「蒼都ってアザとか出来るのかな」
「…試す?アイツ、どんだけ硬いのかしらね」

キャンディスは白い太腿に作ったアザを見ながら言った。この間、エス・ノト狩りの時に作ってしまったらしい。
バンビエッタは頬杖をつきながら答える。

「…!ちょ、ちょっと待ってぇ」
「何よ」

ジゼルは頭を抱えた。新生バンビーズの全員が、その慌てっぷりに視線を注ぐ。
顔を真っ赤にして笑いを堪えたジゼルが、ヒィヒィ笑いながら、ボソボソとみんなに耳打ちをした。

「じゃァさ、勃起した蒼都のおちんちんって……ふふっ、釘とか打てそう、なんじゃない?
…あーっ!ボクもうダメッ!お腹痛い!あは、あははっ」
「ブハッ」
「ちょっと!ジジー…くくっ、やめて、」
「オイ、やめろよ。想像しちまったじゃねえかよ…。いや、待てよ…試すか?」
「んっふ…、試さなくて良いと思うの…ふふっ」

女の子達の抑えていた笑い声は次第に大きくなり、最初こそ赤面してカチコチに固まっていたなまえも、つい吹き出してしまった。

「…やだ、もう…ジゼルさんったら!」
「なまえちゃんもさ、気になるよねぇー?」
「や、気になりません!」
「笑ってる癖にさァーー」
「あは、やめて、」

ジゼルはなまえの脇腹をくすぐって更に笑わせている。もおー、とジゼルを避けて席を立つと、後ろに立っていた、とある人になまえはぶつかってしまった。

「あっ!すみません…て、エス・ノトさん?」
「…………」

エス・ノトはニコ…と不気味な笑みを浮かべた。
彼は後ろ手に持っていた、ピカピカ光る紙の箱を取り出した。ケーキでも入っているような、お馴染みのアレだ。

「君達ニ、御土産ヲアゲヨう」
「わあ!これ…」

なまえの声を遮るように、キャンディスがそれに食い付いた。

「うわっ!エス・ノトどうした!?これレアなやつじゃん!」
「え、なにそれ」
「ケーキだと思うの」
「マジかよ」

エス・ノトは「チョット、ね」と曖昧に微笑むだけ。
ケーキを取り上げてお祭り騒ぎのバンビーズを横目に、エス・ノトはなまえの手を取り、「コノ間ノ御礼、シタイな」となまえの目を見てそう言った。

「君ダケ、特別な物ヲ用意シタンだ」
「そんな…良いんですか?」
「勿論」

バンビーズはすっかりケーキに夢中。
その隙に、なまえはこうしてエス・ノトに連れ去られてしまった。
彼女達がケーキを食べ終わる頃、2人の姿はどこを探しても見当たらない。

「…あれ?もしかして今のって、誘拐?」
「あー…。ま、へーきでしょ」
「ゲプ、こんなんじゃ足りねえなエス・ノトくんよォ」

出口の方には、人影ひとつ見当たらない。
さて、あの2人はどこへ行ったのだろうか。





「えっ、えっ、なんかすごい!」
「デショ?」

エス・ノトはどんなルートを使ったのか知らないが、フルーツがたくさん乗った美味しそうなパフェを用意していた。可愛い女の子ってこういうの好きそうだな、という簡単な理由だ。お礼にはピッタリだと踏んだのだ。
無事、なまえを自室に招き入れる事に成功したエス・ノトは、マスクの下でにんまりと悪い笑顔を浮かべている。

「召シ上ガれ」

背の高いガラスの器を、ズリ、と彼女の方に近付ける。するとなまえは嬉しそうに笑ってから、どこか遠慮がちな眼差しをエス・ノトへと向けた。

「…あの、エス・ノトさんは食べないんですか?パフェが一つしか…」
「僕?要ラナい」
「でも…。あ、良かったら一口いかがですか?」

なまえはパフェのメインとも呼べる1番大きい苺を細いフォークで刺して、躊躇いなく「どうぞ!」とエス・ノトに差し出した。
この健気さに心を打たれない者は居ないだろう。エス・ノトも例外ではなく、胸の奥に、ズドンとピンク色のミサイルでも撃ち込まれたような、甘い衝撃が走った。

