※名前固定
「アン、入るよ」
「どうぞ」
部屋に入ってきたのはおつるさん。扉を閉めたのを背中で感じる(って言っても音がしたからなのだけど)。わたしは振り返らない。おつるさんには失礼だけれど、ベッドに腰をかけて窓の外をぼうっと眺める。わたしが海兵になってからずっと、おつるさんはわたしを気にかけてくれている。忙しい人なのに気配りが出来て素敵な人なんだ。わたしの憧れである。
「行かないのかい」
「何がですか」
「あいつの所へさ」
「そんなこと、出来ません」
そんなこと言っておいて、心の奥は会いに行くのを望んでる。自分の気持ち偽って逃げるなんてわたしらしくないけれど、仕方がない。どうしたらいいかわからない。
「行っておいで。今は泣くななんて言わないから」
バレていた。顏なんか見えずとも、泣いていることが声でわかったのだろうか。もうなんか、この感情を一人で抱えているのが苦しくなっておつるさんに抱きついた。その小さな背中はいつだってわたしを導いてくれ、わたしにとっては大きくて偉大な背中だ。おつるさんは何も言わずに涙を流すわたしの背中をよしよしとさすってくれた。
「行っておいで」
もう一度だけ言われた言葉にわたしはこくりと頷いた。一時間後に船が出るからなんて都合の良い情報まで置いていっておつるさんは出ていった。
*****
「初めまして、エース」
ごちゃごちゃに詰めた鞄から酒を取りだし胡座をかく。この辺は静かな海なんだな。キュポンと詮を抜き、一口含みながらそんなことを思った。
「お気に入りの酒なんだ。酌み交わすことはないと思ってたけどまさかこんなところでね」
特徴的な帽子の上からだらだらと酒をかけてやる。隣にたてられた、偉大な海賊、白髭の墓標にも、だらだらと。
「兄がお世話になりました」
墓標に向かって頭を下げる。あーあ、これで1週間はご飯抜きだな。でも未練なんて、後悔なんて無い。海賊に頭下げることも、貴方に会いにくることも、これでおしまい。最初で、最後。
「生きてるうちに、一度は会いたかったよ」
届くか届かないか、それくらいの小さな声で言って、泣き崩れた。大の大人が人前(というか此処は人前なのかな?)で泣くなんてね、わたしもまだまだ未熟だ。さっき開けたばかりのビンは空っぽで、足元に転がっている。
物心ついた時にはもうわたし達は別々で、ロジャーの娘なのだと知らさせた時に双子の兄がいることも知った。写真を見た時に、とても会いたいと思った。でもガープが許してくれることは決してなかった。賞金首の貼り紙は何かの手違いだと、そう信じてやまなかった。同じ血が流れてるあの人に限ってそんなとはないと。でも段々と跳ね上がっていく金額にそんなことも言っていられなくなった。別にエースを捕まえてやろうとか、そんなことは思っていなかった。寧ろ立場を利用して会いたいという気持ちの方が大きかったんじゃないかな。ガープにされるがまま、わたしは海軍になっていた。
もう彼の声を聞くことも、会うことも、ましてや見ることも叶わないけれど、わたしが貴方にずっと会いたかったように、貴方もそう思っていてくれたら。それで十分。
今はもう見えぬ光
私はずっとその光を追いかけていたの。
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ロジャーの子供が男の子ならエース、女の子ならアンというのを思い出してもし双子だったらというのを書いてみました。エースのお母さんって素敵だよね。
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