「こんばんは」
勉強中の拙い外国語で、挨拶を交わす。彼と話している内容からどこかのファミリーのボスみたい。あんまり聞き取れないけど。
彼の口から発せられる発音の綺麗なそれはとってもなめらかで、聞いているだけでなんだか心地良い。
今日はボンゴレデーチモの婚約発表パーティー。今日ばかりはしゃんとしていないとね。
「それで、婚約者はどちらに…?」
「こいつです」
「なに?この方が…無礼をお許しください」
「いえいえ」
綱吉に紹介されてわたしも深々と頭をさげる。もうこのやりとりが何回あっただろうか。
「だから言っただろ?ドレスにしろって」
「いいの」
「よくないよ。俺が何度も説明しなきゃならないんだから」
「ごめんって」
折角この日の為にドレスを用意してくれた綱吉には申し訳ないと思ってる。今朝起きたらメイド達がボスからです、と運んできたそれは、真紅で、右肩が露出していて、華やかだった。女性としてとても着てみたくなるような、そんな。着たらきだとサイズぴったりなんだろうなあ。でもきっとわたしが着たら、ドレスに着られちゃうよ、綱吉。
でも今日は婚約発表パーティー。つまり婚約者として出るわたしは殺される可能性だって勿論ある訳で。スパイしていた頃はドレスで戦えるように訓練していて慣れてるから本当はお手の物だけど万が一よ。何かあって結婚できなくなるなんて、わたしは嫌。絶対に。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
混乱を招かないように開かれた小規模パーティーだからいつもの人数に比べたら少ないけれど、多くの人から視線を投げかけられる。心からの微笑みを持つ人もいれば、笑顔の裏に隠された黒いものが隠しきれてないお嬢様もいる。華やかでないわたしがごめんなさいね。スーツが白なだけ主役だと思って。
「本日をもって、私、沢田綱吉と、此処にいる苗字名前は、」
───きた。
わたしに向かって集中攻撃。やはりこのタイミングで。それだけ今言われようとしている言葉を恐れているのね。
スーツに隠しておいた小さなナイフで360°全方向から来る攻撃を弾いていく。似たようなナイフ、毒針。これはもう暗殺の範囲を越えてる。
殆どの攻撃が一頻り終わってから綱吉のマイクを奪ってわたしは言った。
「わたしに護衛がいないからって舐めないでくださる?護衛がいないのはそれ相応の力を持っているということ。この程度で殺せるなんて思わないことね」
おいお前何言ってるんだとでもいいたげな綱吉はわたしからマイクを取り返して、
「とんだ身内の姿を晒しまして申し訳ありません。ですが、これからは彼女に楯突く者はボンゴレと敵に回すということをお忘れなく。俺と名前は結婚することを此処に宣言します」
ぱらぱらとまばらな拍手。挨拶が終わってから居心地の悪そうな奴らはいそいそと帰って行った。御開きになるまでいたのは招待した内の二組ぐらいだろうか。全く、マナーってもんがなってない。マフィアだってマナーがよくなくちゃ、この業界生きていけないのにね?
「はあ、つっかれたー」
「お疲れ」
「苗字!十代目に迷惑かけてんじゃねぇ!」
「忠犬隼人もいい加減わたしに懐いてよ…」
「はぁ!?」
溜め息混じりにそう言えば、隼人はまたギャンギャンと吠えだした。静かに待てもできないの?
「ちょっと、それは嫌かなぁ」
「つ、なよし?」
不意に後ろから抱きしめられて、肩に顎なんか乗せるものだから思わずときめいてしまって。綱吉は隼人を見てるし。
「隼人が苗字に懐いたら俺が苗字に構ってもらえなくなるからだーめ」
「そんなことないよ?」
「俺を差し置いて話を進めないでください…」
「さ、お腹空いたでしょ?挨拶回りでろくに食べてないんだし、何処か行こう」
「え、あ、じゃ、ちょっと待ってて」
「うん」
「十代目ー…」
「苗字と話すのはいいけどいつも一緒にいたりしたら流石に俺も嫉妬するから覚えておいて?」
「んなことする訳ないじゃないですか!」
*****
「どう、かな…」
「流石俺の惚れた女。凄い似合ってる、綺麗だよ」
「綱吉のセンスがいいんだよ…」
折角だし、今朝受け取ったドレスに身を包んだ。このまま着ないでクローゼットで眠るなんてそんなことしたくなかったから…あ、勿論これからも着るよ!?機会があったら。
「それじゃ。行こうか、お姫様?」
「喜んで」
差し出された左手に右手を乗せて歩き出した。
65刹那
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