「付き合ってください」


 そう言うと彼は一瞬驚いた顔をして、帽子の奥で笑った。


「いいっスよ」


 別に彼に対して恋愛感情があった訳じゃない。こんなことを言うと、失礼になるだろうけど。でも、彼に対する愛情が全く無かった訳でもない。只わたしは恋人ごっこがしたかったのだ。

 どうして浦原さんになったのか、今となってはもうあまり覚えていない。イケメンの彼女というものになってみたいとも思って、他を当たろうかなんて思ったりもしたけれど、そもそもイケメンという類の人達は女の子に困ってなく、わたしみたいな変な子じゃなくてちゃんとした愛を持っている子が周りに仰山いる訳で、わたしの言葉が耳に入る筈がないと気付いてやめた。浦原さんは普段帽子を被っているけれど、ごくたまに外している時は最強に可愛い。という発見があったので、世の中のイケメンに匹敵するのかどうかは知らないが良しとする。
 恋人ごっこの有無を話したことは一度もない。だけど浦原さんは急にことを進展させることはなかったから、寧ろそれがわたしには心地良かった。


「浦原さんの手って大きいよね」

「名前さんの手は小さいッスよね」


 端から見れば、わたし達は何に見えるんだろう。恋人には見えないだろうな、兄妹くらい、だろうか。手を繋ぐ以上は唇にキスくらいしかまだなかった。拒絶している訳ではないけれど、何となく気が進まないのを感じ取っているのかもしれない。器用な浦原さんのことだから。


「あのね、話があるの」

「なんスか、急に改まって」


 でも、もう、こんなことを続けることが、何になるというのだろう。端から冷めたわたしの心はどうすることもできない。それならいっそ、壊してしまった方がいい。


「今まで、ありがとうございました」

「…それ、別れの言葉ッスか」

「…うん」


 今更になって、浦原さんはわたしのこと、どう思っていたのだろうなどと気になりだしたりして。今までずっと自分のことだけしか考えてなかったんだなあと気付く。ずっと振り回してしまってごめんなさい。でも、最後だから、貴方の気持ちくらい、聞いてもいいでしょう?


「ずっと、その言葉、待ってたんスよ」

「…え?」

「自分に行為を向けてくれている子に酷いことなんてできない。ならいっそ、嫌ってくれればいいと。悪役はアタシ1人で済みますから」

「何、言って…」

「今更逃げようったって逃がしませンよ?」


 背中に青い畳の匂いを感じた。本当にわたしはこの人のことを愛していなかったのだろうか。




120609

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