「はぁ〜」
「どうしたの、溜め息なんかついちゃって」
「新しいバイト始めようかなと思ってるんです」
「「え!?」」
会話に参加してなかった港浦さんまでわたしの言葉に反応してこっちを振り返った。語弊があるかもしれないから言っておくけど、別に編集部に飽きてきたとかそういう訳じゃない。そもそも、此処の人たちは個性的な人ばかりだからそんなことあり得ない。じゃあ何でそんなことを思ったのかっていうと、お金がない。これなのだ。こんなこと言わないけどさ。人からお金もらいたい訳じゃないし。せがむのも嫌だし。
「何で急に…」
「急じゃないですよ、前から考えていましたから」
「俺はやめてほしくないなあ」
「俺も」
ねえ山久、なんてどんどん話の輪を広げていく雄二郎さん。話を大きくしてほしくて話してる訳じゃないんだけど。編集長の耳にでも入ったらどうするの!此処にいれなくなっちゃうかもしれないじゃない!
「辞めるなんて一言も言ってませんよ、港浦さん」
「え、そうなの?」
「辞めたりなんかしたら服部さんへの感謝ができませんから」
「あぁ〜」
「そういえばそうだったね」
雄二郎さん、忘れてたんですか。ちらりと服部さんを盗み見ると、パソコンに向かって何やら忙しそうにしていた。熱心だなあ。なんでこの3人(特に雄二郎さん)はこんなに暇そうなのか。編集部の七不思議その一だな。
でも、お金がない事態は非常に深刻である。だって生活するにはお金が必要だし、前の世界ではバイトして稼いでたけど今じゃそれがない。親だっていないし、つまりはやっぱりバイトしないといけないことになる。帰りに求人誌でも見てみるかなあ。
「杉田ー」
「はい!」
「編集長がお呼びだ」
瓶子さんに呼ばれて心臓ばくばく鳴らしながら歩く。もしかしてさっきの会話、聞かれてたんじゃ…?頼み込んで働かせてもらってるのに新しくバイト始めたいとかそりゃ自己中心的だもんね…もしかしてクビ通達かな、やだな。わたしまだ此処にいたいもの。
「お疲れ様」
終わった…。開口一番この言葉。嫌です、わたしまだ働きたい!折角この世界にいるんだもの、いろんな人と関わっていたい…!
「ごめんなさいこれからもちゃんとやりますからどうか辞めさせないでください…!」
「何を言ってるんだ?」
「…へ?」
「よくわからないが、はい。一ヶ月よく頑張ったな」
編集長が手にしているのは白い封筒。表に「お給料」と達筆な字で書かれている。あ、そうか。今日で働き始めて1ヶ月なのか。もう、そんなに経ったんだなあ。
「色んな事情があるようだから現金で用意したが、良かったか?」
「…どうしてですか?わたし、給料いらないって、初めに…」
「此処で働いてもらっている以上、タダ働きさせる訳にはいかない。それだけだ」
「ありがとうございます…!」
「これからも宜しく頼む」
「はいっ!」
よかった、これでもうお金の心配しなくていいんだ。流石編集長、筋が通っている。
「どうしたんですか、港浦さん。そんなに慌てて」
「これから亜城木くんたちと下で打ち合わせなんだ」
「じゃあわたしもついて行っていいですか!?」
「えっ…部外者は…あ、でも杉田さんは亜城木係なんだったな。まあいいだろう」
「ありがとうございます!」
サイコーたちが今何をやっているのか正確に分かるのはやっぱり打ち合わせだし。できればその場にいたい。帰ってからサイコーに聞いてもいいんだけど、それだと話の漏れもありそうだからね。
打ち合わせ、3番スペース。わたしは港浦さんの隣に座った。一応編集部側の人間だから…というよりかは椅子の余りがそこしかなかったから、の方が正しいかもしれない。
「早速だが連載会議の結果を……杉田さん言ってないよね?」
「ええ勿論」
「じゃあ、始まるのは25号『BBケンイチ』、26号『スペース・イエロー・ゲート』、27号『I am ジャンプキング』。終わるのは『怪盗チーター』、『黒帯ナイン!!』、『ツタヤのタツヤ』」
「やっぱり『チーター』終了ですか……」
「それで、『TEN』に関しての意見は……全体的に好評価ではあるが、もう少し『TRAP』との連載期間を空けてもいいだろうと読切になった」
「それだけですか?」
サイコー、流石だな。鋭い。港浦さん資料見ながら自分の都合の良いことしか言ってない。きっと、余計なことは言わなくていいとか、そんなこと思っているんだろう。
「月例賞の『Future watch』の方は?」
「……そうだな、『Future watch』は月例賞の中では一番良い評価をしている。ただ、キャラクターの評点だけは5段階評価で3だった」
「キャラかー!!」
キャラが弱いのは、描いてる本人が一番分かってる筈。
「読切2本のアンケート結果で良かった方で連載狙うと考えていいんですね」
「そうなるな。勿論連載を狙っていいだけの結果でなければ駄目だが」
「何言ってるんですか港浦さんこの2人は連載にできるものしか持ってきませんよ」
「それもそうだな」
「はい!」
「それで、具体的に何位以内とかあるんですか?」
「決まりはないが、そうだな……一桁には入ってほしい。票数的には150票。これだけ取ればまず二桁という事もない。しかし、君達の場合編集部の期待も大きい…そうだな、5位だ!5位は穫りたい!」
「5位!」
「あれ、ちょっと待ってください。2本とも新連載の始まる号に載るんじゃ…」
そう、今回は異例尽くめで色々とやりにくい中での掲載……。そりゃ編集部もばたばたする訳だ。『TEN』は『BBケンイチ』と同じ号で、高浜さんとも競争することになる。「新連載より上を行く!それを目標にする!」と港浦さんは意気込んでいるけれど。
「じゃあ『TEN』を読切用に直すが…」
「これ読切にするって難しいですよね、決着つけないと読切らしくならないし」
「よりコメディータッチにすれば何も問題ない」
あ、サイコーが険しい顔になってる。多分シュージンに笑いは合わないとか何とか思ってるのかも。
「サイコー、どうかした?」
「いや、何でもない。港浦さんの言う通りにやろう」
港浦さんの言う通りにやって票を減らす作戦かな?分からないけど。
*****
「はー打合せ終わった…」
「2人ともお疲れさまです」
「俺はもう帰るよ」
「うん、気を付けてね」
笑顔でシュージンを見送って、戻ってくるとサイコーは携帯の画面を見つめていた。多分、亜豆だろう。そう思った瞬間、胸の奥がきゅうっと痛くなる。
「あ、わたしシャワー浴びてくるね!コーヒーカップとかそのままにしちゃっていいから!」
わたしの言葉に目もくれず、サイコーはメールの返信に考え込んでいるようだった。蛇口を捻り、熱いシャワーを頭から被った。なにより、この汚い嫉妬心を消し去りたかったのだ。
130512