「気を付けー、礼」
「はいおはよう。えーと欠席は…いないな。一応言っとくが、クラスメートだった神崎梨奈は転校した」
クラスがざわついた。担任の口から出た彼女というのは目立ちすぎず、皆に忘れられない程度の良いポジションにいた。それだからこそ、そんな彼女が──普段大人しく、また最近休みがちであった為に──転校ということが考えられず皆一様に驚いているのだった。
彼女と仲の良かった京子もその中の1人だった。転校するのなら、教えてくれても良かったのに。何か相談事があったなら、打ち明けてくれれば良かったのに。どちらにしろ、京子は悲しかったし、寂しかった。
「ツナくん、何か知ってる?」
「知らない。京子ちゃんこそ知らない?梨奈と仲良かったよね?」
「何も聞いてないんだよね…」
「そっか…心配だね」
「うん…」
この間転校してきたツナくんなら何か知ってるかな、と思ったけど駄目だった。まるでツナくんと入れ替わるように、転校したから、もしかして、と思ったけれど。
イタリアから帰ってきて久しぶりに会ったツナくんはとってもかっこよくなってた。中学の時にダメツナなんて言われてたなんて今考えたら信じられないくらい。少し話をした時も、以前よりも落ち着いていて大人になったって感じがした。たった三年なのに人ってこんなにも変わるものなんだね。でも、ツナくんが昔から持ってる優しさは変わらずにあった。
帰りに梨奈ちゃんの家に行ってみようかな、でもわたし梨奈ちゃんのお家行ったことないや…。もらった年賀状に住所書いてあった筈だから行こうと思えば行けるけど…お兄ちゃんに知らない場所には言っちゃいけないって言われてるしなぁ。
梨奈ちゃんにとって、わたしってどんなだったのかな?わたしにとって梨奈ちゃんは大切な人。何でも話せる大親友。中学の時に会えてなかったことが悔しいくらい。でも、そう思っているのはわたしだけかもしれない。だって梨奈ちゃんはわたしに何も教えてくれなかった。転校することも、学校を何故休むのかも。梨奈ちゃんが休み始めた最初の日、わたしは勿論メールを入れた。前日に咳き込んでいたから風邪かもしれない、なんて思いながら。でもメールは返ってこなかった。その次の日も梨奈ちゃんは欠席で、心配になって電話をしても電源が切れてるなんて無機質な音声が返ってくるだけ。今までに電話に出ないことはいくらかあったけど、電源が切れてるなんてことは初めてだった。生憎、わたしは梨奈ちゃんの家電を知らない。そして今日になったら転校だなんて…。もう、梨奈ちゃんとは会えないの?連絡も取れないの…?
「随分と暗いね」
「花ちゃん…」
「神崎のこと?」
「うん…」
「何も言わないでいなくなるなんて、酷いよね」
「うん…」
きっと何か事情があって、わたしたちに言わないらしいことはすぐにわかった。まるで昔のツナくんの時、みたいな。もうそんな想いしたくないよ、梨奈ちゃんに会えなくなるなんて嫌だよ…。いきなり消えるなんてそんなこと、しないで…。
*****
「お待ちしておりました」
「あなたは…」
日も暮れてきたから帰ろうと校門を通りかかった時、梨奈ちゃんとよく一緒にいた男の子が待っていた。学年は違うのに話してるところを見かけるから、彼氏かななんて聞いてみたらあっさり否定されてびっくりしたのを覚えてる。ただの幼なじみなんだって。でも、様子が何だか違う。今日は黒のスーツを着ている。制服はどうしたの?
昴くん(今名前を教えてもらった)はわたしに一通の手紙を渡した。表には見慣れた字で『京子ちゃん』と。梨奈ちゃんの字だ。名前なんて書いて無くたってわかる。
*****
「退学手続きしといたから」
「あぁ、そう」
「え、それだけ!?」
「このまんまずるずる引きずるのは駄目だなって、丁度思ってたとこだから」
「…怒られるかと思ってたんだけど」
「何で?愁が辞めた方がいいって思ったから辞めさせたんでしょう?」
「まぁ、そうだけど…あー調子狂うなあ!」
そう言って頭をかきながら愁は部屋から出て行った。
あー、京子に手紙書かないとな。最後に会いたいけど、けじめはつけなきゃならない。悲しい気持ちが広がっていくのを感じながらわたしはペンをとった。
京子ちゃん。いきなりあなたの前から姿を消したことを許して下さい。先生から転校と聞いたと思いますが、実は転校ではなく自主退学です。本当は学校、やめたくなかったけれど、
──あぁ駄目だ。言い訳がましくなってしまう。
くしゅくしゅと紙を丸めて後ろへぽいと投げた。京子を此方の世界に巻き込まない為にも、少しの嘘は必要かもしれない。
*****
京子ちゃんへ
いきなりあなたの前から姿を消したことを許して下さい。先生から転校と聞いたと思いますが、実は転校ではなく自主退学です。色々自分自身のことにけじめを付けるためにこういう結果を出しました。学校を休み始めた時も、何も言わなくてごめんなさい。でも、京子ちゃんのことは今までも、これからも、ずっと好きです。京子ちゃんならわたしの家へ来ようとするかもしれないから一応書いておきますが、引越をしたのでもう会うこともないと思います。今までありがとう、さようなら。 神崎梨奈
「ぇっ?…」
最後まで目を通したところで手紙は燃えて灰になってしまった。昴くんもわたしも火を点けたりはしていない。
「大丈夫です」
おどおどしているわたしに、昴くんは一言そう言った。良く通る声だった。
それじゃあ僕はこれで。立ち去ろうとした昴くんに待って、と声を掛けたけれど、僕からお話できることは何もありませんと言われてしまって、わたしにはもう何が何だかわからなかった。彼の後ろ姿が、滲んだ。
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