「…ジャあ、ヲ言葉ニ甘エて」
「はい!………あ、」

エス・ノトは彼女の手を優しく握った。彼女を絡め取るような動きであった。甘い拘束を受けたなまえの手は緊張に細く揺れる。
ひどく緩慢な動きで、エス・ノトはマスクを外す。彼の美しい素顔が露わになり、なまえはつい見惚れてしまった。
見惚れるのも束の間、気付けば苺はエス・ノトの口の中に収まっている。

「ウン、美味シイね」
「…よかっ、た…です、それなら…」

こんなに積極的な人だったっけ、エス・ノトさんって…。
距離の近さに、なまえは照れてしまった。そもそも、エス・ノトの部屋に誘われた時点で照れていた。それって、もしかして…と期待してしまったのだ。
そうして期待した上で、手を握られるとクラッと来るものがあるんだな。

「…食ベナイの?」
「あ!あの、いただきます…」

まだ緊張に手が震えるなまえ。どうしても、ぎこちない動きになってしまう。フォークを使うにも、細長いスプーンを使うにも、食べ物がするりするりと逃げてゆく。焦れば焦るほど、一口目が遠のく。

「…僕ガ食ベサセテアゲヨう」
「へ、」

エス・ノトはなまえの手からスプーンもフォークも取り上げた。椅子をわざわざ隣に移動させ、ぴったりと寄り添うようにして座った。
顔なんて、もう少し寄せたらお互いの息がかかりそうな程近い。
半分に切られた苺と、生クリームがスプーンに乗せられて、なまえの口元へと運ばれる。

「…口、開ケて」
「はい…」
「…美味シい?」
「…」

なまえはコク、と頷いた。エス・ノトはニコ、と笑って今度はアイスを掬った。あ、と口を開けると、エス・ノトはゆっくりスプーンを唇の隙間へ忍び込ませる。
もはや味などしない。
なまえはドキドキ高鳴る自分の胸の音ばかりが気になっていた。

「…ア、ゴメン」
「?」
「クリーム、付ケチャッた」

エス・ノトはなまえの唇の端を指でなぞり、そっと生クリームを拭き取った。
何の躊躇いもなく、彼はそれを長い舌で舐め取る。

「…甘イネぇ」
「はひ…」

エス・ノトは妖艶な笑みを浮かべた。瞳は半分伏せられ、その視線は他の誰でもなく、なまえに向けられている。薄い唇が緩く弧を描き、口角だけは綺麗に吊り上がっている。
まるで絵画の美少年、そのものである。

「モット食ベレル、デショう?」
「ん…」
「良イ子」

なまえの小さな頭を、エス・ノトは空いた片手で撫でた。
それから、彼女が決して動けないよう、後頭部を抱えるよう、ぐるりと腕を回し、冷たい指先がなまえの頬に食い込む。
彼はパフェの上に乗っているチョコの飾りを掬い、唇で咥えた。

「ン」

チョコの飾りはなまえの目前である。
鼻先が触れ合う。エス・ノトは蠱惑的に輝く瞳でなまえを捉えている。
頬に添えられた指に、力が籠った。なまえは急かされてるのだと思い、震える唇で、ゆっくりとそれを啄んだ。
ほんの少しだけ2人の唇が触れ合ったかと思うと、エス・ノトはチョコを彼女の口内に捩じ込むように長い舌を這わせた。
なまえが驚いて目を見開くと、薄く瞳を開けていたエス・ノトと目が合った。
彼はウットリとして笑うと、そのままなまえの柔らかい唇の隙間に舌を深くまで捻じ込んだ。なまえの舌の上でチョコが溶けるよう、舌が絡められる。
水音が大きくなる頃、脳髄すらも溶かしそうな、ドロリとした甘さが舌の上に広がった。

「美味シい?」

なまえは全身に麻酔でも打たれたかのように、力が入らなくなっていた。潤んだ瞳に溜まった涙をこぼさぬよう、僅かに頷いて見せた。
エス・ノトは満足気に口角を上げ、また一つフルーツを咥えて、なまえの両頬に手を添えた。







