「おはよう」

「おはよ」

「おはようれんげ、って佳主馬、来てたの!?」

「侘助さんから聞いてない?」

「昨日、女の子を1人で夜遅くまで出歩かせるなんてって怒鳴ったけど、佳主馬の話は聞いてないわ」


 ご飯炊いてないけど、足りるかしら、なんてぼやく万里子おばさん。もしかして、侘助さん、万里子おばさんに怒られたから昨日珍しくあんなに怒ってたのかもしれない。八つ当たり?だったりして。だとしても、佳主馬の分の夕飯まで作ってくれるのはやっぱり優しいと思う。


「佳主馬がいるなら丁度いいわ。話があるからご飯食べたら後で来なさい」

「?はい」


 納豆とお豆腐の入ったお味噌汁、いつもの朝ご飯。万里子おばさんのご飯は美味しい。小さい頃からずっと食べてきたから。朝の佳主馬はいつにも増して無口だけど(佳主馬は低血圧なの)、無言で箸を動かしている。


「話ってなんだろうね?」

「さあ」

「……」


 確かに、朝に弱い佳主馬に何かを期待していた訳でもないけれど、そこまであっさりと答えられてしまうと、それはそれで何だか寂しい。なんて思うのはおかしいだろうか?
 いつまでも杞憂してるのも嫌で、お味噌汁をかき込んだ。


*****


「れんげです。佳主馬も連れてきました」

「お入り」


 栄おばあちゃんが亡くなった後、当主となった万里子おばさんがおばあちゃんの部屋を使っている。勿論、栄おばあちゃんの物を処分してしまった訳ではない。わたしは知らないけれど、わたしが知る前までと同じように敷地内にある蔵に持って行った。それが陣内での普通。


「侘助も呼んできてちょうだい」

「え、侘助さんも?」

「ええ、大事な話だから」


*****


「侘助さんも呼んできました」

「じゃあそこにお座り」


 侘助さんも巻き込む程の大事なことって何だろう?そう思いながら侘助さんを呼びに行ったのだけれど、案外腰が軽かった。昨日の今日のことだったからわたしの言うことなんて聞いてくれるのだろうかと考えていていたんだけど(まあ昨日は主に佳主馬に対して怒っていたけれど)そうでなくても普段からわたしが頼んだことやってくれなかったりするから連れてこれるか自信がなかったのだ。それに、「一緒に万里子おばさんのとこに来て」だなんて。簡単に来てくれるとは思えなかったし。


「単刀直入に言って、れんげを上田家の養子にしようと思っているの」

「……え?」

「もう、上田家と話はついているわ。快い返事をくださったし」

「どうして?急に…」

「急ではないわ、前から考えていたの。母が亡くなってから頭に置いていたんだけど、最近れんげ忙しそうだったし、言うのが遅くなってしまったけれど」

「…また、またわたしを、1人にするの!?陣内にも捨てられてしまうの!?わたし、わたし……わたし、そんなに悪い子だったかなあ!二回も捨てられてしまうような、悪い子だったかなあ……」

「れんげ、落ち着いて聞いてちょうだい」

「落ち着いて?急にまた養子に出すなんて言われて、落ち着いていられますか!」

「待ちなさいれんげ!」


 万里子おばさんが制する言葉を無視して、わたしは部屋を飛び出した。ひたひたと冷たい縁側を歩いて、納戸に向かった。そこに佳主馬はいないのに、佳主馬は万里子おばさんの所にいるのに。わたしは納戸に向かった。

 わたしは二度も捨てられてしまうような、悪い子供だっただろうか?母との思い出は遠い過去の薄れた記憶となってしまっていて、あの頃の自分の何が悪かったのかなんて、今は全く分からない。けど、陣内に来てからはそんなに悪いようなこと、した覚えがない。養子という自覚を持ち始めた頃は、誰よりも下という意識で、誰の迷惑にもならないように、笑顔を消した。暗闇に沈んだわたしを引き上げたのは佳主馬で、彼のお陰でわたしは、養子だと気付く前の笑顔を、感情を取り戻したのだ。それからは普通の、両親がいないこと以外は普通の少女として生きてきたつもりだった。もしかして、それがいけなかったのだろうか。養子の分際で、まるで養子ではないような振る舞いをしていることが気に障ったのだろうか。栄おばあちゃんが死んでからわたしをまた出すことを考えていたと言っていたけれど、ということはつまり、わたしは招かれざる養子だったのだろうか。大切に思ってくれたのは栄おばあちゃんだけだったのだろうか。今の陣内家にとっては、ただの厄介者なのだろうか。
 あの時煩く鳴いていた蝉の声は聞こえず、代わりに冷気が足下からじわじわと浸食してくる。


「やっぱり此処なんだね」

「……」

「もう一回万里子おばさんのところ行こう」

「佳主馬もそんなこと言うの!?昨日、言ってくれたことは嘘だったの…?」

「嘘なわけないだろ!」

「っ」


 納戸にいれば、佳主馬が来てくれると思ってた。優しくまた、昔みたいにわたしをあやしてくれると思ってた。のに、まさか、ビンタされるなんて……。


「佳、主馬…?」

「大丈夫だから。行こう」


 こちらがびっくりするくらい、そのときの佳主馬の瞳には、何も写っていなかった。




130209


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