「こんにちはー」
「お、いらっしゃい。見学希望?」
「はい!」
わたしを出迎えてくれたのは髪の色素の薄い、涙黒子の先輩。男バレは優しそうな人が多いなあ。と、思いきや奥に大きくてイカつい人もいる。あれって、あの東峰さんだ…。男子が社会人みたいにデカい人が三年にいるって騒いでたっけ。東峰さん、バレー部だったのか。
「あれ、桐山さん」
「今日は見学させてもらうの」
「そうなんだ。それでさっきは主将のクラスを」
「うん」
「おい田中、パイプ椅子出してやれ」
「何で俺なんスか菅原さん!」
「一緒に来てただろ?仲良いんじゃないの?」
「違いますよ!」
「えー田中ひどーい」
「桐山お前なあ!」
「ははは。パイプ椅子の場所どこ?自分で取ってくる」
「いやいいよ俺取ってくるから」
「いやいいって自分でやるから」
「何遠慮してんだよお前らしくない」
「遠慮なんかしてないわ!」
「やっぱ仲良いんじゃん!」
「違います!」
「菅原さん!」
少なくとも私は気兼ねなく話せるという点で田中とは仲良いと思ってるから違うとは言ってないけどからかわれるのは不本意なのでさっき覚えたばかりの先輩の名前を叫んだ。
「先輩」
「ん?影山」
「椅子、どうぞ」
差し出されたのは口論の元になってたパイプ椅子で。口喧嘩してるのを見かけて持ってきてくれたみたい。なんだか申し訳ないな。
「あーほんと影山は気が利くな、どっかの坊主とは違って」
「俺を見んじゃねぇ!」
「ありがとう影山」
「いえ」
「おい無視すんな桐山!」
「田中はそろそろ黙ろうね」
「菅原さんまで……」
菅原さんにまで制されて、ざまあみろだ。田中は一度反省したらいいのよ。
その後ずっと彼らを見ていたんだけど、本当に凄かった。特に影山は。ミスなんか全然なくて(素人には分からないようなミスしてるのかもしれないけど)一つ一つの動作が丁寧で、綺麗で。気付けば彼を目で追っていて、焦って他の人を見ることもあった。あの、菅原さんとかいう人はそういうのにすぐ気付きそうだから気をつけなきゃ。別にバレたらいけないとか、そんなんじゃないんだけど。
「「あざーっした!!」」
叫び声みたいな挨拶で部活が終わってそれぞれが掃除とか片づけだとかをしている。モップまで叫びながらダッシュでやっている西谷は相変わらずだ。西谷と同じくらいの背丈の一年が西谷の後をついてモップがけをしている。よく影山と言い合いしながら練習してた子だ。
「そんなに王様が気になりますか」
「えっ?」
急に話しかけられて見上げると、眼鏡の背の高い子とちょっと忙しない一年がわたしの前にいた。
王様。初めて影山を見た時に、西谷と田中が言っていた言葉だ。もしかして影山ばっかり見てたの気付かれて。
「そうね、気になるかも」
「……曖昧」
「名前は?」
「名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀なんじゃないですか」
「……わたしは桐山はつ。貴方は?」
「ツッキー!月島蛍って言うんだ!因みに俺は山口忠!」
「うるさい山口」
「ごめんツッキー!」
「そう、月島くん。どうして影山は王様なの?」
「本人に聞いてみたらどうですか」
「じゃあそうするわ」
月島くんが大好きな山口くんと、食えない奴月島くん。そんなところかしら。
「それから」
踵を返した彼等を呼び止める。
「影山をずっと見てたというなら、君はわたしを見ていたのよね?」
何か言うかと思っていたが彼は顔をしかめて、それから何も言わずに立ち去った。山口くんが心配そうに声をかけるとうるさいと一蹴されて終わっていた。
「桐山!」
「なに」
「肉まん!」
「あ、そうだった」
「桐山さんも坂ノ下行くのか?」
「はい、田中と約束してるので」
「ほんと仲良しだねー」
「…菅原さんそれ言いたいだけですよね」
「ばれた?」
悪びれた様子もなく笑うのは他の人にやられたら確実にイラっとするのに何故だか菅原さんには怒る気がしなかった。
澤村さんがみんなに声を掛けて「坂ノ下行くぞー」なんて言っている。あれ?みんな?
「バレー部皆さんで行くんですか?」
「そうだよ」
「じゃあ私がいたら邪魔に…」
「そんなことないべ」
「スガの言う通りだ。人数多い方が楽しいしな」
帰り道は兎に角笑い声が絶えなかった。さっきはずっと影山しかみてなかったから分からなかったけど、バレー部の皆さん明るくて温かい感じがする。
「どうだった?見学は」
「えっと、青春を見た気がしました」
「はは、青春か。それは褒め言葉だよな?」
「勿論!」
「良かった」
「そういえばマネージャーの方は来なかったんですね」
「ああ。清水は反対方向だから」
バレー部の美人マネージャーの噂はかねがね聞いていたが、本当に美人で、百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。あの美人マネージャーさんと一緒にいられるなら、バレー部のマネージャーになってもいいなあ、なんて思う。三年が引退したら誰かが引き継がなきゃいけないんだし。
「また見学行ってもいいですか?」
「勿論。いつでもおいで」
「ありがとうございます!」
「桐山ー、肉まんー」
「あーはいはい」
流れで澤村さんから肉まんを奢っていただいたのだけれど(私は何度も断ったのだが)彼と同じ物を食べているという意識が、ちょっと特別なモノにさせた。
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