「名前、危ないっ」
「えっ?」
振り返ると、何かにつまづいたらしいジョニーの持っていた大きな荷物が宙に舞い、そのなかの1つのビンの中身がわたしに降りかかった。その部分から段々と体が見えなくなり胴、足、手が消え、そろそろ頭に到達するであろう頃に、世界が消えた。
「え?え?」
「名前ごめんー!」
すぐ近くでジョニーの声がする。どうやら視覚を奪われただけで聴覚は大丈夫みたい。感覚で、手を鼻に近づけてみる。薬の匂いがする…。嗅覚も、大丈夫。
「ジョニー、どこ?」
「ここだよ!もしかして、……見えてない?」
「真っ暗…」
「今お前は透明人間になってるんだ」
「透明人間?わたしが?」
リーバー班長の声がする。さっきのジョニーがコケる時の物の大きい音を聞いて来たのだろうか。
「そう。だけどそいつは失敗作で網膜が透明だから光が映らずに…ってわかるか?」
「すみません全然…」
「まあ簡単に言えば透明なガラスに映画を当てたって映らないだろ?そういうことだ」
「はあ」
イマイチピンときていない私に、この変な薬が失敗作なのではなく、透明人間は目が見えないのは普通のことらしい。つまりよくある透明人間てのは全くのフィクションらしい。(当たり前だけど)科学班に配属になってから何度も変な薬被ったことあるけどこれは初めてだ。心配だったから聞いてみたけどいつもの薬と同じように数日でもとに戻るみたい。身体だけが透明で、着ている服や、頭につけいているリボンなんかはそのまま見えるらしい。てことは私は今幽霊みたいになってるのか。端から見たら怖いだろうなあ…
「はあ」
目が見えなきゃ何も出来ないからリーバー班長から元に戻るまでお休みを頂いたけど、部屋で1人でいるのもつまらないし、研究室の隅に腰掛けることにした。何より、光の入らない真っ暗な世界で1人でいるのは怖いから。
*****
「名前っ」
声がした。任務帰りのあの人の声が。誰かが言ってくれたんだろうか。パタパタと走り寄る音がする。そうしてわたしは彼に抱き締められた。
「おかえり、アレン」
「ただいま」
暫くわたしたちはそのまま抱き締めあっていた。今日見送りに出した筈なのに、長い間会っていなかったような。そんな気がした。アレンはとてもあったかくて、この温かさをもう離したくないとさえ思った。
「僕がいない間にこんなになっちゃって…」
「誰かに聞いてた?」
アレンはわたしの質問には答えず、抱き締める手に力を込めた。
「そういえば今何時?」
「もうすぐ12時の筈」
「もうそんな時間なんだ。アレンご飯は?まだでしょ?」
「はい」
「じゃあついてく!」
「食堂行きますか」
「わぁっ」
急にお姫様抱っこをされて慌てていると、わたしの腕をとって首にまわしてくれた。テンパってるわたしの顔とか見られないのは嬉しいけど、何も見えないのが悲しい。わたしとしては手を繋いでもらって行こうと思ったんだけどそれでも前が見えなくて歩くのが怖いってわかったのかな、アレンは優しい。
*****
「美味しい?」
「そりゃあ美味しいですよ、ジェリーさんの料理ですから」
「それはよかった」
アレンの声がする方へにこりと笑う。それがアレンに見えていないとしても、いいの。アレンが左手を繋いでくれているから。
「もしかして、名前?」
「その声はリナリー?」
「本当に透明になっちゃったのね!リボンがついてなかったら名前ってわからなかったわ」
そういいながらリナリーにも抱き締められる。嗚呼、わたしはなんて幸せなんだろう。こんな姿でも抱き締めてくれる人がいる。暗闇の中でも、温かさを感じることができる。そう思ったら、涙が出てきた。
「名前!?泣いてるんですか!?」
「え!?そんなにキツかった?ごめんね」
「違うの、嬉しくて」