「うう、う」

なまえは真っ赤に染まった顔を隠すように、クッションに埋めた。
それからシーツをボカボカ叩いて、荒い呼吸を整えた。
最近、エス・ノトさんの距離が近い!こんなの、好きになっちゃうよ!
ここ最近の彼との接触を思い出すと、いくら心臓があっても足りない程であった。

広間でバンビーズと話していれば、気付くとエス・ノトはなまえの隣に座って相槌を打ち、「僕モ、ペペ嫌イダよ」と会話に混ざり、その間中、ずーっと机の下で手を握られるのだ。(バンビーズは彼から放たれる毒舌に、やんや盛り上がっていた)

なまえが一人で歩いていれば「用事?何処へ行クの?」と連れ立って隣を歩いている。当然、この時だって手は恋人繋ぎだ。(それを見かけたバズビーさんは振り返ってまで二度見していた)
エス・ノトはまるで野良猫のようになまえに擦り寄り、後を追いかけてくるようになった。

これって、いわゆる好意なんじゃないかと、なまえは思うのであった。
熱い頬を冷まそうと、なまえがベッドから起き上がると、扉が乱暴にノックされた。この叩き方はバンビーズで間違いない。

「なまえ!居るんでしょーっ」
「ノックノック!ボクだよぉ!扉開けてぇ」

やっぱりそうである。ざわつき具合から言えば、フルメンバーが揃っている筈だ。
なまえは小走りに扉に近付き、彼女達を迎え入れた。

「なまえ、ちょっとお姉さん達とお話し…しよっか」

ぬうっと部屋に入ってきたのはキャンディス。珍しく真剣な眼差しである。後に続く4人も、まるでこちらを試すような鋭い視線である。

全員、ラグの上にだらっと座る。
視線は当然、なまえに注がれている。

「単刀直入に聞くけどさァ、エス・ノト好きなの?なまえはさ」
「…あっ、あのぉ…、ですねえ」

キャンディスに真正面からそう聞かれると、答えに詰まってしまう。
多分、きっと、そうだと思う。私はエス・ノトさんが好き。
でもこれを言葉にすると、どうしようもなく照れ臭い。

「あはっ。顔真っ赤じゃん!好きなんだー」
「へー、恋してンの。リーダーを差し置いて、生意気な奴ぅ」
「恋にリーダーも三下も無いと思うの…」
「フーン。良いんじゃね」

5人は「なるほど」「そうかあ…」と恋の甘酸っぱさで静かになった。
しかし、ここで沈黙を破ったのはジゼル。

「えー、でもごめぇん、なまえ、趣味悪っ」
「ジジ!うるさぁい!」

バンビエッタは珍しく、リーダーらしくジゼルを嗜めた。これには一同も驚いた。意外にも、ピュアなハートを持っているらしい。

「なまえ、ジジの言う事気にしちゃダメだからね!アイツ何にでも文句付けるし!」
「は、はいっ!」

バンビエッタは鼻息荒く、なまえの両肩を掴みガクガクと揺らした。

「でね、アンタはウブそーだから、このバンビエッタ様が一つ忠告してあげるわ!」
「!なんでしょう…」
「ゴム、ちゃんと付けなさいよ!」
「!!!」

なまえは飛び上がるほど驚いた。
そうか、エス・ノトさんと両想いだったとしたら…この先、そんな事も待ち受けているんだった!
甘い甘い恋の余韻ですっかり忘れていたものの、恋人ってそういうことをするんだった!
なまえは顔を真っ赤にして、目を見開いてコクコク頷いた。

「じゃあキャンディスお姉さんがゴムを分けてあげようか。ほら、ブラに挟んでいけっ」 

キャンディスはなまえの服の胸元をぐいーっと引っ張り、手をグッと突っ込み、ブラの隙間にゴムを挟めた。

「ぎゃっ!く、くすぐったぁい…」
「本番はこんなんじゃ済まないんだからね?」
「はひぃ…」
「そぉだよー。なまえさあ、フェラのやり方知ってる?ボクが教えてあげようか?」
「フェ…!?」

なまえはまたしても目を見開いた。
そういうことも、あるのかなあ…。ジゼルはなまえの唇を指でふにふにといじり「ん、これは良い肉感だにゃーん」と皆に伝えている。
気付けば、ミニーニャが隣できちんと正座して座っている。これは何か一言、コメントを頂けそうな雰囲気である。

