※現パロ
例えばそれが、所謂愛というものだったとして、一体どうなっていたというのだ。
部屋に充満した紫煙を見て、わたしは溜め息をついた。暗がりの中でぼうっと主張しているテレビは存在そのものが煩く感じられる。ちょっと高価なLED電球も、そもそも照明を点ける習慣の無い家では省エネも何も無かった。そんな静かな中の喧騒をじっと見ている彼──スモーカーは葉巻を吹かしていて、ベランダから差し込む弱い光に照らされて、良いコントラストだな、と他人事のように思う。サングラスの奥は、ただ黒があるだけで何も見えないから確証なんて求められると困るんだけど、きっと今彼は考え事をしているんじゃないか。
「ねえ、夕飯どうしようか」
「……」
「焼き魚で良い?」
「ああ」
キッチンから声を掛けて確信した。だって彼は肉か魚か聞かれたら必ず肉と答えるもの。
流石に料理をする時まで暗いと何かと不便なので(依然砂糖と塩を間違えて酷く怒られたということもあるが)仕方なしにキッチンの照明だけ光を入れる。少しは省エネになってくれていると嬉しいのだが。
焼き魚と言われたので素直にグリルに魚を入れる。今日は秋刀魚。やっぱり旬の魚が一番美味しい。後で何か言われそうだけれど。
「何だこれは」
「秋刀魚」
「何で魚なんだ」
「貴方が魚で良いって言ったのよ?いただきます」
そうしたら彼は苦虫を潰したような顔になって、少し秋刀魚とわたしを睨みつけた後、箸に手をつけた。
「どう?美味しい?」
「まあまあだな。肉に適うものなんてねェ」
「そう言わず食べてよ、もう」
身体の大きな彼が小さな魚を食べてるなんて何か可笑しくて思わず笑ってしまった。そうしたら間髪入れず何が可笑しい、なんて言うものだからもっと笑いが込み上げてきて。
「ねえスモーカー」
「何だ」
「何かあったんでしょう」
わたしの言葉を聞いて、彼は動きを全て止めて俯き、沈黙をつくった。まさかわたしがわかっていないとでも思ったの?何年貴方を見ていると思ってるんですか。そのくらい、すぐわかるわよ。
「何でもねェ」
「じゃあ今の沈黙は何?」
「…何でもねェよ」
「わたしじゃ駄目なの?」
「そんなんじゃねェ」
嘘つき。わたしには何でも話してくれるって言ったじゃない。あの約束は貴方にとってどうでもよかったの?そんなの、いやよ。
わたしが真っ直ぐ貴方を見て話しているのに、貴方はそのサングラスで逃げているんでしょう。狡いね。
「浮気相手に逃げられたとか。スモーカーに限ってそれはないか、こんな色気あってさ」
「お前、俺が浮気してると思ってたのか?」
「愛人の一人や二人いるかと」
「バカヤロウ!俺がお前以外にいる訳、」
「えっ…?」
「…お前、何で泣いて」
「ごめん、わたし、重いよねっ…」
知ってる、知ってた。わたしが重いことくらい。でも貴方には捨てられたくなくて、必死にサバサバ系装って重いの隠して。それなのにやっぱり駄目だった。わたしは始終重い女でしかなかった。ごめんね。もうこれでおしまいだ。わたしも、わたしと貴方も。
今までがそうだったからきっと彼も浮気してるんだなんて決めつけて、知ろうともしなかった、本当のこと。いもしない奴らに気付かないうちに嫉妬していたんだ、きっと。なんて惨め。自爆よ。
つらいのは彼の方なのに、わたしばかり泣いている。
「…ごめんなさい」
もう戻れない気がした。
ぼろぼろの爪
□□□□
すいませんでした。
130902