涙は見えないかと思ったのに見えてしまうのね、少し不便。何もない筈のところからボロボロと水滴が出てくるなんて、シュール。
「みんなありがとう」
暗闇の向こうにいるみんなへ。泣きながらわたしは言った。
*****
「じゃあ、おやすみなさい、名前」
「待って!」
食堂で山盛りのご飯を食べたアレンさんに、自室まで送ってもらった時のこと。
「わたしが寝付くまで、いてくれないかな?もしあれだったらここで寝ていってもいいから…」
「君は男を何だと思ってるんですか」
「えへへ…駄目かな」
「はあ…いいですよ」
「じゃあ手繋いでー」
「はいはい」
「おやすみアレン」
「おやすみ名前。愛してます」
目を閉じても、暗闇は変わらなかった。せめて夢でもみれたなら良かったのに。
*****
目が覚めた。いや、意識が戻ったって言った方がいいのかな。なんて説明したらわからないけど目が覚めた。光さえ入らない黒の世界で今何時なのか。確かめたくても手段がない。
「あれんー?」
返事は無し。わたしが寝たのを確認した後自室に帰ったのだろうか。それとも寝ているだけなのか。確かめる術がわたしには無い。
その時、コンコンというドアを叩く音が聞こえた。誰なのかわからない。
「名前?入りますよ?」
「アレンね!どうぞ入って!」
ギィ…と扉の開閉の音がして、ベッドに腰かけたのがわかった。そしてアレンは話しはじめた。
「聞いてください名前。今日またあの薬を被っちゃって髪が長くなってしまったんです。ほら、わかりますか?」
「ああ本当だ」
アレンの髪綺麗だから長いところ見たかったなあ…なんて少しこぼしてアレンの長い髪に頭を埋めた。
「そうだ、髪縛ってあげるね」
以前、ミランダさんがアレンの髪を結っていたように、わたしもアレンの髪を1つに束ねる。
「リボンはこれです」
「ううん、それはいいや」
アレンがわざわざわたしに分かるように手に当ててリボンを渡してくれたのだけれど、こういう機会は滅多にないから。しゅるりと自分の髪を結っていたリボンを外し、アレンのものを結う。これはわたしなりのアピールだ。アレンはわたしのものだっていう、アピール。
「さっきのリボン、貸して」
今度はアレンのリボンでわたしの髪を結う。これはわたしがアレンのものだって証。
「リボン交換、ですか」
「ん。嫌?」
「いいえ?たまにはこういうのもいいですね」
ふふ、と1人。また微笑んで。アレンに手を引かれ立ち上がる。
「ねえアレン」
「なんですか?」
「キスして」
「名前からしてほしいですね」
「なにそれ!いつもと違う!」
「それは名前も同じでしょう。さ、はやく」
「じゃ、じゃあ、アレン見えないから両手繋いでて」
「はい」
両手を繋いでいるから2人で向かい合っている…筈。目を閉じても変わりはしないのだけれど目を閉じて少しずつ背伸びをする。手から緊張が伝わっていたらどうしよう。
少し唇が触れ合って、そのまま離すとアレンがわたしを追いかけてまた触れ合った。そしていつもと同じような深いキスに変わっていく。何度してもアレンとのキスは慣れない。髪の長いアレンは色気が増しててかっこいいんだろうな。そんなことを考えるだけで鼓動が速くなる。アレン、アレンアレン。
「あれ?」
「名前!」
どちらともなく唇を離した時に、いつもの癖で目を開くとそこにはアレンがいた。暗闇の向こうではなく、目の前にアレンがいた。ずっと見たかったアレンがいた。髪の長い彼はやはりかっこよくて、キスを終えたばかりからか少し頬が紅潮してみえる。
嬉しかったのはお互いのようで、わたしの姿を捉えたアレンから強いハグをもらった。
「わたし、アレンのリボン似合ってる?」
「僕は?」
「うん、似合ってるよ」
「名前も」
「アレン、好きだよ」
「僕は愛してる」
「知ってる。わたしも愛してる」
□□□□
アレンかっこいい
110817