「ねえ、今夜買ってくれない?安くするから」

「ああ、良いよ」


 顔は悪くない。いや、寧ろ良い方だ。俗に言うイケメンの部類。寂れた街で一際目を引くスーツのなりの青年が引っ掛かるなんて、今日は運が良い。
 連れられたのはみすぼらしいアパートで、所々錆び付いていて脆く、彼には全然合っていなかった。


「はい」


 出されたのはボッラ・ソアーヴェ。こんなアルコールを飲ませて、何がしたいのかと思いきや、自分も口にしている。只お酒が飲みたかっただけのようだ。


「さっきの話、無しってのは駄目?」

「は!?何の為に来たと思ってるのよ!」

「勿論金は払うし、気にくわないなら二倍の額だって出すよ」

「身体も売らないのにそんなお金受け取れません」

「じゃあ、今日誕生日ってので勘弁してくれないかな」


 聞いてないわよそんな話。でも、どうしても譲らなそうなので仕方なくグラスを呷った。


「君は日本人?」

「違うわ」

「そうなんだ、てっきりそうかと思って応えたのに」


 日本人なら誰でも良かったって訳?しかも何故日本人限定?まあ確かに言われてみればこいつは日本人っぽいけど別に話し相手なんて誰だって良いんじゃないか。
 わたしはイタリア人と日本人の間に生まれたイタリア生まれのイタリア育ち。生粋の、とは言えないけれどイタリア人。生まれてこの方この国を出たことがない。


「母が日本人なだけ」

「そうなんだ!じゃあ君は母親似なんだね」

「……」

「…?どうかした?」

「いいえ何も。ところで、今日1日恋人の振りするってのはどう?もう終わるけど」


 誕生日の夜に街を彷徨いていたんだ、彼女なんて恐らくいないのだろう。こんな美形、放っておく馬鹿もいるもんだ。


「いいね、やってよ」

「じゃあなんて呼べばいい?名前教えてよ」

「…ツナ」

「ツナ!?もしかして鮪!?そんなに好きなの!?」

「違うよ、小さい頃のあだ名だったんだ」

「あらそう。じゃあツナ」

「何?」

「誕生日おめでとう」


 盛大にリップ音を残して彼の唇と重ねた。なんだか嫌そうな顔をしてる。


「いいじゃないキスくらい。減るものじゃないし。それに恋人なんだからこれくらいしなくてどうするのよ」


 一瞬何かを迷ったように見え、その後そうか、と言った。やけに低い声だった。


「そうだ、プレゼント用意してなかったんだけど、何がいい?」

「うーん、そうだなあ」


 自分でも訳の分からないと思う会話を続ける。自分で言いだしたものだけどこれ、楽しいのか…?


「今此処にいるだけでいいや」


 本当にこの人は食えない人だと思う。何か背負っている物が大きすぎるような。若そうなのに、老け込んでる。


「ねえ、いくつになったの?」


 これはわたしの純粋な疑問だ。恋人としてじゃなく。


「26」

「あら、同い年?可愛い顔してるから年下かと思ったのに」

「よく言われるんだ」


 そして、何か辛そうに、笑った。その何かを忘れさせてあげたいと思うのに、わたしにはその術がない。悲しいくらいに、何も。


「え…?」


 気付けば彼を抱きしめていた。特に何かを思った訳じゃない。只、わたしと同い年なのに背負っているものが大きすぎてわたしじゃ全て包み込めないなんてわかっているけど。きっとこの人は誰にもあまえられないんだろう。だから。


「何かあったら連絡して。力になれないかもしれないけど」


 メモに連絡先を書いて渡し、そのまま部屋を後にした。時計をみると、10/15、0:31だった。




121014

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