「…せめて、予習くらいはした方がいいと思うの」
「そう、ですよね…」
「だから、ちゃんとそういう映像見た方が良いですよぉ」
「わ!今!?今ですか!?」

ミニーニャは端末でそういった映像を流してくれた。まだ早い!そう言う前に映像の音量が上げられてしまった。
みんなが集まって「おぉ・・・」とそれを鑑賞していると、やっとメロンパンを食べ終えたリルトットがなまえの横にドカッと座った。

「良いか、なまえ。チンポ突っ込まれるぐらいでガタガタ抜かすんじゃねえぞ」

ビシ!と音を立ててリルトットはなまえを指差した。

「り、リルトットさん…そんな、」
「あ?するんだろうが、そーゆー事をよ」
「し、します…?え、でも、まだ決まっては…」
「アイツ、シュミも変わってそうだから色々と仕込まれっかもな。気張れよ」
「わ、」
「あー、好きそうだよね、お尻とか」
「後ろからするの、好きそうだと思うの…」
「なんか……ネチッとしてそう」
「分かるわあ…」

ねえ?そうだよね?なんて目配せをされると、なまえは真っ赤な頬を手で覆って、フルフルと首を横に振った。

「わあ……!あ…!」

なまえはついにパンクした。
エス・ノトさんと、恋のその先なんて、まだ考えてなかったんだもの!
可愛らしい声をあげて、床でゴロゴロするなまえを無理やり持ち上げ、胴上げして、バンビーズは部屋から立ち去った。この人たちは、ヤケに引き際がアッサリしている。

なまえがムックリ起き上がると、部屋には薄いゴム一箱と、スケスケの下着、それからローションとティッシュが置かれていた。もはや恋人同士の道具ではなくお店の備品みたいなセットになまえは泣いた。
確かにこういうの、エス・ノトさん好きそうだから悔しい…!
フリフリヒラヒラスケスケのそれをなまえはクローゼットの奥にぎゅむ、と押し込んだ。




「…はあ」

なまえがまたエス・ノトのことを考えてぽやぽやしていると、ジゼルがポンと肩を叩いた。

「幸せそうだねえ。あのさ、ボクのシーツとか洗っといてよ」
「へ?」

ボフ、と音を立ててなまえの顔に白いシーツが投げ込まれる。それを見ていた他のバンビーズ、同じように部屋からズルズルとシーツを引っ張り出してきて、なまえに手渡した。目の前に物凄い量の布の塊が出来上がる。

「あの、こんなに一杯…」
「え?平気でしょ?エス・ノトとほぼ両想いなんだしさァ」
「…えへ、まあ、はい!」
「ね?じゃあよろしくぅ!」

はぁい!と、なまえは良いお返事をしてしまった。そう、エス・ノトの話を引き合いに出されると弱いのだ。

なまえは大きいカゴを2つ使って、みんなの分のシーツをランドリールームまで運ぶ。その間も頭の中は恋で一杯だ。
ああ、ゴムまで貰ってしまった。いつか、エス・ノトさんとそんな事しちゃうのかな…。
いや、まだ早い!早いの!
なまえは頭をふるふると振って、ちょっといやらしい考えを横に置いておくことにさた。

すると、この様子を見ていたお兄さんが一人居たんだな。

「…オイオイ、アンタ1人か?こんなデッカい荷物運んで…可哀想に」

アスキン・ナックルヴァール。彼である。
どこか飄々とした態度とは裏腹に、艶のある声が、落ち着いた動作が色っぽい美丈夫である。
彼はなまえの持っていた大きいカゴを奪うようにして取り上げた。
まさか、バンビーズにイジメられてるのか?と、アスキンは訝しげに彼女の顔を覗き込んだ。

