“ドンドンドンドン”
『ったく誰だよこんな時間に』
「わたし!愁開けて!」
「ボス!?どうした息切らして」
「とりあえず、中入っていい?」
「おお」
こんなもので息が切れるなんて…駄目ね、基礎がなってない。時間見つけて走らなきゃ。
「明日から学校休むから適当な理由つけて連絡入れといて」
「なんでいきなり」
「叔父様に稽古つけてもらったの。いつまでも弱いボスでは許されないからね」
「最近力入りすぎだって。女の子は守りたくなるくらいが可愛いんだぞ?」
「ファミリーの足を引っ張るボスが何処にいるっていうの!もうわたしは、普通の女の子じゃいられないんだから」
愁だってそれくらいわかってるでしょ?と問えば、気の抜けた返事が「はいはい」と返ってきた。軽そうな男に見えてくるけど、芯はしっかりしていてわたしのことも昔からちゃんと見てくれている良い奴だってことは、他ならぬわたしが知っている。だから夜中にわざわざ足を運んできたりしているのだ。
「それとあと1つ」
「はあ?まだあんのかよ」
「一応貴方の上司なんですけどわたし。話くらい聞いてよ」
「わかったわかった」
「はあ。ボンゴレの話だけど、愁はどう思う?」
「さっきはデメリット見つからないとか言ったけど、実際良いことばっかじゃないと思うぜ」
「どうして?」
「今まで同盟組んでた中にボンゴレを敵とするファミリーはいなかったか?敵とまではいかなくても大きなファミリーだから嫌っているところだってある。そういう奴らを、逆に敵にしちまうんだよ」
「でも、具体的に示された訳ではないけど、拒否すればこっちの身だって危ない」
「今のボンゴレボスは正当な理由以外で戦うことはしないって聞いたけど?」
「…っでも!」
「あーはいはい。もう今日は寝ろ」
愁は毎回そうやって言う。真剣な話してるのに。でもそれを口にすれば「俺はお前の心配してやってんだ」とか言いそうだな。なんでそんなに偉そうなんだか。
「じゃあ、寝るよ。おやすみ」
「学校には明日朝連絡しとっから。ゆっくり休めよ」
*****
愁に言われた通り、今日はもう寝よう。明日から確実に忙しくなる。疲れてベッドにダイブするのも多くなるだろうし。
同盟を組んでるファミリーに、ボンゴレと敵、またはボンゴレを忌み嫌っているところがないか、明日昴に伝えて調べてもらわなければ。
「おかえりー、梨奈」
「さ、わだ!?」
「おっと、騒ぐなよ。別に襲いにきたって訳じゃないから」
部屋に戻ってきて寝る準備をしていたら、沢田の声が聞こえ、振り向いた時にはもう口が塞がれて壁に押し付けられていた。気配さえ気づけなかったなんて…
「わたしはカレゾフのお姫様じゃない。大声出して助けに来てもらうだなんてそんな真似はしないわ」
「それは結構なことだ。でも、此処は学校じゃないんだよ?」
「うっ」
もごもごと発した言葉を沢田は聞き取れたらしい。代わりに腹に沢田の拳を受けた。此処は学校じゃない……つまり、ボスとして来たってことだ。言葉遣いのことを言っているんだろう。弱い癖に軽々しく話しかけるんじゃない、と。
でもどうして此処にこの人が!?屋敷のセキュリティーはどうなってる!?幻術をかけて、わからなくしているというのに…。何よりも、居場所特定が早すぎる。こんなに早く屋敷の場所がバレてしまうなんて思ってもいなかった。
「どうやって此処に来たのか気になるみたいだね」
「!」
「梨奈の心は読めないけど、そんな顔をしてるよ。ボスの部屋の鍵をかけずに歩き回るなんて、大事な情報、盗られちゃうよ?」
カッと頬が熱くなる。そう、そうだよ。ボスとしての自覚を持ちなさい梨奈。此処はわたしの部屋という以外に、カレゾフの大切な部屋なんだから。
屋敷にどうやって入ったのかはわからないが、わたしがクラウディオ叔父様や愁と話している時にこの部屋に入ったらしい。何も考えず鍵をかけずに外へ出ていた数時間前の自分が憎たらしい。
「此処のセキュリティーはまあまあかな。ボンゴレには劣るけど、侵入しにくい造りと、幻術がかかってるね」
じゃあ何でお前は此処にいるんだ!怒鳴り散らしたい気分だった。まあその質問に自分で答えるとするなら、ボンゴレボスだから、かな。わかりきったことだ。
昼間も会ったのに、こんな夜中に来るなんて…この人は何がしたいのだろう?もしかして、もう答えなきゃいけない?
「答えを催促しにきた訳でもないよ」
「じゃあ、何故ですか。何故、貴方のような人がこんなところへ…」
「だから、遊びにきただけだって」
こんな夜中に遊びって…危険すぎる、色んな意味で。そうこう思っていたら、こつん、ボンゴレの額がわたしのにぶつかった。彼の方が背が高いのだから、当たり前のように上を向くことになる。何を考えているのかわからない、その笑顔が酷くわたしを不安にさせた。目の前にいる彼が怖い、怖い…
「なん、ですか」
「だから言ったろ?お前をからかいに来たんだって。でももういいや、帰る」
「ちょっと待って下さい!」
窓に足をかける彼を制し、わたしも窓にかけよる。
「折角来て下さったのですから、送らせて下さい」
かなり自分勝手な人だとは思う。だけれど、わざわざ来てくれたのだから、送るのがせめてもの礼儀。本当だったらお茶を出すのが普通なんでしょうけど、もう帰ると言い切っているのに留めるのは気が引けるものだ。
「俺もさ、誰にも言わずに出て来ちゃったからバレるとやばいんだよね」
「じゃあそこの門まででも、お見送りさせて下さい」
「よっと」
「、ちょっとボンゴレ!」
次の瞬間にはもう庭にいた。彼がわたしを抱きかかえ、窓から飛び降りたのだ。普通にドアから行こうと思ったのに…。
というか何故だろう?さっきまであんなに怖かった人が、今では全く怖くない。恐ろしい筈の人が、どうしてわたしに優しくするの?
「わたしは姫なんかじゃないと、さっきも申し上げた筈ですが」
「でも女に変わりはないだろ」
「どうして女扱いするのですか。女のわたしなどとうの昔に捨てました」
「そうか…それは残念だ」
ザッ、ザッと月明かりの中庭を進む。彼の横顔も月明かりに照らされ、かっこいいとしか言いようがなかった。そんな人の隣にいるわたしは場違いだ。
「本当に此処まででいいのですか?」
「うん。本当は女の子をこんな夜遅くに出したくはなかったんだけどね」
「、ですがボンゴレ!」
「ボンゴレやだ。俺がお前をカレゾフって呼んでるようなもんだよ?嫌じゃない?」
「嫌、です…」
「じゃあ綱吉って呼んで」
「わかりました綱吉様」
やっぱり我が儘な人だと思う。けどわたしはこの人に従うしかないし、従わせる程の色気というか、まあそういうのがあるんだと思う。実力とかオーラとかも。
「じゃあお気をつけて」
「じゃあ。梨奈も早く入りなよ」
綱吉様が見えなくなるまでずっと立っていた。最後にまた明日と言わなかったのに、綱吉様は気づいているだろうか。
(それにしてもキラッキラしてるなあの人)
110506