「佳主馬さん、前髪邪魔じゃないですか?」
「は?」
部屋に引き込もって仕事をしていたら、名前がハサミを持って何故か楽しそうに笑いながら尋ねてきた。
持っているハサミをチョキチョキしながら僕に近づいてきて……ちょっと怖いかもしれない。
「邪魔じゃないよ。」
僕は名前から視線を反らすと、再び仕事に戻る。
今忙しいから名前の相手をする暇なんかないんだよ……だから少しの間ほっといてほしい。
しかし名前は僕の気持ちなんかお構い無しに、ハサミを片手に後ろから抱き着いてきて……
「仕事と私、どっちが大事?」
ドラマのセリフで良くあるようなことを聞いてきた。
っていうかハサミ!名前が持っているハサミが僕の首に当たっていらっしゃる!!さっきのチョキチョキよりも恐ろしい!!
吐息が髪に当たるこのシチュエーション……普段の僕だったら彼女を襲うだろう……しかし、凶器を持っている彼女にそんなことをされたら襲うに襲えない。怖い。
別の意味でドキドキする。彼女に別の意味で襲われるんじゃないかって。
「名前、とりあえずハサミは下ろそうか。」
そう言いながら、僕は名前のハサミを持っている方の腕を掴んで、ゆっくりと下ろしながら、ハサミを持つ手に指を絡めて。1本1本丁寧に外させる。
全て離れたら、僕はそのハサミを奪って机の上に乗せて遠くへと飛ばした。
「ああああ……佳主馬の前髪散髪計画が……!」
「どんな計画なのそれ……」
「素敵計画!」
「うん、全然素敵じゃない。」
正直下らないと思います。
僕は僕の意思で前髪を伸ばしている訳だし……切りたければ勝手に切るからそんな計画を練るのは間違っている。
「何かあったの?」
名前は昔から何かある度に僕にくっついてくるから、今回もきっと何かがあったに違いない……
「……昨日ね、夢を見たの。」
後ろから抱き着いたままの名前は、更に僕にギュッと抱き着いて、唸りながらこんなことに至った理由を話し始めた。
「佳主馬の隠れている目の辺りから親父が『こんにちは』をしてくれるっていうロマンス的な夢を……!」
「どこがロマンス!?」
は?親父が『こんにちは』?僕の前髪の下から?
それのどこがロマンスなんだ。ただの怪奇現象だよ。
っていうかシュールすぎる。くだらない。
「でね、その下がどうなってるのかが気になって……」
名前は後ろから僕の前へと移動すると、少し屈んで僕の前髪に手を触れる。
サラサラと撫でて、額に触れるように髪を祓って……それが擽ったくて、目を閉じて堪えた。
「……何だ。何もないんだ。」
そして、溜め息を吐くと残念そうに肩を下ろして。そんな彼女を見ていたら逆にこっちまで残念な気持ちになってきた。
……僕の場合彼女のその頭の中の、そのくだらない思考に関して思ったことなんだけども。
「僕は人間なんだから、妖怪なんて飼ってないよ?」
近くにある彼女の顔に手を触れて、自分の顔に少しだけ引き寄せる。
吐息が当たって緊張するけど、表情には出さずに彼女の目を見続けた。
……この行動には照れ隠しも混ざっているんだけどね。
「……それもそうだよね。」
昨日夢見て今気づいたらしい彼女は、ふわりと笑って僕の顔に手を触れる。
「佳主馬は人間だもんね。」
正直に言おう。可愛いです。
「じゃなきゃ結婚出来ないし……」
「そこで気付くとか凄いよね。」
ちょっとずれているその思考とか、
「へへ……」
褒めてもいないのに照れちゃうところとか……
「……ねぇ、知ってる?」
そして、
「本当は佳主馬とお喋りがしたくて……無理矢理ネタを考えたんだ。」
「え?」
無駄に努力をしてしまうところとか。
「仕事に夢中になってる佳主馬を見てるだけがつまらなかったから……つい……」
至近距離で段々顔を赤くさせるちか。
「……寂しかった?」
そう尋ねれば、首を縦に振って目を伏せる。
「相手、してよ……」
僕の顔から彼女の手が離れて、その手は僕の胸に当てられて、その手はフルフルと震えていた。
……これはもう仕事どころじゃない。仕事より名前が大事に決まっている。
「分かった。」
僕は名前の唇に触れるだけのキスを1回すると、起動したままのパソコンの電源を消してから、再び彼女にキスを落とす。
「ん……っ」
キスをしながら近くの壁に追いやって、逃げ道をなくしてから、唇を離して、
「それじゃあ……」
彼女の服に手を伸ばすと、
「しようか、ピンクなこと。」
「今ので台無し!!」
いつも通り、名前に僕なりの愛情表現をしてあげた。
だって満たされるだろ?
触れられることってお互いに……
ヒトの愛し方
(触れて触れられればそれで良い)
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願い事、1つの曄慈さまからフリリクでいただきました!二人のやりとりが可愛くて仕方がないです。ありがとうございました!
碧子