「アスキンさん!いえ、ちっとも大変じゃないんです…でも、ありがとうございます」

なまえはアスキンの声を聞いてぱあっと顔を輝かせた。そこに一点の曇りも見当たらない。むしろ、予想とは裏腹に、嬉しさが隠せていないといった表情であった。

「……あら、ホントだ。なァんだ、心配して損しちまったぜ。可愛いお嬢さん、良い事でもあったのかい?」
「えへ、まあ…ちょっと」

アスキンは、なまえのでれでれした可愛い笑顔を見て安心した。

「隠せねえってカオだな」
「…バレちゃってます?」
「ああ、バレちゃってるぜ。何があったのか、俺に聞かせてくンねェかな」

ランドリールームまで、まだ先は長い。アスキンは可愛い女の子のお話に耳を傾ける事にしたのだ。
まさか、恋の相手がエス・ノトだなんて知らないものだから…。



ゴウンゴウンと大きいドラム式の洗濯機が動いている。乾燥し終わるまで、あと少しだ。アスキンは自分用に作っておいたカフェオレをなまえに振る舞いながら、エス・ノトとの恋バナを聞いていた。

「でね、気付くと彼、隣に座ってるんですよお」
「へえ…。そりゃあ…愛、だな」

愛じゃなくて執着だろ!と、言いたいのをアスキン・ナックルヴァールは堪えた。

「それに、私がその辺歩いてると、いつの間にかエス・ノトさんが隣歩いてて…それが猫みたいで可愛くって」
「おお…スゲェ可愛いじゃん…」

怖い…。
あのエス・ノトを可愛いと言って退ける、目の前の女の子がとんでもない大物に見えてきた。
猛獣使いよりもスゲェよ、アンタ。

「だから、バンビさん達のシーツ洗うの押し付けられても、平気…っていうか」
「…そっかぁ」

やっぱりイジメじゃねえか!
しかし、幸せそうな女の子に水を差すような事は言えない。だって頬に手を当てて、嬉しそうに微笑んでるんだもの、なまえちゃんは。
アスキンは乾燥し終わったシーツを畳みながら、これはバンビーズに一言物申さねばなるまいと思った。

さて、こんな2人の仲睦まじいやり取りを見ていた人がいる。
皆さんもよくご存知の、あの人である。

エス・ノトは怒りに歯を食いしばり、肩を怒らせ、怒髪は天を衝く勢いである。白目を剥いた瞳の奥には瞋恚の炎すら垣間見えるではないか。
ああ、恐ろしや。
幽鬼の形相とは、正にこれの事。
このままでは、アスキンは彼に縊り殺されてしまうのではあるまいか。………






「バンビちゃん達よォ」
「ちょっと黙ってて」
「…………」

アスキンはなまえの制止を振り切り、強引にバンビーズの根城へとやってきた。そう、新人をコキ使っちゃ駄目よと言いに来たのである。
しかし問題のバンビーズは仲良くテレビに夢中だ。アスキンの一言すらぴしゃりと跳ね退ける。
画面にはモグラのような人形と、可愛いブタのような人形が映っている。

「…何見てんの?」
「ねほりんぱほりん」
「…面白い?」
「ていうか予習。あたし達もコレに出れるんじゃないかって話してたんだよ」
「…それさァ、テラスハウスでも同じ事言ってたよな」
「あれ?ナックルヴァール、アンタ喧嘩売りに来た?」
「違いますぅ」

アスキンはテレビの前に立って、ゴホンとひとつ咳払いをした。

「お嬢さん方、新人1人に全員分のデカい洗濯物任せるって、どぉかと思わないか?ちょっと考えてみてくんねェかな」
「…別に?」

何が悪いの?と女の子たちは訝しげに眉根を寄せた。
アスキンは素直にヒイた。

「…あのね。新人コキ使ったら、可哀想だと思うんだよね、俺は」
「…」

バンビーズは互いに目配せをしてから、無表情のまま「あたし達は何とも思わないけど…」と返事をした。

「マジかよ!致命的だぜ、アンタら」
「だったら何?」
「いや、可哀想だって!弱い者イジメしちゃいけませんってママから習わなかったのかよ!」
「え?アンタまだママの言い付け守ってンの?ダサッ」
「…」

暖簾に腕押し。糠に釘。バンビーズに説教。
何を言っても無駄だと理解したアスキンは、「失礼して悪かったな…」と、肩を落として、すごすごと退散した。
去り際に、なまえの肩を抱き、「俺、愚痴ならたくさん聞くからな」と囁いた。
なまえは瞳をうるうるさせて頷いた。そうそう、女の子はこうでなくっちゃあならん。
アスキンは、くしゃ、となまえの髪の毛を撫でてから、自室へと戻る事にした。
なんかこの子、可愛い妹みたいだ。



