「りーん!」
「お、名前!」
「捕まえたっ」
燐を後ろからぎゅっと抱きしめる。ちょっとゴツゴツした身体、なんとなくわかる尻尾の存在。それから、ちょっと香る料理のにおい。全部燐だ。
「りんー?」
「ん?」
「すき」
「俺も」
燐には嘘がない。偽りのない人間だ。あれ、悪魔って言った方が良かったかな。まあ、何よりもわたしがこの世で一番信頼できる存在。それが燐。
「じゃあさ、約束してよ」
「何を?」
「絶対わたしから離れないって」
「指切りな」
「うん」
うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!二人で懐かしい歌を歌って、微笑んだ。燐とのこんな他愛のない会話、ゆっくりと流れる時間が好きだ。燐はどう思ってるかな、わたしのこと。それからわたしに関する全てのこと。
「ちゅーして」
燐のYシャツをきゅっと掴んでねだれば、そんなものすぐに降ってくる。燐は悪魔だもの。その内尻尾なんか出しちゃって、ぶんぶんと振るんでしょ?耳だって長くなって、無意識のうちに唇噛んで、それに気付いて謝って。
私の唇がいつまでも腫れているのはその所為。でも燐は嘘のない人だから、他にキスする人なんていない。唇腫らし続けている人なんて他にいないもの。
「名前は我が儘だよな」
「そう?」
「うん。それから、俺をその気にさせるのが上手い」
「それはどうも」
褒め言葉として受け取っておくね。今度はその唇にわたしが噛み付いた。
「痛くねえ」
「甘噛みしてるから」
「本気でしてみろよ」
「やだよ」
「してみろって」
「燐みたいにそんなに尖ってないもん」
今度はその前歯を舌でなぞってみた。やっぱり犬歯がとがってる。まるで獣みたいに。どう?噛まれるのとどっちがいい?
「燐、肌すべすべだよね」
「そうか?」
「うん、おんなのこみたい」
いや、下手すると女の子であるわたしよりもきめ細かい肌を持っているかもしれない。正直うらやましい。悪魔ってそんな細胞を持っているのかな。
だってずっと触ってたいし触れていたいし抱きついてたい。こんなの初めて。
「若先生も肌なめらかそうだよね、白いし」
「雪男の話はすんなって」
「黒子とかあれ、どうなってるの?昔から沢山だったの?」
「いい加減にしろ」
何度も叱られた内容で、今日もわたしは怒られる。いくら燐でも気付いてる筈だ。わたしだって嫉妬されてみたい。そこで優秀な双子の弟が出てくるなんて、まるで少女漫画か何かみたい。
ねえ燐、出来の悪い兄なんかじゃないよ。だって貴方はこんなにも人間味があるじゃない。ただの悪魔だなんて誰にも言わせない。
そう、思っていたのに。
「…理事長」
「わあ怖い!貴女そんな声もでるんですね」
怖いって。貴方の顔のが怖いわよ。
「燐を何処へやったの」
「何処って、本来いるべき場所ですよ」
「っまさか、」
「ですよ」
「何で、そんなこと!」
「何でって、サタンが言ったからですよ」
「燐は悪魔なんかじゃ、」
「彼は悪魔でしょう?」
「っ責任持って此処にいさせる筈じゃなかったんですか!?」
「何の話です?兎に角、彼は私の弟です。歴としたサタンの子。これに偽りなんてありますか?」
「っ」
わかっている癖に。きっと、目の前のコイツは、燐に興味があったから目を付けた。しかし飽きたら放棄して、次のターゲットはわたしになったんだ。飽きたら捨てる。只の悪魔は貴方の方じゃない。
「燐は誰よりも、誰よりも人間だよ…」
帰ってきて、わたしの燐。わたしの近くにいるって言ったじゃない。もう忘れてしまったの?あれは口約束だったの?指切りまでしたのに。
わかっている。燐は何にも悪くない。悪いのは目の前の彼。おどけた道化みたいな格好して。
「わたしも行きます」
「!そうきましたか!」
「燐のいるところへ連れてって」
「そこまで言うなら連れてさしあげましょう」
目の前に新しいファンシーな扉。誰の趣味かは一目瞭然だ。
差し出された手をつかんで、わたしは扉の奥へと踏み入れた。
120930