「はあ」
白い天井を見つめて溜め息を吐く。この世界に来てからもう何度目になるんだろう。
───また此処に来てしまった。
嫌だ嫌だと子供のように駄々をこねたが駄目だった。何の病気かわからないわたしが吐血したことで今後が心配され最初の部屋に戻されたのだ。
───やっとサイコーの隣に行けたのに。
コンコン。
ドアをノックする音がして、目をやると亜豆がそこに立っていた。
「亜豆、さん…」
「来ちゃった、心配で」
「ありがとうございます」
亜豆は花束を持っていて、とても似合っている。サイコーの為に持ってきた花なのかな、サイコーのところに寄る前にわたしのところまでわざわざ…?
ペースメーカーとか沢山の機器が置いてあるから関係者以外立ち入り禁止なのかと思っていたけれど、そうではないみたい。亜豆が来てくれたことが本当に嬉しい。わたしはこの子には絶対に勝てないわ。
近くにある花瓶をとり、持ってきた花を活けてくれる亜豆。まさかわたしのものだったなんて…。それをしてくれている間、敬語は無し、ということになった。折角友達になったんだから、だって。なんて優しいんだろう。
「亜豆さんに話しておきたいことがあるの」
「なあに?」
ドキドキする。言っていいのか?わたし。亜豆の優しさにノックアウトされちゃ駄目なのはわかってるけど…。この子には話してもいいかもしれない、そう思ってしまう。
すぅ、と息を吸い深呼吸。
「亜豆美保。最近売れ始めた人気アイドル声優。有名なものは聖ビ女」
「え?」
わたしそこまで話してないよと言った顔をして戸惑いを隠せない様子。まあ、そうだよね。こんなのパンピーじゃわからないものね。
「真城最高。高木秋人とコンビを組み亜城木夢叶として漫画を描いている。叔父は川口たろうという漫画家で過労死した」
「……」
「こんなとこ、かな。ごめんね急に。わたしの話を信じて欲しかったの」
「それで?」
「わたしはこの世界の人じゃないの」
「どういうこと?」
「わたしのいた世界ではここの話は漫画になっていて、サイコーが亜豆さんに告白したことも、シュージンが香耶ちゃんと付き合ってることも知ってるわ。そしてこれからのことも、勿論」
訳がわからないというような顔をしてる。まあそうだよね。どこの馬の骨ともわからないような奴にいきなりあなた達のこと知ってますなんて言われたって気持ち悪いよね。
「何でわたしは此処にいるのか、全然わからないの」
「……」
「どうやって来たのかも、帰り方も、全く」
亜豆は何も言わず、わたしの話を聞いていてくれる。独り言みたいな語りは、亜豆に話しているというよりも、自分自身に言い聞かせているのかもしれない。
「最初はね、やっぱり嬉しかったの。……大好きなサイコーに会えて」
「!」
「あ、そんなに気にしないで!わたしは亜豆さんも好きだし、2人が結婚するの楽しみにしてるの。それにこの世界をぐしゃぐしゃにする為に来た訳でもないから」
嘘。亜豆とサイコーが結婚するのを楽しみにしてるだって?そんな、訳がない。でも、サイコーは亜豆が好きだし周波数ぴったりな2人を離すことなんて無理だもの。大丈夫、あなた達を狂わせに来た訳じゃない。好きな人には幸せになってほしい主義なの。
漫画から得た未来の情報を流したりもしない。この世界の運命を、わたしごときが変えたりなんて出来ない。
「それで?」
「それでって…。特にはないけど、亜豆さんには知っておいてほしかったのかもしれない」
「、誰にも言わない」
「ありがとう」
だからってどうにかなる訳じゃない。亜豆に話したのは、自分が此処にいる正当な理由が欲しかったからかもしれない。異端な存在であるわたしが此処にいることを誰かに認めて欲しかった。そうすれば少しでも罪が和らぐとでも思ったのか。「おめでたい人だね」またあの声だ、頭がガンガンする。
「杉田さん、大丈夫!?」
「う、うん」
痛みは前回程には至らなくてすぐに引いた。嘔吐しそうな雰囲気でもない。
「そーいうことだったのか」
「盗み聞きとは感心しませんね」
ドアを開けて入ってきたのは福田さん。もしかして雄二郎さんとかエイジとか他の人もいるんじゃないかと身構えたけど福田さん1人だった。昨日と同じ言葉をそっくりそのまま返すと「お前って根に持つタイプ?」なんて言われた。そういうんじゃないって。
「俺の未来も、過去も」
「知ってます。豚骨ラーメンばっかりじゃなくてたまには野菜も採った方が良いですよ」
「余計なお世話だ」
「……本当なんだ」
「…うん」
亜豆が無意識にもらしたと思われる言葉にへらりと笑って返した。すぐに信じてもらえるなんて思ってないからいいの。
亜豆は良い子だから、甘えてしまっているのかもしれない。亜豆にしてみれば、この間知り合ったばかりの女の子は異世界からトリップしてきたとか言う電波ちゃんで、しかも自分の彼氏が好きだとか言う。迷惑な話だね。
「ちょっと、真城くんが心配だから見てくるね」
「じゃあ俺も」
「いってらっしゃい。あ、そうだ。サイコーの手術日っていつ?」
「明日」
「そう、ありがとう」
ローズマリーの吐息
(言って、しまった)
111017