「なんだかなァ…バンビちゃん達は中々強くて敵わねえぜ。…ったく、俺じゃあ歯が立たねえな」

バンビーズの根城から出てしばらくすると、ついこんな独り言も出てしまう。
やれやれ。こんな日は美味いカフェオレ飲んで、ボサノバでも部屋で流して、ゆっくり過ごしますかねと、アスキンはぐいーっと背伸びをする。

その瞬間、不意に指先が凍るほど冷たくなった気がした。
嫌な予感がする。

「淋シい………」
「え?」

アスキンは壊れかけのロボットのような、ぎこちない動きで後ろを振り返った。
まさか、まさかアイツが立っているのではあるまいか!

「淋シい………」

やはり!
エス・ノトの登場である。
闇でも背負ったようなドス黒いオーラを放つ姿は、この上なく禍々しい。彼は俯き、表情を窺うことすら叶わない。
アスキンは無意識に両手を上げて、降参のポーズを取りながら彼に声をかけた。

「…エス・ノトくんじゃあねェか。…どしたよ…」
「………淋シイヨう…」
「なあ…」
「…淋シい…………」

俯いていたエス・ノトは突如として前を向き、ギロ、とアスキンを睨んだ。ホラー映画でもこんな恐いシーン、中々お目にかかれない。

「ヒィッ」
「僕ノ、なまえハドこ?」
「…え、バンビーズのトコじゃ、って、うおおお!」
「……ドこ?」
「やめっ、うわああ!」

エス・ノトは容赦無く、あの棘をアスキンに向かって放った。散弾銃の如く放たれるそれは、壁に当たると血のような染みを作ってドロリと溶ける。
気色悪いったらありゃあしないぜ!
アスキンは壁も天井も跳ね回るようにして、その棘を避けまくった。どんなパワープレーをかまされてるんだ、俺は!と、叫びたくなった。

「なぁ、俺それやだ!この間当たった時にさァ、シュミのDVDが全員にバレるの見せられたんだけど!」
「ソウ…現実ニシテアゲヨう」

エス・ノトは軽く踏み込んだかと思うと、アスキンの眼前に現れた。あの生っ白い顔が目の前に現れると、親衛隊であるアスキンだって、「ギャア!」と叫んで背後に向かって大きく跳ねて逃げる。

「お前、ホラー映画に向いてそうだよな!」
「…主演男優賞貰エる?」
「バッチリだ」

エス・ノトはニタァと笑って、あの棘を放った。アスキンをぐるりと囲むよう、四方八方が恐怖に支配されているではないか。
もう、逃げ場など無いように見えた。
しかし、ここでまだ諦めないのがナックルヴァール。
恐ろしい速さで棘の軌道を読み切り、僅かな隙間を縫うように死線を潜り抜けた。しかし全ての棘は避けきれず、アスキンの首筋は青い光に僅かに灼かれた。
まるで邪悪なトムとジェリーのような攻防戦は続く。
少し余裕を取り戻したアスキンは、エス・ノトに話し合いを持ちかける事にした。
しかし、今のコイツに言葉って通用するのかしら。

「つうかさ、団員同士の潰し合いって、ダメだよね!?」
「…安心シて。死ニタクナル迄、追ヰ詰メルダケ…殺サナい」

ニッ…と不気味な笑顔を浮かべるエス・ノト。アスキンは指先も、足先も悴み、ついに動きも鈍くなってきた。

「1番最悪だろそれえ!俺、お前になんかした!?」
「トボケテる?なまえト仲良ク話シテタヨね?」
「あっ………えっ、それなのォ!?」

全速力で追いかけてくるエス・ノト。アスキンは痺れるような感覚に、脚が鈍ってしまう。
どうにか、ここでエス・ノトを宥めなければならない!

