同士で寝かしつけもアレだしさ、エス・ノトだって承知しねえだろ」
「…チッ」
「それもそうか」

バンビーズはそう言われれば確かに、と頷きながら、なまえをチラリと見た。多分、このカワイイ女の子に全てを押し付けるつもりなのだろう。
音頭を取ったのはリルトットだ。

「なまえ、お前ら、じゃんけんするぞ」
「えっ、あっ、はい」
「負けたヤツがエス・ノトの子守り役な」
「おっけぇ」

6人のちいさい可愛い拳が掲げられた。

「さーいしょーはグー!じゃーんけーん!」

ポン!のタイミングで、バンビーズはなまえにグーの拳を優しく当てた。リルトットのグーパンだけが強めに頬に当たる。

「いたあい!」
「力加減ミスっちまったな…」

バンビーズはとびきりの笑顔でなまえに話しかけた。良い女って、切り替えが凄まじく早いらしい。

「あっ、なまえ負けちゃったみたいだにゃーんっ!残念!」
「…頑張ってほしいなと思うの。またね」
「じゃあ、アタシ達忙しいから!」
「頼むぞ」
「バンビーズの名に恥じない活躍を頼むわよ!」

なまえはたった1人取り残されて、「ええ…」と言って頬を抑えた。

「…なんか、ゴメンね」
「いいえ…」

アスキンはなまえの頬を慈しむよう撫でてから、改めてエス・ノト寝かしつけのお願いをした。

「ホント悪いけど、この子寝かしつけてくれねェかな。団員が怯えちまってさ、外歩けねえってクレーム入ってンのよ」
「…あの、正直わたしも怖いんですけど…」

アスキンは言葉に詰まった。そりゃそうだ。怖いだろう。アスキンだって怖い。メチャクチャ怖い。
しかし、他に適任も居ないワケだ。どうにかなまえに犠牲になって貰うしかあるまい。

「…」
「…こわいです…」
「…大丈夫。噛んだりしねえから、多分」
「そんな、野生動物みたいな…」
「あー…っと、その、アレだ。ケーキとか、今度奢るし…」

ねっ、と肩を叩くとなまえは潤んだ瞳でアスキンを見上げだ。可愛い。アスキンは、なんだかんだこういうのに弱い。

「…高い、美味しいやつ、期待してますから…」
「おお、任せてくれよ」

こうして、なまえはエス・ノトの寝かし付けを行うことになった。




宵闇の頃である。
エス・ノトはやっと静かな寝息を立て始めた。なまえは一緒に寝てしまいそうになる目蓋を無理やりこじ開けて、寝返りを打った。
ここまで来るのが、長かった。つい溜息も出てしまう。チラリと横目でエス・ノトを見れば瞳を伏せてすうすう寝入っている。
本当に良かったなあ。寝てくれた。なまえは、寝惚けた頭で、エス・ノトが眠りに落ちるまでの軌跡を辿った。

なまえはあれから、アスキンに背中を押されながら、椅子に拘束されたエス・ノトを運ぶバズビーと共に彼の薄暗い部屋へと向かった。
そっと布団に寝かされるエス・ノトの隣に、ムギュ!となまえは押し付けられた。突然のことに目を白黒させていると、バズビーは「悪いけど、頼むわ」と言ってアスキンさんと一緒に部屋を出て行ってしまった。
まだ行かないで!と声を上げる間も無く、なまえは暗い部屋にエス・ノトと2人きり、取り残されてしまった。
こうなれば仕方あるまい。なまえはエス・ノトの寝かし付けを行おうと、彼に向き合った。

「エス・ノトさあん…その…、寝ましょ…」
「………寝ル前の、モ●エナ…」
「ダメですっ」
「ケチ…」

くすん、と涙ぐむようなエス・ノトの可愛らしさに心が揺らぐも、なまえは流されてはいけない!とピンク色の唇をキュッと引き締めた。

「一緒に寝ましょ。2人で寝たら、良い夢、見れそうじゃないですか?」
「…僕、モ●エナノ海ニ、溺レタい…」
「今、溺れてると思いますけど…」
「………」

減らず口の勢いは少しおさまった。エス・ノトはしぶしぶ瞳を伏せて、柔らかいシーツに身を委ねた。なまえも隣で寝るフリをする。

「………ゥ、うっ、…」

時折、エス・ノトは悪夢に魘されるような声を上げた。その度になまえは優しく彼の背中をトントンしたり、虚空を掴むように伸ばされた掌を握ったり、乱れた黒髪を梳くように撫でてあげた。
なんと献身的な寝かし付けであろうか。なまえの努力が功を奏して、ついにエス・ノトは安らかな夢の世界へと旅立ったようだった。
思い返してみれば、寝かし付けって、意外と神経を使うものだとなまえは思った。
彼の落ち着いた呼吸が続いてから30分程経っただろうか。なまえはこれにて任務完了と決めて、そっとベッドを抜け出した。

すると、恐ろしい現象が起こった。

エス・ノトは目をパチリと開いたのだ。あんなに熟睡していたはずのエス・ノトが、目を開いたのだ!

