「獅郎さん」
「ん?ああ、名前か」
「デート行きましょうよう」
「俺はそんな暇じゃあねぇの」
獅郎さん。わたしが来てる時だけデスクワーク熱心なの知ってるんですからね。パラディンなだけあって書類の数は半端じゃない。でも、そもそも現場派の獅郎さんがコツコツそんな仕事をこなす訳ないじゃないですか。廊下で見かけると、よく部下の方に仕事して下さいって怒られているじゃないですか。わたし、知ってるんですよ。
「いいじゃないですか。今日こそは!デートに行きますよ!」
「名前は良い子だから見て分かるだろ?俺は忙しいの」
「じゃあ終わるまで待ちます」
「この書類の山いつなくなるかなー」
「じゃあ手伝います」
「いやいやいやいや名前が出来ることねーし」
これ全部サインだからさー、なんて簡単にあしらわれてしまう。いつもと変わらない、へらへらした表情で。此処のところ毎日通い詰めているのに全然揺らいでくれないんだもの。わたしって、そんなに魅力無い?
「何で駄目なんですか」
「忙しいから」
「いつも遊んでる癖に」
「…知ってたのか」
「当たり前です」
それきり黙ってしまった。ペンは動かしたまんま、顔は難しい表情で。ああ、ほら。もうじっとしていられないんじゃない。普段ずっと座っていることなんてないから、ね?
「そうだなー、言うなら…」
早速じっとしていることに堪えられなくなったらしく、わたしに向かって歩いてくる。随分とふっくりと。勿体振るものだ。本当はカツカツと床を鳴らすそのブーツも、絨毯が敷かれているこの部屋では意味をなさない。
「俺は気が短いんだよ。だから、」
目の前に立って、わたしの顎に手を掛けた。自然と視線が絡む。途端動悸が激しくなって、顔を背けたくなるけれど、必死に堪える。負けたくないのだ、勝負している訳でもないのに。
「こういうことも、我慢できない」
唇が触れるか触れないかのところで止まった。どうして、獅郎さん。どうして止まるの。この隙間が酷くもどかしい。
「名前なんかに手出しちゃったら俺は世界中からロリコン呼ばわりだよ」
「そんなっ」
歳の差で恋愛が制限されてしまうなんて嫌だ。獅郎さんを想う気持ちを、頭の堅い大人達に片づけられてたまるかってんだ。世界だろうとなんだろうと、来るなら来い。相手してやる。
「っ」
わたしの中の苛立ちが爆発して、思わず目の前の唇に噛みついてやった。わたしのこと、その他大勢で片づけようったって、そうはいかないんだから。嫌でも貴方の前に出てやる。
「タバコ、まず…」
「まだまだ子供だな」
獅郎さんは鼻で笑って、口を拭った。部屋を出る直前、強気な女は嫌いじゃないと言ったのを、わたしは聞き逃さなかった。
指先に赤
□□□□
わかると思いますが、一応燐や雪男の存在が無い、昔の話。二日遅れのハッピーバースデー。
120511