「で、どういう子なんだ?その杉田というのは」

「さぁ?知りません。命の恩人って言ってましたが先輩知らないんですか?」

「全然知らない…筈だ」

「筈って。今は亜城木くん達の仕事場に住んでるらしいですよ」

「仕事場に住んでる!?」

「は、はい」

「……でもどうも、名前に覚えがあるような気がするんだよなぁ…。まあいい。港浦次連れてこい」

「会うんですか!?」

「なんか訳があるんだろう」


*****


「服部先輩ー、連れてきましたー」

「おい港浦、部外者立ち入り禁止だぞ」

「本当に部外者って訳でもないんですよ、真城くんの友達なので」

「また亜城木かー…」

「それじゃあ話を聞こう。ちょっとこっちに」


 よくサイコー達が打ち合わせに使ってる、編集部と同じ階の簡単に区切られただけのスペース。普通だったらこんなところまで来れなくて、新人の打ち合わせ場所だと思うのに。ちょっと特別感。


「服部さんは覚えていらっしゃらないと思いますが、」

「ちょっと待て。どうしてそこで断言できる?」
「何でもです。実際、覚えていらっしゃらないですよね?」

「……」

「話を続けます。わたしは貴方に助けていただいた。詳しいことは言えませんが本当なんです。サイコーに聞けば同じように言うでしょう」


 頭がキレる人はこうだから面倒臭い。下手に事細かに話してしまえば自分の中の矛盾点を解決しようとまわりの人に聞きに回る筈だ。そして、やはり変なのはわたしだということになる。そういうことがしたいんじゃない、わたしは。ただ、服部さんに恩返しがしたいだけ。自分の存在を浮き彫りにしたい訳じゃないんだ。


「だから、何でもいいんです、貴方の力になりたいんです。此処の掃除係でもいい、服部さんの家の掃除でもいい!」

「杉田さん、いくらなんでもそれは…それに僕はその事実を覚えてないのにそんなことしてもらえないよ」

「そんな…!別にいいんです!覚えてなくたって。只、掃除がしたい人だと考えて下されば!」

「いや、しかし…」

「服部さん!」

「服部、もう少し静かにやれ」

「すみません」


 わたしが声をあげたばかりに、服部さんが怒られてしまった。わたしは服部さんに迷惑をかけてばかりだ。


「流石に女の子を家にあげる訳にはいかないし、編集部は編集部でごちゃごちゃしてるけど、他人に触って欲しくないものも多いから…」

「別にいいじゃないか。部屋にあげたって」

「吉田さん!」


 聞いてたんですか!と服部さんは若干焦っている。わたしは編集部の方を向いて座っていたから実は吉田さんがいるのは知っていた。だって味方は多い方がいいし。


「駄目ですよ!未成年なんですよ!?」

「別に編集部にいたって俺は困らないぞ?編集部は男ムサいからな」

「そうですか」

「何の話ですか〜?え?こんな女の子が編集部に!?いいじゃないですか!いてもらえば!」

「山久!」

「野次馬根性出すなよこんなところで!集まりすぎだ!」


 気付いたら沢山の野次馬に囲まれていた。吉田さん、雄二郎さん、キムさん、港浦さん、山久さん…。こういう時、見せ物じゃないんです、とか言うものなんだっけ?


「おい、そこの」

「はい」

「来い。編集長命令だ。お前達は仕事に戻れ!」

 騒がしくなってきたと思ったら瓶子さんからの通告。まさか、編集長からお呼びだしとは…。どうしよう、此処で失敗したら計画は全て終わる…!


「君は誰だ」

「真城最高の友達です。杉田直子といいます」

「港浦」

「は、はいっ」

「どうしてこの人を連れてきた」

「それはわたしが無理を言って、」

「今は港浦に聞いている」

「……」


 何これ、質問どころじゃない、尋問だ…。そんなにわたしが来たことはいけないことだった?


「命の恩人である服部先輩に会いたいと言っていたから、です」

「服部」

「はい」

「お前はこの子の命の恩人なのか?」

「そこまで言われる程のことはしていませんが、倒れている彼女を病院に連れて行きました」

「!服部、さん…」


 どうして!?わたし何も言っていないのに…まさか、このタイミングで思い出した、とか?いや、そんなの困る。今更そんなこと言われたって無理。わたしはサイコーだけで精一杯なのに。ううん、思い出すなんてそんなこと、ある筈ない。きっと命の恩人って言葉から推測して出た言葉。


「まだ何も恩返しができていないから。といっても一文無しのわたしには掃除するくらいしか頭に浮かばなかったのです。もともと恩返しだから見返りなんて求めていません。皆さんの触って欲しくないものには触りません。だから、此処で働かせて下さい!」


 深々と頭を下げた。わたしに出来ることはこんなことくらいしかないけど、やると決まったらきちんとやるもの。だから、どうか、編集長…!