「………」

ピタリと止んだ寝息に、なまえは訝しく思いベッドに引き返した。すると、目に入ったのは暗闇で爛々と輝く、エス・ノトの双眸であった。

「うわあああ!」
「………起キ、…起キチャッ…た……」
「ひぃっ…」
「なまえ…………」
「わああっ」

まるで墓から這いずり出てきた亡者のような恐ろしい動きで、エス・ノトは起き上がった。動揺するなまえは壁にピタリと貼り付いて、恐怖に涙を浮かべている。
怖い!怖すぎる!聖文字持ちの実力って、こうなの!?
ガタガタ震えるなまえの手首は、ついぞエス・ノトに掴まれ、ベッドに引き摺り戻された。まだ暖かいシーツに包まれると、エス・ノトは彼女を逃さぬよう両手両足を使って、完全にホールドした。抱き枕の如く抱き締められたなまえに逃げる術もなく、エス・ノトの寝息を耳朶に感じながら、まんじりともせず、朝を迎えた。



「………オ早う。アノネ、僕、良ヰ夢ヲ見タンだ…」
「…それは、よかったですね……」

なまえの目の下には、深い海を映したようなクマがベッタリと貼り付いていた。
今、暁の空は、どんな色を写しているのだろうか。




「ネェ、何で?」
「もう一人で眠れますよね?ダメです!」

アスキンにお高いケーキを奢って貰った帰り道だった。任務達成のご褒美として、なまえはホテルのラウンジでしか食べられないようなティーセットまで賜った。すごく、すごく美味しかった。
そんな感じウキウキで自室に戻ろうとしたところ、なまえは、不吉な闇を纏ったエス・ノトに捕まってしまった。
また添い寝してくれと付き纏う彼を振り払うよう、なまえは早足で歩く。

「マタ一緒ニ寝タい………」
「甘えた声出しても、ダメです」
「…………ソう…」

エス・ノトは、しょんぼりとしてなまえから離れたように思われた。
本当に、彼は諦めたのであろうか。
いいや、まさかそんな訳がない。あのエス・ノトである。どんな手段を使ってでも、我を通す男だろう。そんな怪物に、油断は禁物である。



エス・ノトを振り払い、満足げに廊下を歩くなまえ。ああ、そんな余裕な顔をしていても良いのだろうか。どんな時も油断してはいけないと、ママに習わなかったのだろうか。

なまえの背後に、忌まわしく光る矢が迫ってはいないだろうか。ああ、危ない!早く逃げなければ!なまえはもっと、危機感を持たねばならなかった筈だろう。

無情にも、尖った矢の先端は、なまえの柔肌をぷすりと刺してしまった。

「!」
「アはっ、アはっ…」

立っていられない程の恐怖感に、なまえは見舞われた。背筋がゾクゾクとして、視界が歪み、手が震える。
気付けば、近くに立っているエス・ノトが愉快そうな声を上げて笑っている。悪魔の笑いの声とは、おそらくこんな感じであろう。

「僕ノ部屋二来レバ、其ノ矢ヲ抜ヰテアゲラレルケレど」
「……ほんと、に?」
「勿論」

悪魔は囁く。僕の部屋においでと。
抗う術も知らず、なまえはたった一つ示された選択肢に縋るよう、伸ばされたエス・ノトの腕を取った。

暗い部屋は、2人の影を飲み込んで、死んだような沈黙に閉ざされた。




「何、アレ……」

アスキンは変な人影を見て、つい声を上げた。飲んでいたカフェオレの味も忘れるような衝撃である。
隣でカップ焼きそばを食べていたバズビーは「寄生虫じゃね」と吐き捨てた。

アスキンとバズビーの前を、なまえが歩いてゆくのだが…。
なまえの背中にはエス・ノトがベッタリと張り付いていた。まるで背後霊に取り憑かれたような風体である。表情だって、なんだかしょぼしょぼとしていて冴えない。
あんなに可愛い女の子だったのに、今じゃ薄幸な未亡人みたいな儚さまで醸しているじゃあないか。

「ああいうホラー漫画、あったよな」

バズビーはぼんやりと伊●潤二や楳●かずおの漫画を思い出す。アスキンも「ああ!」と手を叩く。

「そんな感じだな。…なんか、エス・ノトがデカい人面瘡にも見えてきた」
「いや、デカすぎだろ…」

バズビーやアスキン同様、なまえとエス・ノトの様子を見ていたバンビーズ。

「あれ、何?介護?」
「育児じゃね」
「えー、怖ァい」
「…強いて言えば、育児だと思うの」
「介護だろ、介護」

答えは出なかった。多分、当の本人であるなまえにだって、エス・ノトにだって答えは出せないだろう。
こうなったらあの人に決めて貰うしかあるまい!

「育児か介護か……。マスキュリンの筋肉ルーレットで決めない?」

流石、バンビーズの頭領。バンビエッタの発案に賛成の手を挙げたバンビーズは、マスキュリンの腕にぶら下がり、筋肉ルーレットで遊び始めた。

「ねえ、アレが介護か育児か決めてよ!」
「ウム、ファンのリクエストには答えねばなるまい!筋肉ルーレット、開始ィ!」
「ミスター!流石です!」
「あの2人がもうヤッてるかも、筋肉ルーレットで決めてよぉ」
「よおし、筋肉ルーレット、追加ァ!星(セイ)星(セイ)星(セイ)星(セイ)…!」



見えざる帝国には、平和が戻ってきた。約1名の犠牲を除いては。
ああ、我らがユーハバッハは、こんな平和を求めていたのではあるまいか。
今日もどこかで、平和の鐘の音が鳴っている。

「もう、寝かし付け、ヤダっ」
「アはっ、アはっ」

(おわり)


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