ずる、ずる、ずる、ずる、
身体を引きずるように、正確には右足を引きずって暗い夜の町を歩いていた。振り返れば赤黒い線が不気味に伸びているんだろうと思うくらいには十分な痛みを持っていて、少なからず今このように平然な顔をして歩いている場合ではない。───もし此処が故郷のような平和な町であったなら。困ったことにこの町には人っ子一人としていないらしく、家も全てもぬけの殻だ。もしかしたら寝静まっているだけなのかもしれないが、それにしたって明かりが一つも見えないとはどういうことなのだろうか。あれ、明かりはないのに視界がチカチカしてきた。
ずる、ずる、ずる、ずる、
「誰だッ!」
それは私のセリフだよ、なんて思いながら、本物の光、もとい懐中電灯の光を浴びて振り返ると、白いつなぎを着た二人組が光の向こうに見えた。なんか見たことあるような、ないような…、ああ駄目だ、くらくらする…
「お、おい!」
「大丈夫か!?」
*****
此処は…どこだろう。そして此の人は誰だろう。私が寝ているベッドの横に椅子を置いて頬杖をついて寝ている。なんだか見たことがある顔だ。確か懸賞金リストに載っていたから海賊か山賊だろう。それにしてもくまが酷い。ちゃんと寝ているんだろうか。よく見れば整った顔をしている。そしてこの部屋は、此の人のものだろうか。質素なベッドに家具が一つ二つ、生活感のあまり見られない部屋だけれど。
そういえば右足の痛みが退いている。見ると包帯が巻かれ、きちんと処理がされていた。まぁ、医学に詳しい訳じゃないから本当にそれが正しい処理かどうかなんて分かる訳ないんだけど。
どうしようか。わたしの近くにいるということはきっと看病か何かしてくれたんだろうけど、その人を置いて外へ出るのは気が退ける。つまりわたしは此処から動けないということになる。
「何見てる」
「いや、近くにいるのが悪いと思います」
目を覚ましたらしい此の人は、開口一番そう言った。そりゃあこんなに近くにいて、部屋に他に物がなけりゃ見るでしょうよ。
「……」
「……」
「あの、何ですか」
「…何がだ?」
「何見てるんですか?」
「お前」
…正直、此の人とは息が合いそうにない。会ったばかりの人を決め付けるのは良くないとは思うが。それでも尚じっとわたしを見てくる此の人は、何がしたいんだろう…。
「せ、船長!」
「入る時はノックしろって言ってるだろ!」
「すみません…」
大きな音と共に入ってきたのは白クマで、船長と呼ばれた此の人に怒られただけで酷くしょげていた。というかこのクマ、今喋っ、た…?
「目覚めたんだ!良かった!」
「……」
「ベポ、後頼む」
「あの!」
わたしが喋る白クマに呆然としている間に出て行こうとした彼を追いかけて引き止めた。ってあれ、わたし何してるの。別に海賊に用なんて無いのに。
「何だ、もう歩けるのか。じゃあ出て行け」
「もしかして、これ、貴方が?」
「ああ」
海賊なのにわたしの足の治療をしたと言う。どうして、海賊である貴方がどうして。
「ありがとう、ございます」
「此処は健康なヤツを置いとく施設じゃねぇんだ。直ったなら帰れ」
「でも、どうして、わたしなんかを助けたんですか」
「倒れたヤツがいたら助ける。それが医者だろ?何寝ぼけたことぬかしてやがる」
「医者、なんですか…」
「死の外科医。人は俺をそう呼ぶ」
「死の外科医ならどうして殺さなかったんですか!」
「気分だよ。グチグチうるせぇなあ」
これじゃあわたし、自殺志願者みたい。別にそういう訳じゃない。わたしを攫ってきた奴等はみんな、わたしを殺すか良いように利用するか、どっちかだったから。
「あぁもう帰れ。めんどくせぇ」
「帰る場所がありません」
「はぁ?」
「買い物へ隣街へ出かけたら、その帰りに攫われたんです、海賊に。逃げ出してまた別の海賊に捕らえられて、その繰り返し。逃げる途中で銃で撃たれて、よろよろしていたところを貴方に助けられた、」
「運悪いな、お前」
「…好きでこうなったんじゃありません」
「で、どうすんだ」
「行くところも帰るところも無いので、此処にいさせてくれませんか」
正直、おどろいた。こんな言葉がするっと口から出てくるなんて。
「俺は足手まといはいらねぇ。次の島で降ろすから適当なところで暮らせ」
「嫌です!そんな知らない場所…」
「此処にいたって死ぬ可能性はあるし、第一、俺は海賊だぞ?」
「はい、わかってます。でも、わたしを助けてくれた人を信じたい」
きっとこうして貴方に巡り会えたのも、何かの運命だと。
「好きにしろ」
「…はい!」
そう吐き捨てて出てった彼の背中を見て、彼の名前を知らないことに気付いた。
拾われた迷子
120307
途中本当に予期せぬ方向へいっちゃって、そっちの方が絶対にローらしいんだけど、それじゃあただ悲しいだけで書きたい話じゃなくなるから慌てて修正。ローかっこいい