「みんなはどうだ?」

「俺ゴミ溜めちゃうんで、助かります」

「俺は反対です。そもそも部外者を入れるべきではありませんでした」

「相田さん頭堅すぎ。良いじゃないですか女の子の1人や2人くらい」

「俺は君がいようといなかろうとそう変わりはないと思っている。良しとしよう」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 わたしはまた、深々と頭を下げた。良かった、編集長が優しくて。普段は頭の堅いおっさん(サイコーが入院した時は特にね!)だけど、たまに優しいところがあるから、そういうところは好きだ。


「但し、言うまでもないが此処でのことは口外してはならない。勿論、真城くんにもな。わかったか?」

「はい!」

「早速明日から来るといい。今日はもう帰りなさい」

「ありがとうございました!皆さんも、明日から宜しくお願いします!」

「じゃあ港浦、送ってやれ」

「自分で帰れます、大丈夫です」

「そうか」


 最後にもう一度挨拶をして、編集部を後にした。実はまだ、そんなにこの辺に慣れてないから真っ直ぐ帰れるとは思えないけど、皆さんの迷惑になるのは嫌だもんな。


「強がってますか?杉田さん」

「山久、さん」

「お、もう名前覚えてくれました?流石若いなー。送っていきますよ」

「いや、大丈夫です、本当。それに山久さん場所知りませんよね?」

「俺が持ってきたよ!」

「雄二郎さん!」

「山久も馬鹿だよな、住所も知らずに出て行くなんて。俺は港浦から聞いてきたよ」


 小さな紙切れを人差し指と中指で挟んでぴらぴらさせている。用意周到というか、なんというか…。


「さー行こうか杉田さん」

「いえ、あの」
「もう下まで降りて来ちゃったんだ、送らせてよ」

「…好きにしてください」

「うわーつれない返事!」


 どうしてこうなった。右には山久さん、左には雄二郎さんに挟まれて歩いている。わたしはそんなに小さい方じゃないけれど、男性に挟まれたらやっぱり圧迫感を感じる。


「杉田さんって服部のこと好きなの?」

「いきなりそれ聞いちゃうんですか雄二郎さん!」

「そんなんじゃありません。只本当に、何も返せていないから、それだけです」

「律儀だなぁ」


 だって、わたしの為にお金まで出してくれたのよ?入院費から何まで。記憶がないってことはそのお金もなかったことのようにもとの服部さんのお金に戻ってる筈だけど、どんなに尽くしたって服部さんがわたしにしてくれたことは埋まらない。わたしの中でずっと溝で有り続ける。


「すいません、こんなところまで」

「なんのなんの」

「ただいま〜」

「直子、おかえ…雄二郎さん、と誰ですか?」

「山久といいます。最近入社しまして。同じジャンプの編集者です。よろしく」

「宜しくお願いします。直子を送ってくれたんですか?」

「そうそう。この辺に詳しくなさそうだったから」

「ありがとうございました。じゃあ失礼します」


 そうしてドアを閉めた。もしかして機嫌悪い?何かあったのか、な…


「わたしは送らなくていいって言ったんだけどね〜」

「そう」

「あれ、シュージンは?もう帰ったの?」

「うん」

「じゃあ待っててくれたんだ、ありがとう。でも鍵あるから大丈夫なのに」

「心配だったんだよ、」

「え、何が?」

「…何でもない」


 サイコーが、変だ。熱でもあるのかと思っておでこに手を当てても別に平熱だった。また倒れられては困るよ、全く。


「大丈夫?なんか変だよ?家まで送ろうか?」

「1人で此処に帰ってこれないのにそんなこと言わないの」

「うっ…」

「じゃ、温かくして寝るんだよ」

「うん。気をつけてね」


 わたしが部屋の鍵をかけた途端、何とも言いようのない淋しさに見舞われた。何だろう、これ。サイコーと離れたのがそんなに恋しいって?恋人同士かっ!


「もーやめ!早くシャワー浴びちゃお」


 報われない恋って、どうしてこんなにつらいんだろう。誰かが歌ってたな、好きになってくれる人だけを好きになれたらいいのに、って。本当にその通りだ。そしたら世界のどんなに多くの人が救われるだろうね。
───その時、携帯が振動した。

 久しぶりに触るなぁ、この携帯。新着メール一件とある。

直子ー!
  携帯置いて行ってたから、メアドもらっちゃった。
最高です、登録よろしく。



 え?サイコー?


「って、この携帯此処で使えるの!?」


 電波は3本立っていた。




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