───ファーーーーン

 遠くで電車の音がした。


 窓の外は暗闇が広がり、電車の走るガタゴトという音しかしない。何でわたし、こんなところにいるんだろ?
 この車両にはわたししかいなくて、乗り慣れた筈の地下鉄が、まるで何も知らないもののように思えた。他の車両にも見たところ他の客はいない。ちょっと歩いてみようか、いや、やっぱりやめておこう。挙動不審な行動は起こしたくないし、何しろ若干体が重い。これは何処行きだろう?


 あ、晶馬くんだ。

 暫く揺られていると、後方車両から青い髪の少年が乗ってきた。その少年は何食わぬ顔でわたしの隣に座った。学生だし、見た感じ、同年代といったところ。まるで、世界にわたしと彼だけのような気がした。───どうしてわたしは彼の名前を知っているんだろう?


「名前さん」


 名前を呼ばれて、びくりとした。それは決して恐ろしさから来るものでは無かった。只、話し掛けられると思っていなかったから。


「何処かで逢ったことあったっけ?」

「奇遇だね、わたしも同じこと考えてた」


 どう頭の中を駆けめぐっても一向に記憶は出てこない。断片的にも、ひとつも。


「逢ったことはないと思う。でも、なんだか懐かしい気がするの」

「僕も。何でだろう」


 少年はわたしの隣から、真向かいの席へ移動した。きっと顔が見えるようにだと思う。けれどわたしは彼が隣からいなくなって寂しいとさえ感じていた。逢ってからたったの数分しか経っていないというのに。ただ、人肌恋しいだけかもしれない。


「晶馬くん」

「なに?」

「どうして名前を知ってるの?」

「わからない。けど、名前さんだってそうでしょ?」


 そうだよ、2人分の質問を貴方に投げかけたのよ。
 どうして名前を知ってるのか、どうして懐かしく感じるのか、全くわからない。だけどもう、これは頭で考えても仕方のないことのような気がする。もっと根本的なところの問題のような気がするの。


「名前さん」

「なに?」

「運命って、あると思う?」

「あるも何も、信じてないもの、運命なんて。どうせ偶然の連続でしょ?」

「違うよ、全部必然だよ。僕達がこうして逢ったのも全部運命なんだ」

「ロマンチストなのね」

「そういうことじゃないよ、これは事実なんだ」

「ふうん」

「信じてないでしょ」


 うん、そうね。信じていないかもしれない。だって今まで運命とか考えたことなかったんだもの、当たり前じゃない。そもそも、どうしてそんなに晶馬くんが運命に拘るのか、わからないし。


「どっちが早く着くかな」

「何処に」

「運命の至る場所」

「なにそれ」

「これの行き先だよ」

「一緒に着くんじゃないの?」

「どうかな」


───何しろ、運命の至る場所だからね。


*****


 目を開けると、其処は見慣れた天井だった。


「何だ、夢か」

「夢じゃないよ」

「うわああっ」


 ひょっと頭の上から顔を覗かせた晶馬くん。


「何で此処に…」

「さあ?」


 わたしが寝てしまっているうちに何かあったのか、それとも何もなかったのか、晶馬くんはそのことについて触れないから分からず仕舞いになってしまった。


「これからどうするの?」

「どうもしないよ?」

「じゃなくて、帰れるの?って聞いてるの」

「さあ?」

「ええー…何処に住んでるの?」

「何処だっけ」

「……」


 思わず言葉を失った。この子、記憶喪失とかじゃないよね?


「これも運命だよ」

「またそれ?」

「名前さんも信じて。そうすれば帰れるかも」

「そう簡単に信じれないよ」

「名前さんが僕の運命の人なのに?」

「どういうこと?」

「そのまんまだよ。とりあえず帰れるまでは、匿ってくれるよね?」


 何気ない言葉の筈が、有無を言わせない強さを含んでいた。




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