「たーなかー!忘れ物ー!」
「あ!この前の!」
「えーっと、」
「日向翔陽っていいます」
「日向くん!田中呼んでもらっていい?」
「ハイ!」
威勢よく返事をして田中の方へ走り去っていった元気な一年は、日向翔陽というらしい。あの、西谷と似てるっていうか同じ匂いがするっていうか、そんな感じの子。この前見学に来たってすぐに気付いてくれたし、わたしも彼の名前くらい覚えなくては。
ちょっとめんどくさそうな顔をしながら田中はこっちへ歩いてきた。
「何だよ桐山」
「これ。教室に忘れてた。お弁当箱置いてったらお母さん大変でしょ?」
「あーワリィ」
「……」
「……あ?離せよ」
「ありがとうは?」
「サンキュ。これでいいか?」
「はい。どういたしまして」
「あーウゼウゼ」
「何よ、届けてあげたのに。じゃあもって来なきゃ良かった」
「……っだーもうめんどくせーな!悪かったよ!俺が!」
「分かればよし」
「……めんどくせぇ」
「ブツブツ言ってないで早く部活戻れば?」
「チッ」
「あ!舌打ちなんかしちゃ駄目でしょ!」
「るせぇ!」
最後までぶつぶつ言いながらみんなの中に戻って行った。もう、折角お弁当箱持ってきてあげたのに。
視線を感じて振り向くと、影山がこちらをじいっと見ていた。影山の視線の先にわたしがいる、のかもしれないという事実に胸高鳴りながら、でもこの目が合っている状況を何とかしようと、首を傾げた。
声を掛けるにも遠すぎて、流石に用もないのに大声を出すのははばかられる。それでも尚見つめてくる影山に、どうしたらいいかわからなくなってきた。
「影山」
「……」
「おい、影山!」
「!スンマセン」
大声になるまで自分が呼ばれていると気付かなかったらしい。目に映る影山は申し訳なさそうに頭を下げていた。
今日の影山はなんだか変だ。いや、今日に限ったことじゃない、ここ最近の影山が変なのだ。聞いても教えてくれないから分かんないし。
「どうしたんだろう…」
「また王様ですか」
「ねぇ、何で王様なの?」
「まだ聞いてなかったんだ。それとも教えてくれなかったとか?」
「いいじゃない別に。何だって」
月島くんは、またわたしをからかいにきた。まだ二回くらいしか話したことないけど、わたしはこの子がいけ好かない。何でもかんでも嘲笑ってくるみたいだし、その顔で見下ろされるのも、嫌。ていうか何でわたしに突っかかってくるのかも謎。
「……」
「教えてくれないならそれはそれでいいけどさ、戻らなくていいの?」
「月島ー!」
「菅原さんだ。ほうら、言わんこっちゃない」
「言われなくても戻ります」
だから、その目が、好きじゃないんだって。後ろ姿に毒づいた。
さあて、用も終わった訳だし、帰ろうかな。
「桐山さん!」
「今日はかわりばんこで人が来るんですね」
「ははは」
踵を返そうとしたわたしを呼び止めたのは先程の菅原さん。きらきら光る汗をタオルで拭きながら走ってきた。相変わらず美人だ。
「今日見学してかない?勿論時間あったら、でいいんだけど」
「何かあるんですか?」
「いや、何もないんだけどね」
「この後暇なので、じゃあお言葉に甘えて」
「良かった。影山!椅子!」
「ハイ!」
「え、椅子くらい自分で……」
「いいのいいの。やらせとけば」
あ、今ちょっと菅原さんの黒い部分垣間見た気がした。影山はすぐにパイプ椅子を持ってきてくれてまた練習に戻っていった。影山の汗もきらきらしてる。
「あーおっかない」
「何がですか?」
「いや、こっちの話」
「そうですか」
「うん。あのさ、ちょっと見てて思ったんだけど、桐山さんってお母さんみたいだよね」
「えっそんなに老けてます!?」
「ごめんごめん、そうじゃなくて、さっきの田中のお弁当とか、廊下走るなだとか、舌打ちとか」
「廊下……三年生まで噂回ってるんですね…」
「んー、ていうかまあ、聞こえるから」