「地獄ニ堕チろ…」
「待て待て待て!俺、あの子とお前の話してたって!あの子が!お前に!恋して!楽しいって話!」
「…嘘、ダね。嗚呼、命乞イッテ、見苦しヰナぁ…」
「ちがうってぇ…」

遂にアスキンを壁際に追い詰めたエス・ノト。
諦めたように額に手を当て、アスキンは天井を仰いだ。足から力が抜け、壁に凭れていた背中はザリ、と音を立てて下がってゆく。
アスキンの視線はもエス・ノトよりも低い位置に落ちた。

「…俺、別にあの子に手ェ出してないからね?だからさ、勘弁してくんねェかな」
「ソンナ訳無ヰダロう」
「…だよねぇ。そう言うと思ったぜ」

覚悟を決めたアスキン。
これはもう、やるしかない。一か八かの反撃に出ようと、大きく息を吸った瞬間の事であった。


「…あっ!居た!エス・ノトさん…と、アスキンさん?」

救世主登場である。
天使か、はたまた女神だろうか。アスキンは彼女にキスでもして「来てくれてありがとう!」と言いたくなった。この男の手前、そんな事は出来ないが。
よく見たら、彼女はとんでもない大荷物を抱えていた。

「なまえちゃん…こりゃあまた、大荷物なこった」
「あの…実はさっき、バンビーズを除名処分されちゃいまして」
「うっそぉん」
「お部屋も追い出されちゃって」
「…あらら」

なまえは恥ずかしそうに笑って、ズルズルと荷物を引きずった。
そして、エス・ノトの近くに寄り、とっても可愛らしい笑顔で、彼に素敵な質問を投げかけたのだ。

「あの…エス・ノトさんのお部屋の隣って空いてますか?」
「……空ヰテる」
「わ、嬉しい!あの…そこに、これから、お引越し…しようかな、なんて」
「手伝ウよ」

アスキンは解放されそうな気配をいち早く悟り、足音を立てぬよう、そろりそろりと抜け出した。瓦礫と、血飛沫に似た汚れに塗れた廊下をグングン駆け抜けてゆく。
ああ、間違ってカワイイあの子に手を出さなくて、本当に良かった。
瓦礫の向こうから甘酸っぱい香りがするような、そんな気がした。





エス・ノトは目が覚めてすぐ、腕の中で眠る可愛いなまえの瞼に唇を落とした。
彼女の柔らかい髪の毛に指を通す。唇は額や頬、口の端へと次々に落とされてゆく。

「ん、おはよぉ…」
「ヲ早う」

なまえがエス・ノトの部屋に引っ越してから1ヶ月が経った。最初こそ彼の隣の部屋で寝起きしていたものの、気付けばエス・ノトの部屋に入り浸り状態。
今や、すっかり仲睦まじく、2人は同じベッドで寝起きしている。
エス・ノトはなまえの小さな手を絡め取り、手の甲にも唇を落とした。

「くすぐったいなあ」
「デモ好キデショう?」
「ん」

暗い部屋に、薄く灯りが差し込んでいる。青白い光がうっすら反射してエス・ノトの瞳に映る。まるで静かな水面のような美しさに、心ごと吸い込まれる心地がする。
2人はじっと見つめ合い、いつしか時も忘れて、唇を貪り合っていた。
俄に扉の方が騒めいた。おそらく、なまえのお迎えが来たのであろう。

「ちょっと!なまえ!起きなさいよぉ!バンビーズの出勤日よ!アンタも付いてくるのよっ」

ドンドン、と扉が叩かれてエス・ノトはチッと舌打ちをした。なまえも眉尻を下げて、唇を尖らせた。
今、良いところだったのに。

「喧シい…」
「…今日も、サボっちゃおうかな」
「!ソウシヨう」

なまえは、エス・ノトと同じ部屋になってから、ちょっと悪いことを覚えたのだ。バンビーズの呼び出しも無視できるようになっちゃった。任務があっても、エス・ノトと同じ日でなければ仮病を使うようになった。
今日もサボっちゃえと、なまえはエス・ノトに抱きついた。二人の冷たい指先が絡み合う。重なった唇の隙間で、赤い舌が縺れ合う。花盛りを思わせる芳しい香りが二人の鼻腔を擽り、熱は高まった。
もう、バンビーズの声も聞こえない。

シーツの上で、月の光に似た淡い光を受ける。甘美な夢の続きに溺れる2人の姿は、まるで美しい獣のようであった。

(おわり)


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