夏休み中に受けたOZのバイトをこなそうと今日から物理部の部室に籠る。
そのための準備もしっかりしてきた。といっても必要最低限なものばかり。
健二は夏希先輩といい雰囲気だから連絡もあまりできないし、一人でパソコンと向き合う。
健二にも彼女ができて結局俺は独り身か、と思っていたら部室の戸がノックされた。


「はい?もしかして健二?」

『いえ……あ、の』


失礼しますと言われて戸を開けて入ってきたのは女子だった。
たぶん一年生。


『パソコンとか機械系に強い先輩がいるって聞いたんですが………佐久間先輩ですか…?』

「そう、だけど」

『今度情報科目のテストがあるらしくて、私赤点ギリギリ状態だから二年の佐久間にでも聞いて来い!って言われて………』


物理部の部室にいるって聞いて来ちゃいました。と告げ、頭を深々と下げた。


『お願いしますっ、私に情報科目を教えてください!』


それが、始まり。








「……で、ここのA18のセルに入る関数はこうなるわけ」

『すごい、わかりやすいです…!』


この子は一年生の名前ちゃんと言うらしい。すごく、可愛い。
問題が解けたときのすごくうれしそうな顔とか、こっちもうれしくなるくらい"ぱああ"と輝く。


「じゃあここのセルに入る関数は?」

『えっと…=SUMIF(…』

「ストップ。ここにはこの項目が3つ同じのが並んでるから。データベース関数のDSUMを使う、わかった?」

『はい、同じ項目がすらり=データベース関数ですね!』

「そうそう」


そして物分りがすごくいい。早い。暗記力は人並み以上だろう。
先生の教え方が悪いんじゃないだろうか。

必死に画面に視線を向ける名前ちゃんに目を向ける。
ぱっちりした目に肩くらいまである髪がサラリとゆれる。隣から甘い香りがふわりと鼻を掠め今自分が幸せと感じていることに気づいた。

(俺のことも必死に見てくれればいいのになーとか)

心の中で嘲笑い現実を考えた。
健二は夏希先輩といい雰囲気で俺は彼女がいなくて。
こんな可愛い子が彼女とかだったらいいなとか考えていた。


『あの、もう一つわからないことがあって……』

「何?俺でよければ」

『先輩って…彼女、いますよね……?』


今までパソコンに向けられていた視線が俺に向けられた。頬はうっすらピンクに染まっていて目が少し潤んでいる。
口をきゅっと小さく締めていてキーボードの上におかれている手は少し震えていた。
(期待してもいいのか、とかね、はは)


「いないけど」


発した言葉を言い終える前に名前ちゃんの顔が輝いたように見えた。何だこれ。


『ほんとですかっ?私、先輩のこと好きになっちゃったんです!好きです、大好きです!だからその……付き合ってください!』


体を前へ前へと俺に近づいてくる。好かれて嬉しい、けど改めてこんなに好きだと連呼されると恥ずかしい。


「名前ちゃん彼氏とかいなかったの?」

『いませんよ』

「もっとこう……いい男が…」

『先輩しか見えません。いい男は先輩しかいません』

「っ…」


(恥ずかしい恥ずかしい!!何この子っ!)

自分でもわかるくらい赤面している。名前ちゃんも負けてはいないが。


「ほんとに俺でいいの?」

『はい!付き合ってくれるんですかっ?!』

「……いいよ」

『…っ!お願いします!』


勢いよく下げられた名前ちゃんの頭はキーボードに直撃して、それから笑った彼女はきれいだった。







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DeJaVuの間宮さまから頂いてしまいました佐久間!センスを感じる文面にうるうるです。間宮さまありがとうございました!

碧子



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