「今日はお絵描きをします!みんなの将来の夢を描いてみよう!」

「「「はーい!」」」


 先生から大きい画用紙が配られて、各々好きな場所を陣取ってクレヨンを握る。外に出てはいけないと言われてはいないので紙を持って外へ走り出した子もいるようだけど、大抵の子は床に寝転がるか座るかして画用紙とにらめっこをしていた。


「せんせー、ぼくウルトラマンになる!」

「じゃあウルトラマン描いてね」

「はーい!」

「お花屋さんになりたいの!何かけばいい?せんせい」

「お花とか、お花屋さんになってる自分を描いてごらん」

「お花屋さんになってるあたし…?うーん、どんなかな、ピンクのエプロンはね、ぜったいなの!」


 自分のことを先生に話す子や、お友達同士で喋っている子、何も言わずに黙々とクレヨンを動かす子もいる。新幹線とおぼしき物を描いている子もいる。その子にしかわからない感性で、自分の夢を画用紙に描き出していく。
 そんな中、一人部屋の隅でぼうっとしている子がいた。


「わびすけくん、お隣いい?」

「うん」


 此処はくじら組の部屋ではないけれど、くじら組の部屋では席が隣の男の子だった。この男の子は、みんなよりちょっと大人しいけれど、ちゃんとお話してくれるし、なんか気になってしまうのだ。

 返ったきた答えに満足したのか、その子は嬉しそうに頬を緩ませ画用紙とクレヨンを広げた。


「ねえ、わびすけくんは描かないの?」

「…何描こうか、かんがえてる」

「ふうん」


 自分で聞いておきながら、白いクレヨンを取り出して、画用紙にぐるぐると大きな丸を描き始めた。画用紙の色とそう違わないからぱっと見では何が描いてあるのかよくわからない。


「うーん…」

「どうしたの?」

「あたしね、お嫁さんになりたいんだけど、何描けばいいのかなぁ」


 隣にいる女の子の言葉を聞いて、侘助と呼ばれた男の子は少し黙ってから、急にこんなことを言った。


「オレのおばあちゃんわかるでしょ?」

「うん」

「けっこんしきに着る服って、おばあちゃんのいつもの服とちょっと似てる」

「そうなんだ!わびすけくんのおばあちゃんいつも着物着てるよね。じゃあわびすけくんのおばあちゃんみたいな服を描けばいいのかな」

「…全部白くて、丸い帽子みたいなの被ってた」

「わびすけくんて、何でも知ってるよね。物知りハカセ!」


 目をきらきら輝かせて男の子を見つめたあと、もう一度白いクレヨンを握ってぐりぐりと描き始めた。男の子も恥ずかしさを隠す為か少し俯いた後、灰色のクレヨンを握った。


「そういえば、わびすけくんは将来何になるの?」

「…おしえない」

「えー、何でー?」

「名前ちゃんにはむずかしいから」

「何それ、あたしだってわかるもん!」

「じゃあ人の役に立つことって言って、具体的に何かわかるのかよ」

「ぐたいてきって何?」

「そんなこともわかんないんじゃダメだな」

「むー…わびすけくんのいじわる!」


 先程とは打って変わって頬を膨らませてむすっとしている子の隣で、男の子はすらすらと何かをかいている。これ以上取り入ってはくれないようなので、もう一度画用紙にむき直した。


「できた!見て、わびすけくん!」

「よくわかんない」

「これがお嫁さんの服なの!わびすけくんにわかってもらわなくてもいいもん!これをきてお嫁さんになるの。パパとママみたいに、ずっとラブラブで、それでね、幸せに暮らすの!」

「そんなこと、あるわけねえじゃん」

「なんで、あるもん!パパとママはずっとラブラブだもん!あっ、わびすけくん!」


 男の子は駆け出していた。そんな都合の良い話、聞きたくなかったのだ。世の中そんな上手くいく筈もなく、本当に幸せな家庭なんてそうそうないと幼いながらに考えていたから。


「待ってよ、わびすけくん!」


 女の子は外へ出て行ってしまった男の子を追いかける。その男の子の事情も何も、知らないのだ。


「わびすけくん!」


 大きく叫ばれたその声に、男の子は立ち止まった。それを見て、ほっとしているようだ。


「名前ちゃんは知らないかもしれないけど、ほんとうの幸せなんてものは、せかいにほんのちょっとしかないんだ」

「なんでそんなことわかるの」

「わかるからだよ」

「そんなことないよ、わびすけくんは間違ってる!わびすけくんから見たら、せかいにはちっちゃい幸せしかないのかもしれないけど、あたしは今までにたくさん幸せなことあったもん!」

「…」

「パパとママに会えたこと、おじいちゃんからクマちゃんもらったこと」


 全部自分にはないものだ、と男の子は思っていた。自分とその子とでは生まれながらの境遇が違う。少なくとも自分よりは良い家庭に生まれたのだと。


「園長先生にほめてもらったこと、このあいだ作ったどろだんごが大きくてツヤツヤのになったこと、ゆみちゃんからアメをもらったこと、なまえを書けるようになっこと。それから、」


 他のことを知らないから、些細なことで幸せを感じれるんだ、きっと。途中からもう、聞き流し始めていた。


「それから、わびすけくんに会えたこと!」


 思わず振り返って女の子を見ると、真っすぐに男の子をみつめていた。その瞳は少しばかり揺れていた。どうかこの自分の想いが、男の子にも届くようにと、一生懸命だったのだ。


「ほら、たくさん」

「じゃあ、大きくなったらオレがけっこんしてやる」

「へっ?」


 突拍子もなく、そんなことを言った。普段その男の子は会話を遮ることなんて無いし、結婚という言葉に女の子は驚きを隠せずにいた。


「ゆめ、叶えてくれるの?」

「うん」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「ほんとのほんと?」

「ほんとのほんと」

「じゃああたしがわびすけくんを幸せにしてあげる!」

「えっ…」

「そしたらわびすけくん、幸せが沢山あるってこと、わかってくれるでしょ?」

「わかった。じゃあ約束な!」

「うん、約束」


 女の子は小指を出して、指切りするのを促した。ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!男の子は歌わなかったけれど、ちゃんと小指を絡めて手を振っていた。


「お部屋もどろっか」

「うん」


 その少しの距離の間、2人は手を繋いで歩いていたとかいないとか。



目を閉じて。
考えてみたいことがあるの。

それは僕らの未来の姿


大好きな花奈ちゃんへ

あとがき

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