夕方。インターホンが鳴った。親が帰ってくるのはもう少し後だし、宅配か何かだろうか。寝るのにも飽きてきたところだ。
「はい」
『桐山さん』
「か、げやま……」
返信なかったし、まさかとは思ってたけど、本当に来るなんて、
「何で来たの。私来ないでって」
『来ないでとは言われてないです。風邪移したくないから、ごめんって』
「来ないでって言ったつもりだった」
『俺が風邪移ってもいいから、来たんです』
「良い訳ないでしょ、影山みたいな良い選手がそんな、わたしみたいな人に風邪移されて、休みとか、良い訳ない……」
ごめんなさい影山。本当はわたし、凄く嬉しい。もしかしたら来てくれるんじゃないかって、少し期待してた。今日1日、なんかやけに寂しくて、影山に会いたいって何回も思った。だから今こうやって、モニター越しに影山に会えて。凄く嬉しい。
『泣くほどつらかったんじゃないですか』
「ちが、」
『辛かったら頼っていいんですよ、桐山さん』
「……っだめ、なの……お願い、帰って」
『会いたい』
「っ」
『だめ、ッスか?』
「……帰って…!」
会いたいからって会っちゃいけないんだよ。影山が部活休んだら主将さんに迷惑かけるし、日向くんだって田中や西谷だって心配する。みんな困るんだよ。だから、
『いつまで気、張ってるんですか』
「え、」
『桐山さんは病人なんだから、もっと甘えてりゃいいのに、何をそんなに必死になってんだよ。いつもいつも思わせ振りな態度して期待させといて、そのくせ肝心なところではぐらかすし。俺ばっか翻弄されて、馬鹿みたいじゃないすか』
「そ、んな……」
そんなつもりじゃなかった。ただ、わたしの勇気がないために、踏み込めなかっただけ。
『逃げるなよ』
「っ、」
『俺、桐山さんが好きです』
「……でんわ、かける」
言い残して自室にあがり、すぐさま影山の番号を押す。逃げる訳ない逃げられる訳ない。仕掛けてきたのは全部わたしだから。少し頭の中整理したいけど、そんな時間も与えてくれそうにない。ならもういっそのこと、全て思うがままに話せばいい。
さっき泣いて、酷い顔してるから、ほんとは顔見せたくないんだけど。でもこういう話は、お互い顔が見えてる方が絶対に良いから。
「影山」
『桐山さん』
「二階の窓」
『……やっと会えた』
ちょっとだけ、嬉しそうな顔をしてる。わたしを心配して、部活後に駆けつけてくれるなんて、他にこんな人いないよ。
「……すき」
『はい』
「最初からずっと、好きだった」
『過去形ですか』
「…現在進行形」
『良かった、俺もです』
ああきっとわたし、今とてつもなく不細工な顔してるんだろうなあ。泣き顔だし、嬉しくて頬緩んでるし。
『俺今あの、すっごい桐山さん抱き締めたいんスけど』
「だめ。風邪移っちゃう」
『別に良いで、』
「わたしが良くないから」
少しむくれてる顔も、凄く愛しい。本当はわたしだって今すぐ降りていって影山を抱き締めたい、けどさ。
『頑固ッスね』
「明日か明後日には絶対学校行くからそん時」
『お預けってことですか?』
「うん」
『上等』
「あとさ、敬語取って」
『?はい。……あっ、』
「フェアでいたいの。ね?」
『わかった』
「じゃあもう今日は遅いから気をつけて帰ってね」
『まだ帰りたくねぇ、けど。明日来れないようだったら連絡してください、俺が心配するんで。で、来れたら教室まで来てください。待ってるから』
「敬語敬語」
『け、敬語はそのうち直る!』
「うん、わかった。おやすみ」
『俺まだ寝ないけど?』
「わたしが寝るの。おやすみ」
お預けくらってにやりとしちゃうところも、敬語がすぐに直らないところも、おやすみを勘違いしちゃうところも、全部全部愛おしい。
『おやすみ、……はつ』
な、まえ…!と気付いた頃には電話は切られていて走っていくところだった。こんな頬が熱くちゃ寝るに寝れないっていうのに!
明日学校、行けるといいな。
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