「おはようございます」

「また来たんだ」

「……」


 丁度昨日が、亜豆が隣の病室に初めて来た日らしかった。サイコーが好きなわたしは勝手に亜豆のことをライバル視している。実際はライバルなんてものじゃなく、それより格段に下の他人もしくは隣の病室の人でしかないけれど。亜豆からしてみたらただの迷惑だよね、独りよがりもいい加減にしろ、とか、周りの人に言われても思われても、仕方ない。


「ねぇ、いてもいいかな」

「邪魔しないなら別にいいけど…なんで?」

「部屋1人で暇だから」


 やはり気になってしまうもので、パイプ椅子に腰掛け壁に耳を当てて盗み聞きをしていた。わたしを見舞いに来る人なんてこの世界にはいない。だから、ナースが様子を見にくる時だけ注意すれば良いから比較的楽だった。ていうか壁に寄りかかっているようにも見えるだろうし。ベッドにいなさいって怒られたけどぼーっとしてるふりして無視した。
 まだこっちに来て2日目だったというのに2人のやり取りなんて聞いてたら、やっぱりつらくて。普通の心持ちじゃいられなかった。わたしは1人静かに涙を流して泣くことしか出来なかった。

 此処じゃ誰も頼れる人なんていない。1人で頑張るしかない。実際に見れて会えて話せるだけで、幸せなんだから。


「面白い?」

「え?」

「見てて面白い?」

「別に面白くない。」


 じゃあ何で此処にいるの、と言いたげな視線を送ってくる。そうだよね、こんなハッキリ否定すればそうなるよね。


「でもこの部屋の雰囲気は嫌いじゃないから」

「…杉田ってよくわかんない」

「うん、自分でもちょっとわかんない」


 無茶をしてTRAPを描き続ける彼。退院後のことを考えると自分のことでなくても悲しくなる。だって結局は入院が原因でTRAPは終わってしまうんだから。
 このことをわたしは言えないし、言わない。例え言ったとしてもどこの馬の骨ともわからないわたしなんかに言われたことを真に受けたりしないだろう。サイコーの警戒心を解くことか出来ていたら話は別だけど。


「編集長に三浦さん!」

「そちらの方は?」

「隣の病室の杉田です。じゃあ、わたしはこれで…」

「いや、今日は見にきただけだからいてくれて構わない」

「…ありがとうございます」


 三浦さんが編集長を連れて病院にやってきた。確か、漫画描くことについて説得させる為…だったような。


「本人は描いていないとストレスになって余計体に悪いと言っています。患者にはほどほどならやりたい事をやってもらっていた方がいいというのも事実ですが」

「本当ですか!」

「あくまでもほどほどにです」


 そんなやり取りの中、サイコーは「無理はしてません」と答える。笑顔だし、楽しそうに見えるのは確か。でも、…


「杉田さん、ちょっと。」

「? はい」


 なんと服部さんも来ていたみたいでわたしは隣の部屋に呼び出された。詰まるところわたしの部屋。廊下を通る短い間にサイコーのお母さんに会った。サイコーの病室から出てきたんだし、一応お辞儀はしたけれど、わたしはどのように見えていたんだろう…。昨日亜豆は恋人としてお母さんに会ったんだし。わたしの、邪魔者。


「杉田さん?」

「あっ、はい」

「大丈夫?ボーっとしてたけど」

「大丈夫です」


 わかってる。自分がどれだけ邪魔者な存在か、わかってた。けど、こんな言葉使っちゃいけないのかもしれないけど、『仕方ない』んだもの。わたしはどうしようもなくサイコーが好きで、好きで好きで好きで好きで好きで好きで。周りにいる男の子に恋をするという感情を忘れるくらい惚れてしまった。ただ、それだけ。サイコーが幸せになって欲しい、そう思うことだってある。けどやっぱり亜豆が羨ましく思えてしまうの。言うでしょう?人間結局は自分が一番可愛いんだって。亜豆にかなうことなんて何一つ無い。そんなふうにわかってたってサイコーを追いかけてしまうの。


「親御さんに連絡しようと思って探してみたんだけど、無いんだよ、杉田さんの情報が」


 親。わたしが本来いるべき世界は此処じゃない、と言われた気がした。


「全くのゼロなんだ。病院側も何も得られなかったって。戸籍すら見つからないんだよ」


 サイコーに会える、会えた。それに振り回され親のことなど何も心配してこなかった。いきなり消えた我が子を心配しない親などいない。


「でも君は学生証を持っているだろ?だから、意味がわからないんだ」


 なのにわたしは元の世界に帰りたいという気持ちはおろか、元の世界のことすら考えずにいた。この世界に来た経緯も知ろうとしなかった。浮かれていたのだ。
 もし世界に神様がいて、その神様がわたしをこの世界に送り込んだとしたら。今現実を突きつけられたのは、今までのことを忘れたように自分の為だけに生きる、そんなわたしへの───


「君は一体誰なんだ?」


 罰だ。




は、いね


「……今はまだ言えません」

「……」

「けど、後で必ず説明します。それまで待って下さいませんか…」




110314


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