※鯉登姉ヒロインが鶴見中尉の元へ嫁ぐ
※鶴見中尉ほとんど出てこない
※名前変換なし
※ぬるい近親相姦表現あり


白い壁が眩しい豪華な建物で姉様の結婚式は執り行われた。
新郎新婦の居る部屋に向かうと、どんな花より、どんな宝石より、ずっと美しく輝く姉様が微笑み、隣の鶴見中尉と仲睦まじく寄り添っていた。

久し振りに見る姉様は美しさに磨きがかかり、まるで天子様の元に嫁す佳人のように輝いて見えた。
麗しい瞳が向けられると、つい落ち着きを失くして視線を逸らしたくなってしまう。

遠くに俺を見つけた姉様は小さな唇を綻ばせて、手を振って下さった。

その仕草がどんなに俺を喜ばせるのか、姉様は知らない筈だ。
ふかふかとした絨毯を踏み締めて、麗しい新郎新婦の前に頭を垂れる。

「鶴見中尉殿、姉様…この度はおめでとうございます。」
「音、ありがとう。」
「君が音之進君か。お噂は予々。」

精悍な顔立ちをした鶴見中尉殿は、姉様にぴったりな美丈夫だった。
彼から漂う風格や振る舞い、その凛々しくも穏やかな物腰は、当然だが自分にはまだ及ばない魅力を携えて居るのが、一目見ただけで解ってしまった。
彼は姉様の隣にいても全く燻らず、むしろ互いの美しさを引き立てているかのよう。
なんとお似合いの二人だろうか。

もちろん姉様の幸福は喜ぶべきだけれど、一抹の寂しさが胸の内を覆い始めた。
今まで優しくして下さった姉様はもう、鯉登の姓は名乗れない。

盛大に姉様の幸福を祝わねばなるまい。
手にしていた祝いの品を取り出そうとすると姉様の鈴を転がすような美しい声が響く。

「音、そんな顔をしないで。こっちにいらっしゃい。鶴見さん、少しお時間を…」
「ああ、構わないよ。」

手を引かれて向かった先は花嫁の衣装室だった。
日当たりの良い小さな部屋に、不思議な香りが立ち込めていた。

「…姉様、俺はそんなに泣きそうな顔をしてましたか?」

ふと問い掛けると姉様は唇を綻ばせて言葉を紡ぐ。

「嘘よ。私が音と話したかっただけ。嫁いだら、私の事は姉様じゃなくて鶴見夫人と呼ばなければならないの。そんなの寂しいでしょ?」

その前に、少しだけお話をしましょうと姉様は長い睫毛を伏せて笑う。
これで姉と弟の語らいは最後になる。
昔のように俺は姉様の口元に耳を寄せる。

「姉様、あなたは…」



音之進は自分が彼女の弟である事をただただ恨めしく思った。

音之進は姉よりも美しい人を知らない。誰より美しく気品に満ち溢れている。
一度だけ、姉様がご友人と一緒に歩いている所を見かけた事がある。
その時の姉様の飛び抜けて洗練された美しさはどれ程だったか。
あの時の胸の高鳴りは今も忘れられない。
まるでけものの中にひとり人間が混じっているような、そんな格差がそこに見えてしまった。

また、別な刻。
いつだったのかはすっかり忘れた。ただ幼い頃、熱にうなされた夜半、姉様は俺の枕元で寝ずの番をして下さった。
窓から入る月明かりに照らされた姉様の絹のように艶やかな髪の毛。蒼白く照らされた肌の肌理の細かさ。大きな瞳を隠した長い睫毛。
それら全てが際立って美しく、まるで天女のように見えたのを忘れる事が出来ない。

憧れとは違う。
かといって恋慕でもない。
神聖視とも少し違った、何か抑えきれない気持ちを姉様に抱き始めたのは、あれが切っ掛けだったように思う。



男だから泣くなと言う父の目を盗んで俺を部屋に招き、胸の内で泣かせてくれた姉様。
姉様の本を盗み読み、その内容に畏れを為して一人寝が出来なかった俺と同じ布団で眠って下さった姉様。
今思えば、あの時読んだのは雨月物語だったか。

行儀作法から振る舞いも、遠い昔の人が読んだ句も、心躍らせる面白い話も。
2人だけの秘密の痺れるような甘さを教えてくれたのも全ては姉様だった。

ただ一人の俺だけの姉様。
なぜ遠くに嫁がれるのか。

「音、可愛い私の弟。」

姉様が衣装室で放った一言を思い出す度、何度も俺は絶望という底無し沼に突き落とされる。
あのひとは、どうあがいても俺の姉なのだ。

姉様はそれに釘をさす為だけに、俺をわざわざ衣装室へ呼んだのだろう。

悔し涙は嬉し涙と偽り、彼等の華やかなる宴を見送った。
俺だけの姉様は、もう世界中のどこにも居ない。



それから203高地の戦いで鶴見中尉のいらっしゃる第七師団は大活躍されて、日本軍は少なくない戦死者を出しながらも勝利を手にした。
しかしその作戦の参謀長であった元第七師団長、花沢幸次郎中将は多数の犠牲者を出したと揶揄され、自刃したという。

だが花沢中将の自刃は部下の落ち度とされ、彼等第七師団は冷遇されている。



姉様は今もあの時のように美しいままだろうか。まさか遠い北海道の地で、侘しい思いはしていないだろうか。
鶴見中尉を信じて、姉様の幸福は変わらないものだと思っている。
しかし確かめるなら、己の目で見ないといけない。それも姉様の教えの一つだ。

「鶴見夫人、鯉登音之進です。」

姉と弟の語らいはまだ終わっていない。
俺の心はあの衣装室に置き去りにされていたのだ。
今日のこの日まで。
姉様に会えない日々は、煉獄のようだったのですよ。
やっと辿り着いた遠い北の大地で、また貴女の声を聞き、貴女の香りを嗅げる日をずっと待ち望んでいたのをご存知ですか?



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