「真城君こんにちは」

「ようサイコー…ってあれ、どちら様?」

「隣の病室の杉田」

「はじめまして」


 やっぱり亜豆という存在があるのにわたしがいちゃまずかったかな。少しだけ、空気が重いように感じる。でも、この場から逃げ出すなんてことはしたくない。亜豆に適わないと知って面と向き合わないのはもっと嫌だから。


「あの、此処で会ったのも何かの縁ですし、もし良かったら仲良くしてくれませんか?」

「「……」」

「あ、あぁ、勿論」

「わたしは亜豆美保です。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 最初の沈黙は怖かったけれど、その後はにっこり笑って手まで差し伸べてくれて。わたしはやっぱりこの子を嫌うことは出来ないと、そう思った。だってこんなに可愛いし、優しいもの。


*****


「病室だというのに随分賑やかだな」



 平丸さん、吉田氏、福田さん、編集長、三浦さん…この病室に引き寄せられるように続々と人が集まってきた。編集長の言葉に何か嫌な感覚を捉えて、騒がしい病室をそっと抜け出した。でも、このまま引き下がれる筈も無く、扉に耳をぺったりつけて前回同様みんなの話を聞いていた。


「…」

「亜城木夢叶は仲間ですから」

「仲間か… ぬるいな」

「もちろん『仲間』と書いてルビは『ライバル』です」

「!…」

「いいだろう、いたまえ」

「亜豆さんもいていいよ」

「あれ、杉田さんは?」

「そういえばいない…トイレにでも行ったのかな」


 わたしの心配をしてくれているのか、それとも…。まあでも中にいたままだったらきっとこの話は聞けなかったに違いない。わたしと亜豆は違うから。……胸の奥がきゅんとする。近くの服を掴んでも、なんにもならない。


「いいか、ここは病院だ。私が何を言っても騒ぐんじゃない」

「騒ぎたくなるような事なんスか?まさか…」

「そのまさか。いや…君達にはそれ以上かもしれない。昨夜、今後の『疑探偵TRAP』について会議をした」


 みんながゴクリと息を呑むのがわかる。病院らしい、ピリピリした空気と静けさが漂っている。


「『疑探偵TRAP』は来年の4月まで、つまり作者が高校を卒業するまで休載とする」

「な、何言ってんだ!?言ってる意味わかんねー!」

「静かにしろ」


 口々に何で、だとか編集長に弁明を求めている。さっきとは変わって騒がしい雰囲気に包まれている病室。蚊帳の外にいるわたし。


「理由は川口たろうが死んだからだ」

「………関係ない!川口たろうの死と僕達の連載は関係ない!」

「そ、そうですよ、川口たろうは川口たろう、亜城木夢叶は亜城木夢叶です!」

「真城くんの御両親の気持ちを考えての結論だ」

「!……」

「誰だって肉親、家族…愛する者を失いたくない」

「休まない…描きます!川口たろうは連載中40度以上の熱があっても点滴しながら、ギックリ腰になって座らなくても寝ながら原稿を描いた。一度も締切破らなかった、一度も休載しなかった、それだけが誇りだと言っていた!」

「はっきり言おう。今描かれるのは迷惑だ」

「「!…そんな…」」


 騒がしい病室に気づいたナースさんが中へと入っていき注意した。あまりにも煩かったようで、入る時わたしには気付いていなかったが、出てきてわたしに気が付くと「何をしているんですか?」と言っていや、別に…と答えると不審そうな顔をして行ってしまった。うぐ、と小さな声をもらした。幸いナースさんには聞こえなかったようだけど。何でこんな時に、お腹が痛くなるの…!空気読め!


「もし川口たろうが僕のおじさんじゃなかったらこんな事にはなってない。そうですよね?」

「そうだな」

「………ひでー」

「なんですかその大人の事情。話にならん」


 いつもは仕事から逃げてばかりいる平丸さんが、漫画を描くと言って病室から出ていった。急に扉が開いたからいつばれるかとビクビクしていたのだが、運の良いことに平丸さんも、彼を追いかけて帰った吉田氏もわたしには気付かなかった。でもお腹の痛みは増すばかり。


「平丸先生の言うとおりだ。話にならねー。港浦さん、あんたもあんただ。ここに来て一言も喋ってない。上司の言い成り、立派だよ。あんたが担当じゃなくて良かった」

「港浦に責任はない。逆に最後まで反対した。これは私が決定した事だ」

「4月まで休載なんて俺は絶対認めねー。亜城木くん、またな」


 平丸さん達と同じように病室を出て行こうとする福田さんと目が合ってしまった。ツカツカと静かに歩み寄って盗み聞きとは関心しないな?と小声で言った。良かった、みんなに知らせる気は無いみたい。安心した途端、わたしは血を吐いていた。おい、大丈夫か!?福田さんのその一言で中から人が出てくる。通りすがった時丁度福田さんに会って丁度具合が悪くなったとか、そんな風に考えてくれればいいんだけど……。「もう少し、もう少しだよ?」遠くなる意識の中、聞こえたのは、身に覚えのない声だった。




幸せって、何
(ならなきゃならないの?)


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