「おばあちゃん、れんげです」

「お入り」


 目の前には栄おばあちゃん。小さい女の子の声。それは、わたしの身体から発せられている。わたしが、子供になったんだ、子供の頃に戻っているんだ。こうやっておばあちゃんに躾られ、おばあちゃんの部屋の入り方もすぐに覚えたんだっけ。おばあちゃんにまた会えたのに、何だか嬉しくない。寧ろ胸騒ぎがする…。


「お母さんは、いつ帰ってくるの?」


 いつになく真剣な声色で、意を決したように出されたその言葉は、少しおばあちゃんを驚かせたみたいだった。


「いつ、ハワイから帰ってくるの?いつお迎えにくるの?わたしはいつおうちに帰れるの?」


 質問だけがその部屋に溶けて、後に流れるのは沈黙。おばあちゃんは口を開こうとしない。お母さんからおばあちゃんへ、渡された一通の手紙に書いてあったんじゃないかと、幼いながらも考えて。
 確かこの頃、わたしは5歳くらいだったか。陣内家に来た時よりも随分と髪も伸び、背も大きくなった。遠くにジリジリと煩く蝉が鳴いている。


「…来ないんだよ」

「こない?」

「れんげのお母さんはお迎えに来ない。れんげはこれからずっと陣内家の子だよ」

「じゃあお母さんにはもう会えないの?」


 また、おばあちゃんは口をつぐんだ。そして、近くに置いてあった水の入ったグラスに口を付けた。


「ねえ、おしえてよ!お母さんに会えないの!?」


 小さなわたしはまだ知らない。沈黙は肯定だってことを。全て吐かせなきゃ気が済まない。そう急かすように。


「そうだよ」

「…おばあちゃんのうそつき!お母さんがくるまで陣内家にいるって、言ったのに!」


 思わず駆けだした幼いわたしを、呼び止める声はなかった。
 悪いのは全部おばあちゃんだと思ってた。わたしを騙したってそう思ってた。お母さんに会えないなんてそんなの嘘、お母さんに会いたい、お母さん助けて…。

 向かう先は一つしかない。大好きな人が待っている、あの場所。佳主馬ならきっと分かってくれるって、そう思って、何度も転びそうになるのをこらえて、走った。


「かずまっ」

「…どうしたの、その顔」

「かずまあああああ」


 きっと今にも泣き出しそうな顔をしていたんだろう、一瞬わたしを心配して、本格的に泣き出したわたしの為にパソコンを閉じて頭を撫でてくれた。


「お母さんがね、もう来ないんだって」

「……」

「ずっとずっと待ってたのに、おばあちゃん、かくしてたの」

「…うん」

「きっとれんげが聞かなかったら、言わないつもりだったんだ…!」

「……」

「かずまあぁああぁ」


 言葉少なにして、頭を撫でてもらい安心したのか、わたしは佳主馬のタンクトップをびしょびしょに濡らした。
 少しだけ落ち着いてきたときに、佳主馬はこう言ったんだ。


「おばあちゃんだけが、悪いわけじゃないよ」

「…なんで?」

「れんげのお母さんがちゃんとれんげに言ってたら、こうはならなかった」

「お母さんは悪くない!」

「よくかんがえて」

「……」


 黙りこくったわたし。きっと何か考えているんだろう。佳主馬の言葉なら受け止めるって、この歳で佳主馬に分かられてるなんて、全く恐ろしい子だ。


「じゃあみんな悪くない」

「なんでそうなったの?」

「お母さんも悪い、おばあちゃんも悪い、みんな悪いからみんな悪くないの」


 でも、れんげは悪い子。そう呟いたのが聞こえた。多分、佳主馬には聞こえてないだろう。この時からか、自分の中の捨て子意識が強くあるのは。自分は悪い子だから捨てられたんだ、と。


「じゃあおばあちゃんに謝りに行こう」

「うん、ちゃんとごめんなさいする」


 佳主馬に手を引かれ、わたし達は納戸を出た。




130119


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