「あの、手続きをお願いします」
「え、はい」
買い物を済ませて編集部に行こうとしたら受付の綺麗なお姉さんに止められた。やっぱり今は雄二郎さんの顔パスがないから駄目なんだ。
「誰のご紹介ですか?」
「週刊少年ジャンプ編集部の編集長に言っていただければ」
「暫くお待ちください」
内線で編集長と連絡をとっているらしい。これで中に入れてくれなかったらわたし泣くよ!?
「早く上がってこい、とのことです。それではこれを」
「ありがとうございます」
お姉さんからゲストカードをもらって首に下げた。後で編集長にゲストカードじゃなくしてもらうように言わなきゃ。これから毎日来るんだし。それにしても早く上がってこいってなんだろう?いきなりゴミ屋敷みたくなってないよね…?
*****
「僕の言う通りにやってくれ、僕が担当なんだ!」
「!?」
「あ、おかえり杉田さん」
「えっと、これはどういう状況で…?」
「よくわからないけど港浦と亜城木くんが口論してるね」
「それくらい見ればわかります雄二郎さん」
必死で、真剣な表情をしたサイコーもかっこいいなぁなんて、心の中だけでのろけて、サイコーを横目に編集長の所へ向かう。そもそも、早く上がってこいなんて言ったの編集長なんだし、呼ばれてると思っても仕方ないよね?
「お呼びでしょうか」
「あれを仲裁してこい」
「わたしがですか!?」
「場合によっては立場が良くなるぞ」
てことはつまり、仲裁出来たらトラブルメーカー亜城木のストッパーになるってことか!何その美味しい立場…そんなの、やるっきゃないじゃん!って、シュージンわたしの言うこと聞いてくれるかな…
「僕より新妻くんの方がマンガを見る目があるってことか!」
「新妻さんに「CROW」は描けても港浦さんには描けない…!」
「そういうのは屁理屈って言うんだ…!」
「真城くんそれ言っちゃ駄目だ…」
「ストップ!2人とも大人になって!」
「君には関係ないだろ!」
「直子…!?」
まるでいつからいたんだとばかりの顔。酷いこと言う港浦さんより幾分マシね。
「サイコー、もう子供じゃないんだから駄々こねるようなことは止めて。港浦さんも、一回ストップ。こんなんじゃいつまで経っても平行線だよ?いいの?」
「「………」」
「そうだ、港浦も一回落ち着け」
「服部さん…!」
「高木くんも真城くんも港浦の立場を考えろ。もうそこまで子供じゃないだろ」
わたしじゃ駄目だって編集長が判断して服部さんが加勢しに来たのかな…それだったら嫌だけど、元々は服部さんの仕事なんだしそれを分捕る形になったわたしが悪いよね!うん!
「作家は担当に言われた通りにやるしかないんですか……」
「そうだ。反論があれば担当に正面から言い、担当がついている以上全ての原稿は担当を通すのが筋だ」
この場に流れる沈黙。両者とも譲りたくないのが目に見えてわかる、張り詰めた空気。こんなの、こんな状況を18歳で迎えるなんて。とても同じ学生とは思えない。次元が違うような気がするんだ、こうして来た、今も。
「…わかりました。確かに僕は連載ネームを描いてこいと譲らなかった。亜城木は言われた通り連載ネームを、それも2作描いてきた手も抜いてない。月例賞に出した方は審査してもらい、自分は亜城木くんとこの連載ネームで連載を狙います!」
「何言ってんだ、港浦…」
「話を聞いてると、亜城木くんも悪気があってやった事じゃなくルールを知らなかっただけ…型にはめず思い通りやらせてみるのもいいじゃないですか」
「……」
「そして、もし、この読み切りが本誌に載り連載になって人気マンガになったら僕は編集を辞めます!」
「「!」」
「港浦さん…!」
「馬鹿言うな港浦!それじゃ逃げにしかならないだろ」
「自分のやり方を反省するというのなら構わない。同じ事を繰り返さないようにすればいい。辞めるなんて嫌みになるだけだ」
流石吉田氏。たまには良いこと言うじゃん。
「そうですね……吉田さん、すみません。その原稿審査してらえるよう頼んでもらえませんか」
「マジかよ…じゃあ上に聞くだけ聞いてみてやるよ」
おおおー何だか今日の吉田氏かっこいいな!いつも平丸さんを丸め込んでる感じとは全然違う!
