※いつにも増して酷い痛い















「ごめんなさい、ごめんなさい」

「何で謝ってるの」


 この謝罪は、赦しを乞うというよりは、罪の告白といったものだった。


「何か覚えがあるの?」

「いや、ちが」

「記憶にないのに謝るんだ?安いね」


 突然遠子の身体を噛み始めた孝支に、とりあえず謝っているというほど遠子も馬鹿ではない。しかし孝支はそれに気付いていない。


「……っひ、」

「……」


 泣かせた、と孝支は戸惑った。声を押し殺して泣く姿は自分と酷く似ていると思った。今まで感情的に遠子が泣く姿を見たことがなかった。そりゃ勿論ことを行うときなんかに生理的な涙は見たことがあるが、こんな風に、感情的に泣く遠子を孝支は知らなかった。

 傷付けたのは俺だ。他の誰でもなく。でもどうして遠子が謝っているのかわからない。じゃあ怒らなくたっていいんじゃないか。いや違う。怒りたいんじゃない。けど意味もなく遠子に腹が立ったのは事実だ。ありもしないことに頭をさげて、俺の機嫌ばかりを窺っている。そんなオモチャみたいな姿も嫌いではないが、意思がないのは詰まらない。けれどきっと遠子はどうして俺が怒っているのかそれすらもわかっていない筈だ。腹立たしい。


「ごめんなさい」

「いい加減謝るのやめなよ。不愉快」

「聞いてください孝支さん」


 涙をはらはらと流して、遠子はぽつりぽつりと語り始めた。


「わたし、本当はこんなところにいちゃいけない人間なんです」


 こいつは何を言っているんだ?孝支はわからなかった。ただ、何かに対して罪悪感を持ち、謝っているということだけはわかった。


「孝支さんがわたしを必要としてくれるから、安心してわたし此処に居続けちゃうんです」

「必要だなんて一度も言ってないけど?」

「でも、孝支さんがわたしにしていることに対して、ずっと自分は可哀想な子だと思ってたんです。自分のことは棚にあげて、先輩にいじめられてる可哀想な子だって。孝支さんからの好意にだって、ちゃんと気付いてたのに!」


 案外この子は、馬鹿ではないのだと孝支は気付いた。自分の愛情表現はわかりにくいということは自負しているが、まさかこんなにまでも伝わっているとは。こんな風に打ち明けてくれているのも、彼女が自分をそれなりに愛してくれているからなのだろう。


「でも、孝支さんから受け取る好意が嬉しくて今までずるずるといてしまいました……だから、わたしは此処にいちゃいけないんです、こんなこと思ってる時点で、孝支さんの側にいちゃいけないんです」

「じゃあ遠子もいじめる側になってよ」


 本当だったら此処で、自分が好きかどうかを聞くのだろうと孝支は考えた。でも、そんなこと聞いてやらない。俺に好意を抱かれた時点で、離してやる気など更々ないのだから。


「そうしたら遠子も俺と同じ側になるべ」

「……何をしたら、いいですか?」


 嗚呼、そんな怯えた顔で見ないで。ぞくぞくする。


「この前から考えてたんだけど」

「はい」

「舌を少し、切ってくれないかな」


 困惑した表情の遠子。そうだよね、確かにそれが苛めることになるのか、ちょっと難しい。寧ろやっぱり苛められてるんじゃないか、ってね。


「切り落とすんじゃないよ、切り込み入れるの。それで、出てきた血を俺に飲ませてくれればいい。自分の血を飲ませるなんて、ちょっと度が過ぎたいじめじゃない。ね?」

「……はい」

「カッターはある?」

「あります」


 リュックからごそごそと取り出している。流石は女子。筆箱に何でも入っている。少し長めに刃を出して、柄の方を孝支に差し出した。


「見えないので。孝支さん、お願いします」


 べえっと出された舌に受け取ったカッターを入れていく。切れ味が言い訳ではないらしく、刃が引っ掛かる感触は何とも気持ち悪い。


「んっ、ふ、……」


 つう、と溢れだす血を溢すまいとその唇にかぶり付いた。痛みからか涙をぼろぼろ流す遠子を目を逸らさずに直視して、羞恥に頬が赤くなるのを確認した。嗚呼、えろい。俺とキスをして、こんな嗚咽聞かされて、その上『食事』ができるなんて。頬を流れるその涙がとても、綺麗で。きっと今痛みしかないだろう、与えられるその痛みにひしひしと堪えているんだろう。ただ血を吸うだけならそこに快楽があるから双方のメリットになる。今はただ、痛みに耐えるだけで気持ちよさも何もない。いや、キスに酔えているなら話は別だけど。


「好きだよ」

「っ」


 林檎のように真っ赤に染まった。俺に献身的な遠子が好きだよ。


 消毒もせずに使ったカッターの所為で菌が入っていたら、その時はその血を吸ってあげよう。




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