「や、やだっ集!行かないでっ!」

「ごめん…」


 集は悲しそうに笑って、消えた。まるで、そこには何もなかったかのように。


「いやぁぁぁぁああ!」


──あれ?
 見慣れた天井がそこにあった。どうやらわたしは夢を見ていたらしい。自分の叫び声で目を覚ますなんて初めてだよ。
 時計を見ると針は5時半を指していた。いつもより少し早く起きちゃったな。
 いつもの通り、顔を洗って髪をとかしてほんの少しの化粧もして制服に身を包んだ。
 お昼に食べるサンドイッチと同時にサラダを作り、ご飯と昨日の残りのカレーを食べた。カレーは1日経つと美味しくなるとか言うけど、比べて食べたことはないからそうはあんまり思わない。というか、そういうのはっきり言ってどうでもいい。美味しく食事が出来ればわたしにとって問題は無いのだ。


「あれ?」


 こんなもの、昨日は無かったけど。学校へ行こうとして外へ出ると玄関のドアに紙袋がかかっていた。色はちょっとくすんだ緑で、特に変わったところはない。よくありそうな紙袋だ。
 中を覗いてみると、紙切れと、音声録音機が入っていた。

名前へ


 紙切れにはただそれだけが書いてあった。見慣れた字だった。


 とりあえず家の鍵を締め、音声録音機にイヤホンをさして、歩きだした。きっと中にはわたしへの何らかのメッセージが入っていて、学校へ行く間に聞き終えるだろうと思ったから。


『あー、もしもし
 聞こえてるかな、桜間集だよ』

──聞こえてるよ、集

『なんかこうやって
 改まって言うの恥ずかしいな』


 機械の中の集は、わたしが知っている集のまんまで、自分で台詞を良いながら苦笑した。
 なんだか嫌な予感がする。きっと朝の夢の所為だ。


『名前には、
 今までずっと迷惑かけちゃったよね』

『きっとこれからも僕は
 迷惑かけ続けると思う』

──迷惑かけないって、選択肢はないのね。まぁ、集が自立しちゃってわたしなんかのこと、見向きもしなくなったら嫌、だけど

『でも、出来るだけ、
 名前に迷惑かけるんじゃなくて
 名前の役に立ちたいんだ』

『だから、少しの間だけ。
 お別れだよ、名前』


 ぷつりと、そこで再生は止まった。最後の言葉がわたしの中をループする。お別れだよ、名前。お別れだよ、名前。お別れだよ、お別れだよ、お別れだよ、……

 お別れだなんて嫌だ。わたしは走っていた。学校に行けば、きっといつものように集がいるから。おはようって、言ってくれるから。


*****


「集っ!」

「名前、おはよー」

「集は!?」

「しゅう?何それ」

「集だよ、桜間集!」

「人?誰それ。そんな人知らないけど」


 集が消えた。みんなの記憶から。
 集が消えた。わたしの前から。


「ゆ、楪さんは!?」

「楪いのり?かわいーよなーあの子」


 楪さんが来る前の、学校になってた。いつも通りの颯太だ。集もいない。大切な人がいない。

──ねえ、どうしたらいいの?


「名前?どうした?」


──どうしたらいいの?集


「大丈夫?顔真っ青だよ?」


──集、集、集、集、集、集!
  少しの間って、どれくらい?
  本当に帰ってくるの?
  わたしを置いていかないでよ、
  そんなことされたら、わたしは…


「もう、駄目だ」

「えっ?」

「何もかも。お終いだよ」

「名前ちゃん、だいじょう、」

「お終いなんだよ!」


 集がいなくなったら、もうわたし、生きる意味なんて…


「名前!何処行くんだよ!」


 ゆらり。立ち上がって、向かう先は屋上。


*****


 肌寒い風がわたしに吹き付ける。学校は四階建てだから、落ちたらきっと命は助からないだろう。


「早まるな、名前!」

「そうだよ、何も死ななくても…」


 君たちに何がわかるっていうんだ、集を綺麗さっぱり忘れてしまったあんたたちに!

 フェンスを乗り越え下を見る。こんなに高いんだ、きっとこれで死ねる。さよならだよ、集。

「名前ちゃん!」

「やめろ!」

「……」

「名前ちゃん、早くこっちに来て!」

「ハハハハ……アッハハ!」

「名前…ちゃん?」

「死ねる訳、ないよねー!こんな度胸も無くて優柔不断な奴が!自殺すらできないとか、」


 死ぬ度胸すら、ないなんてね。ただ重心を傾ける。たったそれだけのことなのに。足が震えてフェンスから手を離せない。


「ごめんね、集」


*****


「ねぇ、知ってる?隣のクラスの苗字名前さんって…」

「知ってる知ってる!訳わかんないことずっと言ってるんでしょ?明るくて落ち着いた子だったのにね」


 気付けばわたしは1人だった。それでもわたしは集を忘れてはならないと躍起になって、音声録音機の集の声を脳に焼き付ける為に、脳に擦り込むように、繰り返し聴いていた。1人になっても祭だけは毎日わたしのところに来て話しかけてくれた。


「無理、しなくていいから、祭」

「別に無理なんかじゃ…」

「無理してるよ。ねぇ、そんなにわたしを見て愉しみたいの?精気失ったみたいになったわたしを!そりゃさぞかし愉しいでしょうねえ!」

「っ、名前ちゃんと仲良くお話したいって思うのが、そんなに悪いことなの?」


 祭は心が綺麗すぎる。今のわたしには合わないわ。


「勝手にして」

「うん、じゃあ勝手にする」


 その笑顔が、心に沁みるんだよ、祭。
 祭も好きだったじゃない、集のこと。それなのに、忘れちゃったの?あんなに集を想って色々してたのに。あのときの祭はちょっとしたライバルだったような気がする。気が利く祭に負けないように、集の最善を考えていたんだから。
──集の最善…?
 そうよ、集はわたしがこうなることを望んでなんかない。わたしはわたしのままで、集の帰りを待たなくちゃいけなかったのよ。たった1人になったって、変わらずに、ずっと。


「名前ってそんなに性格悪かったっけ?」

「!」


 懐かしい声がした。まるで暗い深海にまで、明るい光が届いたような。振り返るとそこには、愛しい彼の姿があった。前よりも大人びて見える。脳が、心が、体が、彼を望んでいた。


「名前、泣きそうになってるよ」

「集、」

「ん?」

「集、しゅうしゅうしゅうしゅうしゅう!」

「はいはい」


 もう“泣きそう”、どころではない。涙は勝手に目から溢れ出していた。ずっとこの時を待っていた。わたしの集が帰ってきた。


「ごめんね、急にいなくなったりして」

「うん」

「でもこれからはずっと一緒だから。行こう、名前」

「え?」

「葬儀社、だよ」


 ぎゅうっと抱きしめられて、彼の声に支配される。あぁ、あったかい。


「僕が名前を守るから。来てくれるよね?」

「集がまたいなくなったら、わたし、わたしっ…」

「名前が来てくれれば、僕はいなくならないから。二度と名前の前から」

「わかった。行くよ、何処だって。集と一緒なら」

「良かった」


 久しぶりに見た集の笑顔はいつもよりもきらきらして見えた。


「すきだよ、しゅう」




やっと言えた、君への好き



□□□□
これ新手の詐欺だと思うw(嘘)
二週間くらい録画したまんま放置してます。早く見たいよー集さんはんぱねえイケメンになったよね、最初に比べると。ふぁあああ!

120212

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