「酸素マスクはいつとれますか?」
「あ、ごめんなさいね。先生はもう外していいと仰ってたわ。とってあげるね」
「ありがとうございます。(その位自分で出来るのに…)」
「明日は一般治療室に戻れるそうよ、良かったわね」
「本当ですか!?」
「勿論。嘘ついたところで何の得にもならないじゃない」
「それもそうですね」
「じゃあ此処が新しい病室ね。相部屋だけど今は1人だから気は使わなくていいかも」
「はい…」
1人部屋…みたいなものだよね。今までは部屋から一歩も出れなかったから、それに比べたら凄い進歩よね。散歩とかできるってことだし、嬉しい。でも。病院に流れるこの膨大な時間を1人で過ごさなければならないのは、寂しい。
それにしても暇だなあ。折角この世界にいるのに、こんなところでわたしは何をしているんだ。大して大きな外傷も無いし、かと言って内臓が痛むだとかそんなことも無い。意識が戻ってから大きな問題は起きていないのだ。
体が大丈夫ならば、この病院を脱け出そうか。街へ飛び出して集英社へ押しかけるのも良いし、亜城木の仕事場に向かうのも良い。でも集英社へ押しかけた所で相手にはされないし、亜城木の仕事場に着く前に道に迷って病院にも戻って来れなくなるだろう。
もし、これが俗に言う夢小説だとしたら、街で肩がぶつかったりしてサイコーに会ったりするんだろう。残念ながらわたしにはそんなエスパー的な能力を持ち合わせていないし、そんな奇跡が起きるとも到底思えない。道に迷ってそれで終わりだろう。ジ・エンドである。
「はあ」
わたしは自分の非力さにため息をついた。病院から出られない、ある意味捕らわれの身である。病人としていることしかできない。まぁでも、道で野垂れ死んでないところは奇跡かも、とか思ってみたりする。
まあとりあえず、病院内を歩いてみようか。そういえば看護婦さんが隣の人はこの前入院したばかりの人だって言ってたっけ。挨拶しておこうかな。
*****
え、まさか、嘘でしょう?こんなことって…。とりあえず、心臓くんよ、静まってくれ。
「いつまで其処にいるつもり?」
「!」
病室のドアは開いていたみたい。名前に驚いて気づかなかった…駄目ね、わたし。
「今日から隣の部屋に移ることになりました、杉田です、宜しくお願いします」
そう言って頭を下げた。そう、わたしは挨拶しに来ただけなのだ。出来るだけ不自然にならないように気をつけなきゃ。サイコーと相部屋の人にも同じように挨拶すると「どうも」と軽い会釈を返してくれた。
「俺は真城最高」
口数が少ないのはきっと、亜豆のことがあるからだろう。元々人見知りだった気がするし。最低限のこと以外では関わらないつもり、なんだろうな。
たった今、会ったばかりなのに。こんなにも胸が苦しい。
「漫画家なんですね。これって……TRAP?漫画家の亜城木夢叶先生ですか!?」
「まぁ」
「わたし、この世は金と知恵がネクストで載った時からファンで……でも、病院で仕事なんて…体に負担がかかりませんか?」
「君までそんなこと言うのか!今ちゃんと描けてるじゃないか!部外者が口出すなよ!」
「!……ごめんなさい」
「いや……悪い、感情が高ぶった」
*****
その後、わたしは頭をさげて直ぐに部屋に帰ってきた。
折角会えたのに…彼を怒らせてしまった。なんて馬鹿なの?だけど、あの時「病院でも仕事だなんて尊敬しちゃいます」とか言ったら頑張りすぎてしまうかもしれない体を壊してしまうかもしれない…。あの時、何と声を掛けたら良かったのか……今のわたしでは、わからないということだけはわかる。
あなたを、
あなたに、
あなたが、
どんなに貴方が怒ったって
私の脳の70%は貴方なの。
(残りはひ み つ)
110122