「そうなんですね…」
うわあ恥ずかしい。先輩にまでわたしのそういう噂が回っているなんて知らなかった。とは言え自分が間違ったことしてるとも思わないから変えないけど、でも、やっぱり恥ずかしい。
「落胆することじゃないよ。桐山さん世話好きそうだし、」
「もしかしてマネージャー勧誘ですか?」
「バレちゃった?」
「はい」
そう言うと菅原さんは悪戯っぽく笑った。
態々誘ってもらったし、確かにマネージャーになれば影山と過ごす時間は増えるけれど、影山がカッコいい時に仕事してなくちゃいけないだなんて無理な話だ。影山が一番カッコいい時、影山を見てたいもん。だったらわたしは一生見学してる。
「美人な清水さんと一緒にいられるのは女子のわたしでも嬉しいですが、遠慮させていただきます」
「え、マネージャーやらないの!?やってくれるだろうと思ってたんだけどなあ……」
「すみません…」
こう、目の前に美人がいると悲しませたくないばっかりに「やります!」とか言いたくなっちゃうけど此処は我慢よはつ。カッコいい影山を見る為なんだから!
「でも、見学に来たときに気が向いたらお手伝いもさせていただきたいので……!」
「ありがと、清水に伝えとくよ」
そう言って、菅原さんも練習に戻っていった。ちょっとした罪悪感は残ったままだけど、多分そのうち消えるだろう。菅原さんが美人なのがいけない。
*****
「「「おつかれっしたー!」」」
この前と同じように練習が終わって、みんなが解散していく。外ももう随分と日が傾いていた。
「今日も坂ノ下寄る人ー!」
「はいはーい!」
「すいません、俺先帰ります」
「そうかー?気ィ付けてなー」
「ぅわ!?え、影山!?」
今日影山は坂ノ下寄らずに先に帰っちゃうのかー寂しいなーまた一緒に肉まん食べたかったのに、と心の中で呟いてたら、気が付けばわたしの腕は影山に掴まれ、半ば引きずられるようにして第二体育館を後にしていた。
やっぱり影山、変だ。
「どうしたの?」
「どうもしてません」
「いや、そんな訳ないでしょ」
「どうもしてませんって!」
「!!」
そんなに怒鳴らなくたって、いいじゃんか……。でも何も話してくれない。こういうのは彼女でも何でもないただの同じ学校の先輩ってだけの人には話さないのかもしれない。でもさ、やっぱり気になるんだよ。そんなに頑なに言われたらこっちも追及できないけど、それでも気になっちゃうんだよ。
「俺にも、わかんねぇんだよ」
最近一つ気付いたことは、影山は切羽詰まると敬語が外れる。多分頭の中で処理しきれてないのかもしれない。きっと、影山の頭の中はわたしの知らない「何か」でいっぱいいっぱいなんだ。
「何でこんなに田中さんにイライラすんのか。全然わかんないんスよ。さっきだって菅原さんと仲良さげに話してたし」
「……」
「この前の見学の時も坂ノ下行った後すぐいなくなってるし。なんなんですか!」
「え、ええ?いや、この前はこれ以上みんなの雰囲気壊すのはアレだなーと思って、帰ったんだけど」
「アレって何スか!そういうのもういいんですよ!とにかく今日は送らせてください」
「い、いいけど……いや、よくない。悪いからいいよ!」
「だからそういうのもういいんですって。こんな暗いのに1人で歩いて何かあったらどうすんですか!」
「いやあ、こんなわたしなんかに何があるっていうのー」
「そういう緩みが命取りなんですよ!」
なんていうか今日の影山は、本当に変だ。こんな剣幕で怒られたことないんだけど…ていうかこれ、怒られてる、の?
「じゃあ、お願いします」
「ハイ」
その後はまた時々怒られながら家に着いた。踵を返すところを見て、やっぱり迷惑だったんじゃないかと思うんだけど、大丈夫かなあ。
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