※パラレルワールド的な感じで主に年齢でかなりの矛盾が生じておりますが、侘助自身は43歳から47歳くらい
 心が広い人向け













「はぁっ、はあ、はあ…」


 危なかった。捕まるかと思った。暗い路地での追いかけっこ。もう幾度となく繰り返してきた。帰る家も無い。行く宛も無い。でも、こんな処で捕まってたまるものか。折角ここまで来たんだ、動けなくなるまで逃げてやる。


「お前、もしかして…MSJ-21か?」


 言うことを聞かなくなりつつある足に鞭をふるって走った。見られた、バレてしまった。一度も振り返らなくてもわかる、声から照合させると走っている時にぶつかった人の身体の声だ。首の後ろに刻まれた呪いのようなそれ、綺麗にボブに切りそろえられた髪の間から見えてしまったのかもしれない。わたしは、悪くない。


「おい、ちょっと待て」


 お願いだから、追いかけてこないで。そんな思いも虚しく簡単に捕まえられてしまった。こんなところまでも正確に造られたのが憎い。日本女性21歳の平均身長158.5cm、体重52kg、50mタイム9秒53。男性に適う筈がないんだ。これでもう何もかもお仕舞いだ。


「うちへ来い」


*****


「こっち来い。このパソコンは各種そういう関係のとは一切繋がってないから大丈夫だ」


 お腹は減らないが体力は減る。わたしは電気で動く人工知能保有の人型ロボットの一種。日本人顔の21歳女性型モデル。言葉に甘えてケーブルでパソコンと繋がらせてもらう。
 わたし達の一部、過激派の奴等が人間をも上回る知能を使って犯罪を犯した。ラブマシーンを使ったOZでの世界中を巻き込んだ実験の二の舞所ではない。人が死んだのだ。ラブマシーンはこれからの情報化社会危機の序章にすぎなかったのだ。それにより、それまでに世に出ていた全ての人工知能ロボットは回収が決定されていた。わたしもそれに当てはまる1つだ。政府が出した為、普通のネット回線に繋ぐだけでデータが中央へ送信され、回収の為に業者がやってくる。回収と言っても、それはわたし達の終わりを示す。只壊されていくだけだからだ。


「面倒なことになったな」

「はい」


 友達も段々と狩られていき、いまじゃ数える程しか確認できない。と言ってもわたしのデータの中から狩られたモノのデータが消えていくだけだから、ネットワークがすかすかになっていくだけなのだが。


「どうして、助けてくれたんですか」

「これといった理由はないが…まあ、気分かな」

「そうですか」


 同じモデルだと顔も同じ。だから街で見かけりゃすぐにわかってしまう。髪も同じだが、生えてこないにしろ髪は切ることができる。昔少女の間で流行ったリカちゃん人形のようなものだ。しかし顔を変えるには、人間と同じように整形しなければならない。だから太陽光で自家発電できる優れ物に関わらず、電池が少なかったのだ。


「顔、変えとくか」

「え」

「嫌か?」

「いや、ではなくて、でも、そんな、お金とか」

「俺がやる。保証はしないけどな」

「ええ!?」


 でも役所の人間にバレるよりマシだろ、と吐いたのを聞いて、結局されるがままになってしまった。痛みは感じない。無理をさせても気にしないようにそうできている。但し、血は出る。リアリティの追求の結果、皮膚で身体を覆うように出来ているからだ。人間の都合の良いように造られた存在。そのことは別に気にならない。でも、わかってくれないこの世界は嫌だ。前の所有者だってそう。すぐに捨てるのわかっていた。だから自分から逃げ出したんだ、迷惑がかかるの承知で。


「おいお前、痛みは…」

「違うんです、違うんです」

「……」


 思わず零した透明な液体に、彼は少し驚いたようだった。やっぱりわたしは覚悟が出来ていなかったんだ。逃げる資格なんて無かったのかもしれない。


「前の持ち主のことか」

「…はい」

「縁を切ってやろうか。その方が楽だろ、お互いに」

「出来るんですか、そんなこと」

「まあな」


 どうしてわたしの思ってることがわかるのか。どうしてこんなわたしのことを気にかけてくれるのか。前の所有者から大切にされていなかった訳じゃない。でも愛されてはいなかったように思う。本物の愛を知れる筈がないわたしが言うのも可笑しいけれど。


「裏から回れば縁なんて自由自在だ。前の持ち主には断りを入れないことになるがまあ大丈夫だろ」

「はあ」

「晴れてお前はちゃんと俺の元に居れる。前の奴にも迷惑がかからない」


 なかなか回収できないと、ロボットを政府に差し出さないことにより税を払わされる。それもまた高額な。それが一番の心配だったのだ。子の責任は親の責任。大してわたし達を子として扱わない癖にそんなところだけ人としての性質発揮させるんだから。
 だから、彼の言葉はとても嬉しかった。


「捕まったら困るから俺の物って提出する訳にもいかないが、まあ大丈夫だろ」

「ありがとうございます」

「よし、出来た。お前は大丈夫かもしれないが、皮膚が耐えられないだろうからそのままでいろ」

「はい」


 その後、彼はすぐにパソコンにむき直し、何か作業をし始めた。きっと前の所有者との縁を切るものだろう。
 恐る恐る自分の顔に触れてみる。肌は腫れていて、この分じゃ今日はもう動くのはやめておいた方がいいだろう。


「よし、こっちも終わった」

「早いですね!」


 さっきから何かと詳しいし、裏ルートも知っているみたいだから、ハッカーとかかもしれない。ハッカーに拾われたところでわたしの立場に変わりはないのだから関係はない。何より、この人は良い人そうだ。


「名前は、何とおっしゃるんですか?」

「陣内侘助。呼び捨てでいい」

「侘助」

「お前は…」

「昔の名前なんてもう必要ありません。名付けてください」


 カタカタとキーボードを鳴らし、わたしの情報を見ようとする侘助を遮った。だって、あの名前はもう要らないものだから。


「…名前、名前はどうだ?」

「名前ですね、ありがとうございます」


 データボックスの名前を書き換える。今この瞬間からわたしは名前で、侘助と生きていく。わたしを生かしてくれた彼を、顔と名前をくれた侘助を、動かなくなるまで支えていく、それが努めだ。




0と1とアイデンティティ

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このネタはかなり気に入っています。高ぶったらシリーズで続き書くかも。ラブマの二年から六年後とはいえ、流石にここまでは進んではいないだろうからパラレルということで。一度見捨ててしまったラブマのことを思ってこの子を大事にするとうお話でした。因みにMSJ-21というのはMS=女性型、MR=男性型を表し、J=JAPAN、21=年齢という訳です。途中の身長や体重の数字は適当です、はい。個体番号は決めてません。それではまた。

121014

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