※雷神











「平和島ーっ、…え?」


 平和島を見つけたから抱きついてやろうと思って走って行ったのに、平和島まであとちょっとというところでビンタを受けた。それがもう、尋常じゃなく痛い。勿論本人は手加減してるつもりだとは思うけど、それにしたって痛い。誰からされたかって?そりゃ目の前の平和島からよ。
 わたし平和島に何かしたっけ?まぁ確かに、愛を表現するためにストーカー紛いなこともしたし、今みたいに(今回は未遂に終わったけど)付き合ってもないのに抱きつくこともあったし…まぁ、嫌われる原因になるっちゃあなるか。わたし、顔は悪くないんだけどな?
 あ、平和島消えた。どこいった?あいつ。


「…折原」

「これはこれは。誰かと思えば苗字名前さんじゃないか!俺に何か用?」


 最後の一言とそれ以前の言葉とでトーンが全然違って、わたしの周りの空気が少し、凍り付いたような気がした。やっぱりこいつはいけ好かない。それでもわたしは、こいつを頼るしかないんだよなあ。


「平和島のことなんだけどさ」

「うん?」

「何か知らない?」

「何かって何?」

「その、わたしが何かしたかって」

「…はぁ。知るわけないだろ。シズちゃんに嫌われてるのは俺なんだからさぁ。苗字は俺に何をしてほしかったの?」

「……」


 何をしてほしかったんだろう、何を言ってもらえると思ったんだろう、わたしは。自分のことは自分で解決しなきゃいけないのに。態々問題児のところまで行って、わたしは何を…。


 それから、平和島を見かけても逃げられることが多くなった。まず近くには行けないし、というかこんなに近づこうと必死に追いかけてるのに近づけないなんてどんだけ平和島逃げてるのよ。それって逆にわたしを意識してくれてるってことじゃ…いや、でも平和島に話せないのも近づけないのも嫌。矛盾してるのよ、全く。
 平和島の席に座って登校を待つこともあったけど、何しろあの平和島が大人しくここにくることもなくて、わたしがいると分かれば回れ右して何処かに行く。怪我したって保健室に来るような質じゃあないし。


「はああああああ」

「嗚呼嗚呼、盛大な溜め息」

「…折原」

「何がしたいかやっと分かった?」

「この間は突き放した癖に」

「やだなぁ、君のためを思ってやったんじゃないか」


 へらへらと笑うその整った顔を殴りたくなった。でも、拳をぎゅっと握ってこらえる。一々言葉がうざい。口調がうざい。性格もうざい。


「で、何してほしいの?言ってごらん?」

「平和島の家、教えてよ」

「そうきたかー。じゃあはい」


 出された手には小さな紙があって、既に何か書いてある。こいつ、わたしが何言うか見越してたな…


「ありが、え?」

「タダでもらうつもり?それはちょっと困るなあ」


 また声のトーンが低くなった。背中がぞくりとする。眼も、獲物を見つけた獣みたいにギラギラと光って。


「いくら、よ」

「キス一回分でいいよ」


 な、何それ。折原がタダとか言うからお金かと思ったらキス、とか…まだ平和島ともしてないのになんであんたなんかとキスしなきゃいけないのよ。
 でも。平和島とのよくわからない喧嘩の糸口は、折原の持っているその紙にかかっているのだ。こんなやつとキスなんかしたくない。だけど平和島の為なら…


「っ、へ、いわじま!?」

「うるせぇ黙ってろ!」


 折原の唇と重なるまで数センチ。そんなとき、わたしの腕をとってさらってくれた。まるでヒーローみたいだ。掴まれた右手はギリギリと痛むけれど、それが平和島の折原への怒りなんじゃないかとか思えてきて、痛みすらも嬉しく、愛おしかった。
 平和島は始終「後でノミ蟲ぶっ殺す」云々言っていて、なんだか笑えてきた。

 のも束の間、校舎から出たわたしは、平和島に壁へ投げ出された。肩が痛い。


「何であんなやつのとこ行ったんだよ!」

「だって、平和島がわたしに会ってくれないから…」

「っ、それじゃなんも意味ねぇだろ!」

「え?」

「お前が、俺なんかといたら、お前はノミ蟲に目つけられる。そう思ったから…!」


 平和島も平和島で色々考えてくれてたんだ。…ってあれ、これってわたしのこと好きって思っていいのかな、自惚れてもいいですか?


「馬鹿じゃないの」

「ばっ、バカ…」

「変なこと考えなくていいんだよ!わたしは平和島が好き!それは折原から絡まれるとか問題児の仲間入りになるかもとか、そんなのもう承知で言ってんの!だから、わたしのことで、そんなことしないで」

「…わりぃ」

「平和島の背負ってるもの、全部わたしも背負うから!だから!」


──ねえ平和島。わたしのこと、好き?




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