サイコーとシュージンはといえば、港浦さんの辞める発言や、それを撤回したりだとかに振り回されて、みただけでもわかるくらい、疲れてる。
「一部始終話した…まず亜城木くん。もうこれ以上問題になるような事は起こしてくれるな、だそうだ」
「「…はい」」
「審査してもいいが賞は穫らせない。読切として優れていると判断されれば本誌掲載もする」
「おおっ!」
「ただし、連載ネームで連載が決まれば読切は掲載しない。つまり掲載するとしても会議以降。そして連載ネームがつまらなかった場合、読切も載せない」
「つまり連載ネームに全力を尽くせって事だな!」
「「はい!」」
「うん!」
「わかりました、僕もそれでいいです…!」
「一件落着だね!」
今回落ち着いたのは吉田氏のお陰と、服部さんのお陰。あと、編集長のお陰でもあるな、読切審査してくれるって言ってたし。
「じゃあ、こっちのネームも連載会議に出せるようにしっかりやる」
「「はい」」
「杉田さん、行くよ」
「は、はい!」
折角、俺2人とHITMAN10、二つも用意していったのに結局HITMANになって…まぁこれも担当が港浦さんだから仕方ないか。早速ネームの打ち合わせをし始めた3人の話を遠くで聞きながら思った。
「よし、お掃除しますか!」
「杉田、編集長が呼んでる」
「え?はい」
珍しく吉田氏に話しかけられたかと思ったら本日二度目の編集長からのお呼びだし。今度は何だ。
「よくやった」
「いや、でも…わたし何もしていません。一段落ついたのは服部さんと吉田さんのお陰ですし…」
「これからは亜城木が問題起こした時はお前に頼むから宜しく」
「いや、あの…編集長?」
「じゃあそういうことだ。戻っていいぞ」
瓶子さんにまでそんなこと言われて、わたしが口出す隙なんてもう無かった。納得のいかない顔でロッカーの前へと戻ると雄二郎さんがいた。
「亜城木係任命おめでとうー!」
エアークラッカーで何故かお祝いし始める雄二郎さん。そして山久さんまで雄二郎さんの真似しながらやってきた。
「あれって亜城木係だったんですか」
「そうだよ、トラブルメーカー亜城木!全く、若いってのはそういうこともあるから…」
「そういえば杉田さんって何歳だっけ?亜城木くんたちと一緒?」
「セクハラで訴えますよ」
「えっこれセクハラ、か…ごめん」
「嘘です。サイコー達と同じですよ」
「ああ、やっぱりそうかー。若いね」
「ところでお二人さんいいんですか?」
「何が?」
「いつもわたしを構ってくださいまくけど、仕事もちゃんとやってください」
「…はーい」
「杉田さんにそんなこと言われたらかなわないな」
何故か群がる大人達を定位置に戻し、自分の作業を開始させてもらう。とりあえず、みなさんの邪魔にならない窓拭きとかから始めるか。
さっき追い出したばっかで悪いけど、近くにいた雄二郎さんに使っていい水場を教えてもらって窓のサンをとりあえず拭いた。
「杉田さん、真城くんが呼んでる」
「え?はい」
手だけ素早く洗って、サイコーの元へ向かった。サイコーと一緒にシュージンもわたしを待ってくれていた。急に、なんだろう?
「俺達打ち合わせ終わったから帰ろう」
「でもまだあんまり出来てないんだけど…」
「これから毎日来るんだろ?時間は沢山あるじゃん。な、サイコー?」
「そうだよ。どうせなんだから一緒に帰ろう」
「今片づけてくる!」
まさかシュージンからもそんなこと言ってもらえるなんて思ってもなかった。急いで道具をロッカーに戻し、編集長にも挨拶を入れる。半年前、わたしの存在を全否定した彼に、認めてもらえてる。好きな人の、周りの人に。
こんなに嬉しいなんて。
「…なにニヤニヤしてんの」
「ひみつ!」
「「うわっ」」
こんな浮ついた気持ちで平然なんて装える訳なくて、わたしの中の何かを隠す為に2人の腕に巻き付いた。両手に花、ならぬ両手に…なんだ?漫画家?
「帰って話練らないとな!」
「おう!」
「ちょ、直子は口出しすんなよ?」
「はーい」
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