最初は廊下を走ってる彼を注意するという普通の可愛い女子らしからぬ(自分が可愛いとかそういうことを言ってる訳ではなくてですね!)行動で彼と知り合った訳だが(生徒会でもないのにくどくど煩いと皮肉をもらうこともあるけど)、最近では彼を見かけると目で追うようになってしまっている。勿論気になる程度だけど。


「影山くん!あ、……」


 影山くんは振り返ると、一瞥してまた歩き出した。隣にいる女の子から睨みをくらう。なんだ、彼女いたんだ。影山くんの腕に絡み付いているのを見ればそんなことは一目瞭然だった。でも、今まで影山くんがわたしを一瞥したりすることなんかなかったのにどうして。いつもの睨んでいる顔とは明らかに違う、悪意の籠もった顔、だったように思う。───どうしてこんなに胸が痛くなるの。どうしてこんなに苦しいの。ただいつもと違う顔されただけじゃない。


「桐山、ひどい顔してるぞ」

「西谷……っ」

「わ、なんで泣くんだよ!どうした!?」


 自分よりも小さい西谷に頭を撫でられるのも、そう悪くないな。心配そうに覗く顔と、頭に乗せられた手に酷く安心して、後から後から涙が止まらなかった。わたし、こんなに影山くんのこと好きだったのか。だからこんなに心臓が痛いのか。ただの後輩だったのに。苗字呼ばれただけで浮かれて、その晩はなかなか寝付けなかったとか、何で名前知ってるんだろうとか。年下に振り回されて、みっともない。


「何も、無いの……ごめんね、西谷」

「お前何か悪いことしたのか?」

「……え?」

「悪いことしてないなら謝る必要はない!」


 な! そう言って一層手に力を込めた。ちょっと痛いよ。


「ありがとう、西谷」

「いいってことよ」


 親指を立ててシシ、と笑う姿が何だか眩しく見えた。わたしはなんて良い友達を持ったんだろう。


「ノヤっさん!もしかして……」

「ちげーよ龍!アホ!」

「田中ジュースおごって」

「ハァァ!?」

「いいから!」

「いいワケねーだろ!」


 こんな幸せがずっと続けばいいのに。こうやってみんなと阿呆らしいことやってワイワイやってられる日々がずっとあればいいのに。そう思うのに彼女が言った「行こ、飛雄」の声がわたしをかき乱して、平然を装うことなんて出来なかった。彼女の声で彼の名前なんか、知りたくなかった。




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