「あれ、誰?」
「サイコー女の子拾ったの!?」
「そんな訳ないだろ!」
「杉田直子って言います、はじめまして」
「お、おう。はじめまして」
少しキョドっているシュージンと握手をする。それを見て目をギラつかせている香耶ちゃんとも握手をした。シュージンを狙ってる訳じゃないから安心して。
「小学校の頃、サイコーの近くに住んでて仲良くさせてもらっていたのですが、引っ越ししてしまって。今回此処へ来たのは喧嘩した親への当てつけです。ね、サイコー?」
「あ、う、うん」
「つまり家出!?」
「平たく言えばそういうことになります。暫くの間宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく。俺高木秋人。みんなはシュージンって呼んでる」
「存じております。先程サイコーに説明していただいたので。そちらは見吉香耶さんですよね?宜しくお願いします」
「よ、よろしくー」
柄じゃないきちんとした敬語を心掛けて好感度アップを狙う。だって初対面で「家出」なんて良いイメージしないでしょう。わたしのアドリブに合わせてくれたサイコーにも感謝だ。昔仲良かったってことはサイコー呼びで、タメ語じゃなきゃ可笑しいもの。
それにしても、以前会ったことがある人に見事にスルーされるのはちょっと心が傷むものがある。これからはそんなことばかりだと思うけど。
「敬語っていうのも堅苦しいし、普通でいいよ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。シュージンって呼んで良い?」
「勿論!」
「見吉さんは、香耶ちゃんって呼んでいい?」
「うん!直子ちゃんって呼ぶね!」
病院にいたときとは違う、温かさ。同じ人なのにこの違い。それが寂しいけれど、今回は仲良くやっていけそうな気がする。
「こんにちはー」
「あれが折原くん」
「はじめまして。杉田直子です」
「お、新しい人っすか?」
「わたしはアシスタントじゃないんです」
「そうっすかー」
折原くんが来て、その後ぞろぞろと小河さんと加藤さんが来た。加藤さんとは一度会ったことがあるけど、あの時亜豆と会って、サイコーを諦めたんだっけ、確か。わたしもそれくらい潔くなれればいいのに。でも無理だ。サイコーにフィアンセがいることは最初から知っていて、それでも好きになっちゃったんだから。
「今どの辺なの?」
「何が?」
「漫画」
「あぁ、TRAPの終わり」
「そう、なの」
わたしがいた、あの時期の所為でTRAPの人気が低迷したこと、わたしは知っている。あの時止めていなければ、サイコーが漫画を書き続けていれば、TRAPは終わらなかったのだろうか。でもそんなこと。わたしには時間の流れを変える資格なんてない。
TRAPの後、TENとか色々やって、タントになるんだよね。
「キッチン使っていい?」
「どうぞ」
「香耶ちゃん、ちょっと…」
「なにー?」
香耶ちゃんをキッチンに呼んで、珈琲のある場所と、使って良いコップとかを聞いた。食器は割と何でも使っていいみたいだ。わたしのやることも無いから珈琲をお仕事中のみんなに淹れた。
「あれ…?」
「サイコーどうかした?」
「いや、なんでもない」
*****
「じゃあ失礼しますー!」
「明日は何時っすか?」
「2時は大丈夫ですか?」
「おっけーです!それじゃあ」
「お疲れ様です」
「俺達も帰るか」
「うん、じゃあね、直子ちゃん」
「じゃあなー家出少女」
「その呼び方やだー」
「はは」
仕事を終えてアシスタントさんと共にシュージンと香耶ちゃんも帰って行った。漫画ではアシスタントさんと一緒に帰るなんてことなかったような気が…。わたしがいるからかな、少し居づらくさせちゃったのかもしれない、申し訳ないな。
「ずっと考えてたんだけどさ」
「うん?」
「何で異世界の人間なのにTRAP知ってるわけ?」
「……」
あ、バレた。まだ漫画になってるとか言ってないのに。言うつもりもなかったのに。でも、もう隠しきれないよね。サイコーのこういう頭が良いところはどうも苦手だ。
「漫画だったのよ」
「は?」
「真城最高が主人公のね」
「俺が主人公の漫画?」
「そう。漫画家が主人公の漫画。だからTRAPを知ってるの」
「じゃあ俺が入院してる時、TRAPがその所為で終わるってこと、わかってたのかよ」
「……」
沈黙は肯定のしるし。どうか汲み取って。わたしには刃向かう術がない。
「何でそんな大事なこと言わなかったんだよ!」
「じゃあ言ったところで何か変わったの!?編集長の決定を、わたしごときが変えられるとでも!?」
「でも言うのと言わないのとじゃ違うだろ!」
「違わないよ、何も!」
サイコーと喧嘩したい訳じゃないのに。まだ此処に来て1日なのに。またサイコーとの仲を拗らせてしまう。
「俺はもう帰るからな!鍵ちゃんと閉めろよ!」
最後に投げつけられた寝袋を見て、サイコーは怒っているけどでも優しいと思ってしまう。明日ちゃんと謝ろう。わたしは貴方の身体を思って何も言わなかったんだって。
120430