「それで亜豆がさー」


 まぁた始まった。最高の亜豆の惚気話。家も隣で、親同士が仲良いからこんな歳になってもお互いの家に行き来するくらい仲はいいのに、きっとこれ以上変わることはないと思う。これは所謂男女の友情だから。
 昔から一緒に幼稚園まで行ったし、小学校も中学も一緒。流石にわたしは谷草北には行かなかったけれど、こうして今でも話くらいはする。たまには仕事場に連れて行ってくれることもある。そんなんだから、気づいたら好きになってた。よくある話でしょ?幼馴染に恋をするなんて、報われない話よね。
 最初は小学低学年の時だった。普段、そんなことは他人には話さず自分の中にそっと仕舞い込んでおくんだと思うんだけど、最高はわたしだけに言ってくれた。そのことが逆に痛かった。合同プールで他校にとても可愛い子がいて、ずっとその子と見つめ合ってたこと。小さいながらにわたしでもわかった。わたしのこの想いを、ぶつけてはならないと。わたしの外から出してはならないこと。ズキズキ痛む胸を押さえながら良かったねしか言えなかった。
 事あるごとに最高からの報告はあった。同じ中学にその子がいたこと。名前は亜豆美保ということ。中三で成り行きでプロポーズしてしまってフィアンセになったこと。こんなぶっ飛んだ話がある?まるで漫画みたいじゃない。ヒロインにはなれずに、ヒーローを想う脇役でこの話は終わるのだ。わたしは想いを伝えられないまま、最高の亜豆への想いだけが大きくなってく。


「本当可愛かったんだよ、その仕草が」

「確かに亜豆ちゃんかわいいもんね」


 中学で見ているから亜豆の可愛さは知ってる。取り分け目をひくって訳ではないけど、お嬢さまみたいで本当に可愛い。黒く長い艶髪とか、大きな目とか。正直羨ましかった。わたしの方が昔から最高のこと知ってるのに。長く最高と一緒にいるのに、最高に好いてもらえることが。


「あれ、名前顔色悪い?」

「ごめん、わたしもう帰るね」

「じゃあ送ってくよ」

「隣だから大丈夫だよ、もう子供じゃないんだから」

「でも気をつけてよ?暗いと危険だから」

「はいはい、ありがと」


 最高にバイバイをして帰ってきた。こんな風に優しいところがあるからわたしは割り切れないんだ。もしかして最高って天然タラシとか?…それはないか。他に最高好きなんて言ってる人見たことないし。
 もうあの部屋にいるのはつらい。わたしの心臓が耐えられるのは惚気が始まって小一時間、かな。


「はーあ」


 溜め息はわたしの部屋の天井に吸い込まれていった。ひとりぽつんと部屋に籠もるのと、最高の惚気話を聞くのと、どっちが精神的にくるのかな、はは。


「名前ー?最高くん来たわよー」

「え?はーい」


 何でさっき会ってたばかりなのにまた来るんだろう?不思議に思いながら玄関へ向かった。


「はい、携帯。忘れてたでしょ」

「あ、本当だ…態々ありがとう」


 電話でもしてくれれば取りに行ったのに。なんて言いかけて、これも彼の優しさかと思って言うのをやめた。


「ねえ、これからちょっと出ない?」


 お母さんに断るとご飯までには帰ってきてねと言われて外へ出た。なんの風の吹き回しだろう?今までにこんなことなんてなかったから少しだけ緊張する。


「今日ちょっと元気なかったけど、大丈夫?どうかした?」

「そうかな、全然大丈夫だよ、何もない」

「そう?それならいいんだけど」


 ばれてたのか、うまく隠せてると思ったのに。もしかしたら今までもばれてたのかもしれない。


「何でそう思ったの?」

「昔から一緒なんだよ?ちょっとでも様子違えば気付くって」


 不覚にも、どきっとしてしまった。あぁ、何でこう、この人はわたしに気を持たせるのがうまいんだろう。そんなんだからいつまでたっても最高から卒業できないんだよ。

 もういっそ、告げてしまおうか。少し捏造して、そうすればきっと気持ちの整理がつく。


「……」

「本当に大丈夫?顔色悪いよ」

「大丈夫だって」

「いや、駄目だよ。帰ろう。ごめんね、無理に連れ出しちゃって」

「無理にとかじゃない!自分の意思だから」


 駄目だ。言える筈がない。今までずっと我慢してきたんだもの。


「じゃあね、ありがと」

「今日はちゃんと寝るんだよ?おやすみ」

「おやすみ」


*****


 偶然会った帰り道。こうして会うといつも一緒に家まで帰る。
 わたしは最高に言わなければいけないことが、あって…


「ごめんね、」

「何で、急に!」

「出来るだけ、言いたくなくて、こうなっちゃった」

「何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!」

「…ごめん」


 わたしだって嫌だよ、本当はずっと一緒にいたいよ。ずっと、ずっと一緒にいられるって思ってたのに、なのに…


「急に引っ越しなんてそんな…」

「ごめん」

「俺は、俺はこれから、どうしたらいい?高校も違うし、もう、会えないじゃないか」

「会いにこれない距離じゃないし、休日とか、来るよ」

「名前のいない毎日に、どうやって意味を見いだせばいい?」

「最高…」

「駄目だ、名前がいなきゃ、名前がいなきゃ俺はやってけない」


 わたしに縋るようにして、道の真ん中でうろたえだす最高。こんな彼の姿、初めて見た…。


「すき」

「え?」

「すきだ、名前」


 ちょっとタンマ、どういう風の吹き回し?見たことのない取り乱した最高を前に、混乱する頭でなにを考えればいいっていうの。どうして最高はわたしを好きなんて言うの?そんな筈ないのに。


「今気付いた、近すぎてわからなかったんだ、一番大切なのは名前だ」

「もり、たか…?」

「ねえ、名前は?」

「え?」

「名前はどうなの?俺のこと、好き?」

「っ、すきだよ!どうしようもないくらい」


 どうして、今更になって気付くんだろう。どうして今更想いが届いてしまったんだろう。どうしてこんな時になるまで、わたし達は友達ごっこをつづけていたんだろう。


「ジャンプも買うから」

「うん」

「ハガキも出すから」

「うん」

「メールも電話も、するから」

「うん」

「だから、わたしのこと忘れないで」

「忘れる訳ないだろ!」

「うん、わたしも忘れない」

「ねえ、キスしていい?」

「…いいよ」


 それはさよならとはじまりのキス



知らない振りを
決め込んで、




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